東京大学 若杉研究室

東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系
(兼担) 理学系研究科 生物科学専攻

研究内容 -- 分子生命科学・機能生物化学・蛋白質分子工学

天然蛋白質の新規機能の探索

1. アミノアシルtRNA合成酵素の新規機能の探索、及び、その作用機序の解明

チロシルtRNA合成酵素 (TyrRS)とトリプトファニルtRNA合成酵素 (TrpRS)は、tRNAにそれぞれチロシン及びトリプトファンを結合させる反応(アミノアシル化反応)を触媒する酵素であり、細胞質内で蛋白質合成において重要な役割を担っている。ヒトのTyrRS及びTrpRSは、触媒活性には不必要な余分な付加ドメインをそれぞれC末端、N末端にもっていることが報告されている。我々は、ヒトTyrRSがアポトーシスの初期段階で細胞から分泌され、余分な付加ドメインがプロテアーゼで切断された後、触媒活性ドメイン(mini TyrRS)及び余分な付加ドメインが二種類のサイトカインとして働くことを発見した。また、ヒトTyrRSの触媒活性ドメイン(mini TyrRS)が、血管新生促進因子として働くこと、他方、近縁の酵素であるヒトTrpRSも蛋白質分解酵素により余分な付加ドメインが切断されこの触媒活性ドメイン(mini TrpRS)は逆に血管新生抑制因子として働くことを明らかにした。現在、アミノアシルtRNA合成酵素のさらなる新規機能の探索、作用機序の解明を行っている。

アミノアシルtRNA合成酵素の断片は新規のサイトカインとして機能する ミニ-アミノアシルtRNA合成酵素は血管新生の促進と抑制を制御する

2. グロビン蛋白質の新規機能の探索、及び、その作用機序の解明

2-1. ヒトの脳内グロビン蛋白質「ニューログロビン(Ngb)」の新規機能の解明

ヒトの神経細胞で発現しているNgbは虚血・再灌流(酸化ストレス)に伴う神経細胞死を防ぐ働きを持っていることがわかり、さらに、アルツハイマー病を予防できる働きがあることが報告され大変注目されている酵素である。我々は、これまで全く不明であったヒトNgbの細胞死抑制機構の解明を行い、ヒトNgbが酸化ストレス応答性のセンサー蛋白質として働き、酸化ストレス時に立体構造を大きく変え、シグナル伝達蛋白質であるヘテロ三量体G蛋白質αサブユニット(Gαi )と特異的に結合し「GDP解離阻害因子(GDI)」として働くこと、さらに、そのGDI活性により Gαi の活性を抑え、cAMP量の減少を抑制して細胞死を防ぐことを発見した。このNgbとGαi との蛋白質間相互作用には、ヒトNgbではGlu53, Glu60, Glu118の酸性アミノ酸が、ヒトGαi ではLys46, Lys70, Arg208, Lys209, Lys210の塩基性アミノ酸が重要であることも明らかにした。

ヒトNgbの酸化ストレスに伴う細胞死抑制機構 ヒトNgbとGα<sub>i</sub>との複合体の構造モデル

2-2. 「細胞膜透過能」を持つ魚類のグロビン蛋白質の発見

Ngbを発現している脊椎動物の中で進化的にヒトから最も離れているのは魚類である。最近、魚類のゼブラフィッシュNgbに、細胞の外から細胞内に自ら移行する働き「細胞膜透過能」があることを発見した。ゼブラフィッシュNgbはともに4個の構造ブロック単位「モジュール」M1~M4で構成されており、モジュールM1が細胞膜透過能に重要な働きをしていることも明らかにした。さらに、その後、部位特異的にアミノ酸を置換した蛋白質を解析することにより、ゼブラフィッシュNgbの細胞膜透過能にはモジュールM1内の4つの正電荷を帯びたリジン残基が重要であること、また、ゼブラフィッシュNgbは細胞表面に存在する負電荷を帯びたグリコサミノグリカンと静電的に相互作用し細胞膜透過することを明らかにした。

ゼブラフィッシュNgbの細胞膜透過能機構

モジュール置換法による新規人工機能性蛋白質の創製

従来、蛋白質の機能を変換することは極めて難しく、蛋白質の機能改変のための画期的な分子設計手法の開発が求められていた。我々は、新規な人工機能性蛋白質を創製するうえで、蛋白質のモジュール構造に注目した。モジュールとは蛋白質を構成する連続した10〜40残基前後のアミノ酸残基からなるコンパクトな構造単位であり、遺伝子レベルではエクソンに対応する。我々は、「蛋白質のモジュールが構造及び機能単位として働きモジュールのシャッフリングにより多彩な機能を持った蛋白質に進化してきた」という分子進化仮説に着目し、様々なモジュール置換蛋白質を作製し、それらの構造及び機能解析を行うことにより、モジュール置換法が蛋白質に様々な新規な機能を付与できる非常に有力な手法であることを実証してきた。蛋白質工学及び化学を駆使し、細胞増殖、分化、細胞死、老化、寿命などを人工的に制御可能にする新規人工蛋白質の創製(ケミカルバイオロジー)に挑んでいる。

1. モジュール置換によるアミノアシルtRNA合成酵素の種特異性の改変

アミノアシルtRNA合成酵素のtRNA認識機構には生物種の特異性があり、真核生物の酵素は真核生物のtRNAのみ、他方、原核生物の酵素は原核生物のtRNAのみ反応を触媒できる。真核生物、原核生物の酵素のホモロジーは10 %と極めて低いが、これら酵素間でモジュール置換を行ない、tRNAに対する特異性を相互に変換させた新規な酵素を創製することに成功した。

2. 細胞膜透過能と細胞保護能を併せ持つモジュール置換蛋白質「キメラZHHH Ngb」の創製

魚類NgbにはGDI活性がないが、細胞膜透過能がある。他方、ヒトのNgbにはGDI活性はあるが、細胞膜透過能はない。ヒトNgbと魚類Ngb間でモジュール置換を行うことにより、ヒトNgb特有のGDI活性を持ちかつ魚類Ngb特有な細胞膜透過能を兼ね備えたキメラZHHH Ngbの創製に成功した。このモジュール置換Ngbは、細胞の外の培養液に加えておくだけで細胞質内に入っていき酸化ストレスに伴う神経細胞を保護する働きがあることも明らかになり、モジュール置換法の有効性を実証した。

モジュール置換蛋白質「キメラZHHH Ngb」の創製