小林研究室

東京大学大学院総合文化研究科 先進科学研究機構

持続可能社会の実現に向け、そのために必要となる高難度触媒反応の研究を行っています。触媒化学の学理を開拓していくとともに、最終的に社会実装を目指します。具体的な研究テーマは下記の通りです。

バイオマス変換

バイオマスとは生物由来の有機資源のうち化石資源を除いたもののことです。バイオマスを活用し、その後に二酸化炭素として大気中に放出しても、光合成によって再びバイオマスに戻すことができます。つまり、バイオマスを再生可能資源として上手に活用できれば持続的な炭素循環を達成することができます。

木質バイオマスの有効利用

バイオマスの中で最も豊富に存在するのが木などの木質バイオマスであり、その発生量は年間2000億トンと推定されています。これをエネルギーに換算すると人類のエネルギー消費量よりも大きい値になります。そのため、木質バイオマスを資源として、自然界に悪影響を与えないように計画的に活用できれば非常に魅力的です。

木質はセルロース、ヘミセルロース、リグニンという三つの成分から主に構成されています。これらをそれぞれ分解して使いやすい物質に変換できればよいのですが、現在のところセルロースとリグニンの選択的な分解が非常に難しく、挑戦的な課題とされています1)

まず、セルロースは、デンプンと同じようにグルコースという糖が多数つながった高分子です。しかし、両者でグルコースのつながり方にわずかな違いがあり、それによってデンプンは容易にグルコースへと分解できるのに対し、セルロースの分解は非常に困難です2)。セルロースをグルコースへと分解するためには、その反応をうまく進めることができる優れた触媒が必要であり、我々はそのような触媒を実現するために研究を行っています。

また、リグニンは芳香族高分子であるため、様々な芳香族化合物の原料になれば理想的です3)。しかし、リグニンが持つ骨格構造は複雑かつそのままでは使いにくいため、我々は選択的な結合切断・組み換えを可能とする触媒を開発してその解決を目指しています。

海洋バイオマスを利用した有機窒素化合物合成

カニやエビなどの甲殻類の殻にはキチンという物質が多量に含まれています。キチンは自然界全体では年間1000億トン程度発生しているのではないかと推定されている豊富な化合物です。

キチンは量が多いだけでなく、構造にも特徴があります。キチンは、セルロースとよく似た化学構造を持ちますが、2位のヒドロキシ基がアセトアミド基になったN-アセチルグルコサミン(NAG)から構成されています。そのため、有機窒素化合物の原料にでき、自然によって固定された窒素の有効活用が期待できます。

近年、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)の観点から窒素循環の重要性が指摘されています4)。キチンの活用によって、バイオマス変換に炭素循環だけでなく、窒素循環という新しい価値を加えることができるかもしれません5)

キチンは選択的に分解することが非常に難しい物質ですが、機械的な力と触媒を組み合わせるメカノケミカル反応によってその選択的な分解に成功しています6,7)。我々は、さらに反応系の効率を高めるとともに、分解して得られるNAGから様々な有機窒素化合物を効率的に合成するための触媒反応の研究を行っています。

廃プラスチックのケミカルリサイクル

プラスチックはその多くが投棄されているのが現状です8)。プラスチックを回収するにはコストがかかり、燃やして熱にしても、熱という低品位のエネルギーは価値が低いので、利益を得にくいことも一因です。

このように投棄されたプラスチックの一部は海へと流れつき、劣化して非常に細かい破片であるマイクロプラスチックになります9)。プラスチックの多くは極めて長期間にわたり分解しないので海洋に蓄積し、生物に取り込まれ、様々な問題を引き起こすことが懸念されています。

そこで、我々は廃プラスチックを触媒によって選択的に分解して、価値のある物質を合成したいと考えています。プラスチックを別の化学品に変換するケミカルリサイクルはこれまでにも多数報告されていますが、例えば、非常に多く使用されているポリエチレンやポリプロピレンを分解すると多種多様な物質の混合物になることが知られています10)。我々は、新しい触媒によって特定の有用な化合物を選択的に作ることにより、その価値を極大化したいと考えています。

このようにして廃プラスチックに価値が生まれれば、投棄される量も減り、環境負荷が減らせる可能性があります。自然界に放出された後などの意図したタイミングで無害なものに分解してくれるプラスチックの開発とともに、重要なテーマであると考えています。

研究手法について(学部生以上向け)

固体触媒と均一系触媒の両方を取り扱いますが、前者を得意としています。研究の中では、触媒反応の考案、触媒開発、機構解明まで行っています。機構研究では、分光法などの物理化学的な測定や反応速度論を中心としていますが、分子として扱える範囲では密度汎関数法などの量子化学計算も研究室内で行うことができます。このように多様な方法を組み合わせて触媒反応という複雑系に迫ります。

文献