最近の研究内容(06年04月21日現在)

非従来型超伝導体の渦糸近傍の局所電子状態密度の解析的理論

研究背景

1.非従来型超伝導体

超伝導現象はBCS理論によってそのメカニズムが明らかにされた現象である。
BCS理論によって、電子と電子がペアを組む事が本質的な機構であることがわかった。
電子間相互作用が有限の引力でさえあれば、Fermi面が不安定になり、超伝導状態が安定となる。
しかし、電子は負の電荷を持っているので、単純に考えると引力が生じるように思えない。
BCS理論においては、電子間引力相互作用をフォノンを介して生じると考えた。
電子はフェルミオンであるから、同じスピン同士よりも異なるスピン同士が対を組んだ方が安定である。
このような、フォノンを介した引力相互作用によって異なるスピンの電子による対形成が起きる超伝導を、従来型超伝導と呼ぶ。
フォノン以外にも引力相互作用を起こす場合がある。スピンゆらぎなどもその例である。
電子の対形成の種類分けは、軌道角運動量とスピン角運動量の大きさによってなされており、水素原子の電子に例えて、s波、p波、d波等と言われている。
運動量空間において等方的なs波超伝導体を従来型超伝導体と呼び、それ以外を非従来型超伝導体と呼ぶ。


2.異方的超伝導体

超伝導状態においては、Fermi面上にギャップΔが存在している(図1)。
このギャップよりも小さいエネルギー領域においては、準粒子は励起できない。
通常、このギャップは運動量空間において等方的である。
非従来型超伝導体においては、異方的である。
例えば、d波超伝導体においては、ある方向においてギャップが零となる領域(ノード)がライン状に存在する。
ノードの位置においては、準粒子は余分なエネルギーなしに励起ができる。

GAPFERMI
図1.フェルミ球とギャップ。等方的s波の場合。

3.渦糸

量子化磁束(Vortex)のことである。
第二種超伝導体に磁場をかけると、通常はマイスナー効果によって磁場は排除されるのだが、 ある磁場(下部臨界磁場)以上になると、磁束がある最小単位で一本ずつ超伝導体に侵入する。
磁束が貫いている場所は、局所的に超伝導状態ではなくなっている。
つまり、渦糸中心(コア)でギャップが零であり、コアから離れるに従ってコヒーレント長ξ程度でギャップが回復する。


4.局所電子状態密度

渦糸コアにおいてギャップが零になっているということは、準粒子が励起しうるということである。
つまり、渦糸コアの周りには準粒子が励起しているということになる。
これらの準粒子は、束縛状態を作っている(図2)。
もし、ギャップに異方性があるならば、運動量の方向が異なる準粒子が感じるギャップの大きさが異なるということになる。
たとえば、ノードが零になる運動量を持つ準粒子は、エネルギー零で無限遠方でも存在しうる。
また、ギャップが大きい運動量領域における準粒子は、無限遠方ではエネルギーが零のときは存在できない。
したがって、渦糸コア近傍においての局所電子状態密度は、ある分布を持つ。
渦糸コア近傍の局所電子状態密度はSTMによって実験的に観測することができる。

AVORTEX
渦糸コア近傍におけるギャップの空間依存性と準粒子束縛状態。


5.準古典近似

超伝導のGreen関数に関する運動方程式としてGor'kov方程式がある(ノート『BCS理論とGor'kov方程式』)。
得られるGreen関数は原子スケール(1/k_F)で振動している。
この振動をコヒーレント長ξより短いとして無視する近似が準古典近似である。
吉岡研のランチセミナー用( 05年11月 10日)に準備した準古典近似に関してまとめたスライドがあるので、大雑把なことはそちらを参照。
(大筋の議論は間違っていないが、細かいところが間違っている可能性があるので注意。)

研究成果

1.渦糸近傍の準古典Green関数の解析的導出

私は、準古典近似を用いて渦糸近傍の準古典Green関数を解析的に導出し、任意の異方的超伝導体における局所電子状態密度の空間分布のパターンを得た。
二次元的Fermi面を持つ系に関しては、すでにUenoらが行っていた(H15年加藤研植野洋介修士論文)。
しかし、三次元的なFermi面を持つ系に関する議論は不十分であり、具体的な物質において局所電子状態密度 パターンがどのようになるかを言うことができなかった。
そこで、私はUenoらの研究を三次元系にまで拡張した。
その結果、任意の形状のFermi面、任意の方向の磁場、任意の異方的ギャップに対して適用可能な理論を構築することができた。
局所電子状態密度は、ギャップの異方性を大きく反映する(図3)。
LDOS
図.3 d波超伝導体、NbSe_2の局所電子状態密度(LDOS)の計算結果。
一番左は過去の数値計算結果。
左上: M. Ichioka et al.: Phys. Rev. B 53 (1996) 15316
左下: N. Hayashi et al.: Phys. Rev. B 56 (1997) 9052


Y. Nagai, Y. Ueno, Y. Kato and N. Hayashi
Analytical Formulation of the Local Density of States around a Vortex Core in Unconventional Superconductors
J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 104701.[link]
cond-mat/0605441

2. 空間反転対称性の破れた超伝導体のペアリング対称性の特定方法の提案

近年、結晶構造に空間反転対称性のない重い電子系の超伝導体CePt_3Siが発見された[1]。
この物質では、反強磁性と超伝導が共存するという特異な状況が実現しており、理論実験双方から精力的に研究されている。
また、この物質においては、スピン一重項とスピン三重項の混合ペアリングモデルで実験結果が説明できるのではないか、といわれている。
私は、上述したペアリングモデルを仮定し、1.で開発した理論を用いて、空間反転対称性の破れた超伝導体の局所電子状態密度を計算した。
その結果、局所電子状態密度のパターンに現れる楕円形の長軸と短軸の比を見ることで、スピン一重項と三重項の混合比が得られることを示した(図4)。



CE
図.4 (左図):CePt_3Siの局所電子状態密度パターン。スピン一重項と三重項の混合比が1:2のとき。
(右図):混合比をΨとしたときの、局所電子状態密度パターンの楕円形の長軸と短軸の比r。
Y. Nagai, Y. Kato and N. Hayashi
空間反転対称性の破れた超伝導体の渦糸状態における電子状態の解析的理論
第61回年次大会 愛媛大・松山大 28aTC-7 (2006) [link]

Y. Nagai, Y. Kato and N. Hayashi
Analytical Result on Electronic States around a Vortex Core in a Noncentrosymmetric Superconductor
J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 043706 [link]
cond-mat/0602254

3.YNi_2B_2Cの局所電子状態密度

ポイントノードであるといわれるYNi_2B_2CのSTM像が実験的に得られている。
現在、この物質に着目して研究中である。


参考文献
[1]E. Baur et al.: Phys. Rev. Lett. 92 (2004) 027003

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