生物普遍性連携研究機構のたちあげにあたって

  このたび理学系研究科と総合文化研究科の志を共にする方で「生物普遍性連携研究機構」を立ち上げることとなりました。
  量子力学の祖の一人、シュレーディンガーは70年ほど前、「生命とは何か」という著書で、情報を担う分子としてのDNAの性質を予言し、また非平衡の意義を論じました。この著は物理学者として生命の普遍的性質を解明しようとしたもので、分子生物学の興隆への大きな一石となり、以降、生物内の個々の分子の性質は調べ挙げられてきました。しかし、核酸やタンパクの存在だけでは生きていることになりません。むしろ分子が集まって成り立つ、「生きている状態とは何か」の答えが今、求められています。
  「生命とは何か」を言い換えて、「生命一般に成り立つ普遍的性質は何か、それをどう理解するか、そのための学問体系はできないか」という問題設定をおいてみましょう。とても難しそうに見えるかもしれません。しかし、人類はかつて分子によらずにシステム全体をとらえる「熱力学」をつくることに成功しました。では「生きている状態」を規定して、それのみたすべき一般的な現象論を構築できないでしょうか。
  総合文化研究科(駒場)の複雑系生命システム研究センターでは、要素(分子や細胞)1つ1つの探索ではなく、要素(部分)とシステム全体の階層間整合性を指導原理として、遺伝、複製、適応、発生、進化の基本的性質を構成的実験と理論物理学で明らかにしてきました。細胞成長の法則を求め、また生命システムの特徴たるロバストネスと可塑性の原理をゆらぎと動態により表現してきました。一方、理学系側の機構では統計物理学と高度な計測の伝統をもって生物物理を展開してきました。両者が力を合わせて、ミクロからマクロを貫く細胞運動の本態を明らかにし、さらには、デタラメな遺伝的変異と淘汰というだけでは語りえない、表現型の進化の起こりやすさと制約の定量的理解も進んできました。
  しかし「生命とは何か」に答えるに足る熱力学に匹敵するような体系が一朝一夕でできるわけではありません。そこで東大内で志を一にする者を結集して、生命システムのみたすべき普遍法則を解き明かそう、これが「普遍生物学」の目標です。
普遍生物学?この学問分野を提唱したのは、私の知る限りでは、小松左京のSF「継ぐのは誰か」が最初です。普遍生物学はたまたま地球で進化した生物だけでなく、宇宙でも、人工細胞系でも成り立つべき普遍的性質を理解しようという分野です。1968年に書かれた、このSFには
「普遍生物学――この宇宙における生命現象の普遍的パターンと、そのバリエーションの可能性を探る生物学で、前世紀末(金子注:20世紀末のこと)から急速に拡充しはじめた。まだ理論的推論の域を出ないが、しかしこの分野がひらかれてから、生命の位相学的解釈が急速にすすみ、近いうちに生物学の領域における相対性理論のような、画期的な理論の出現が、期待されるところまできた。」
とあります。
  ここでいう「位相学的解釈」の定義はそうはっきりはしませんが、ルネ-トムのカタストロフィー理論が出てきた頃に書かれた小説であることを考えると、現在の言葉でいう、力学系に近いようにみえます。実際、この小説では、普遍生物学研究に勤しむ大学院生が計算機上で生物システムの可能なタイプを調べる姿が描かれ、状態の軌道が収斂することを見出す、という今で言えば力学系のアトラクタを求めているような記述も見られます。ではこのSFが書かれて40年余、今、「画期的な理論の出現」も含めてどこまで、このSFの「予言」に迫っているでしょうか。これが我々の機構に与えられた挑戦状です。
  生命は「非常に多様な成分を持ち、その状態をほぼ維持して、かつ、再生産する能力を有している」というユニークな状態です。この普遍性クラスを表す状態方程式は見つけられでしょうか。そこから「複製」、「適応」(可塑性とホメオスタシスの両立)、「記憶」(固有時間の生成と履歴)、「分化」(細胞にせよ種にせよ離散的なタイプへ多様化する傾向)そして「進化」(表現型変化の起こりやすさと制約)の原理をどこまで見出されるでしょうか。生物普遍性連携研究機構では、こうした原理的問題に、生物物理、生物情報統計力学、理論物理、構成的実験などを駆使して挑み、その一方で大学1年生からの研究体験ゼミから大学院までの一貫した教育を行って人材育成を進めていきます。若い皆様のご参加、ご協力をお待ちしています。
                    

2017.1.10 金子邦彦
                      生物普遍性連携研究機構長