生命の分割

研究内容

これまで私たちは主にボトムアップで細胞を構築する研究を行ってきました。最終目標は生きている細胞をつくることですが、今のままではとても達成できそうにありません。理由は生きている状態の細胞があまりに複雑だからです。現在、培養可能な最も単純な生物はマイコプラズマですが、それでも約500の遺伝子とタンパク質を持つ複雑極まりないシステムです。しかし、こんなにも複雑なシステムが生命を持つために必要かというと、それには疑問が残ります。その理由はまず、原始の生物はもっと単純なものから始まったはずだということがあります。生命にはこのレベルの複雑さが必要だとすると、そもそも生命は生まれることができません。もう一つの理由として、現在の遺伝子の多くはエネルギーや自身を作るための代謝のために持っています。もし、全ての材料を外から供給してやれば、これらの遺伝子は全て不要になるはずです。また現在のゲノムDNA複製は10を超えるタンパク質からできていますが、「生命進化の再構成」の研究で明らかにしたように、もっと単純な仕組みで達成することができます。つまり、現在の生物は不必要なくらいに複雑になっていて、研究者がサポートしてやればもっと単純化できると考えています。

このプロジェクトはまだ始まったばかりですが、現在、以下のテーマが進んでいます。

  1. 細胞に穴をあけても生きられる人工細胞質の開発
  2. プロトプラストとリポソームの融合法の開発

1.細胞に穴をあけても生きられる人工細胞質の開発

単純な細胞をつくる一つの手段として、細胞質中の低分子成分は全て外部から供給してやることが考えられます。そのためには細胞膜に穴をあける必要がありますが、たとえ細胞膜に穴があいても、漏れる物質を予め外側に入れておけば細胞は死なないはずだと考えました。このアイデアに従い、メリチンを使って大腸菌の細胞膜に低分子化合物が通るくらいの穴をあけました。普通の培地では当然大腸菌は死んでしまいますが、細胞内の低分子化合物の大事なものを全部入れた溶液(cytosol mimicking solution (CMS)と呼んでいます)では死なずに増殖できることを見出しました。そして確かに普段は膜を透過しない物質(PI)が透過していることも確かめました。この結果はCMSを使えば、大腸菌を生かしたまま細胞膜に穴をあけられることを示しています。ただし穴の空いている時間は一瞬です。また生きている細胞の割合も多くはありません。今後、穴を長期間開け、かつ生存率の高い方法を開発する必要があります。それができれば、トランスポーターなどを使わなくても細胞にとって必要な栄養素を外から供給できるようになるでしょう。

2.プロトプラストとリポソームの融合法の開発

単純な細胞を得る別の手段は、細胞とゲノムDNAを分離することです。分離したうえで再融合する技術ができれば、ゲノムだけを保存したり、人工合成して生きかえらせることができるようになります。ゲノムDNAの取り扱いで難しいのはその大きさのために容易に壊れてしまうことです。私たちはその問題を解決するための手段として人工脂質膜(リポソーム)でくるんだまま扱うことを目指しています。

その手法開発の最初の一歩として細胞とリポソームを融合する技術の開発を行っています。まずはリポソーム融合によってプラスミドを細菌に導入することを行いました。融合する細胞として枯草菌を使いました。リポソームと融合するには細胞壁を除いた細胞(プロトプラストと呼ばれます)を使う必要がありますが、枯草菌はプロトプラストになっても高い生存率を維持できることが分かっています。これまでに枯草菌プロトプラストと複数のプラスミドを持ったリポソームを融合させてみたところ、複数のプラスミドが一度に効率よく導入できることを見出しています。今後、ゲノムをリポソームに封入する方法を開発し、ゲノム移植を可能にしたいと考えています。

これからやりたいこと

 上で述べたことに加えて、これらの研究もしたいと思っているのですが、何しろ人手が足りません。一緒にやりたい! という学生、PDの方はご連絡を!

・もっと長く細胞膜に穴をあけていられる方法の開発して生物をエネルギー生産から解放する。
・生きたまま細胞膜と細胞質を分離する。
・もっと単純な仕組みで生きている生物を見つけたい。Mycoplasma laboratoriumでもいい。
最終的には、単純な細菌を作り人工細胞と連続的にしたい。

参考文献

    論文

  1. Ohta, K., Ichihashi, N.*
    Liposome fragment-mediated introduction of multiple plasmids into Bacillus subtilis
    Biochemistry and Biophysics Reports, in press (2019).
  2. Kamiura, R., Matsuda, F., Ichihashi, N.*
    Survival of membrane-damaged Escherichia coli in a cytosol-mimicking solution
    J Biosci Bioeng, in press (2019).