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教養英語読本 II

教養英語読本 II

Preface

 ここにご覧いただくのは『東京大学教養英語読本 I 』に続き、同じコンセプトによって編まれた第 2 巻である。英文、知的内容ともに、第 1 巻よりほんの少し高いレベルを目指しているが、基本的な編集方針は第 1 巻と変わりがない。第 1 巻をお読みになっていただいた方々にとっては繰り返しとなる部分も多いが、このシリーズが拠って立つ基本的な考え方をあらためてご紹介しておこう。
 本書は、1993 年に東京大学教養学部の英語部会によって独自に制作された教科書 The Universe of English の伝統を引き継ぐかたちで編集されており、理系・文系のバランスを考えたさまざまな分野やテーマについて書かれた文章が集められている。そして狭い意味での学術論文は避けられ、一般の教養書として市販されている書物が対象とされている。
 したがって、英語そのもののレベルとしては、ことさらに難しいものが選ばれているわけではない。文法の基礎があり、そこそこの語彙力のある大学生は、日本語に置き換えることにさして困難を覚えないだろう。しかし、セッションによって差があるものの、ただ日本語に置き換えただけでは「意味」が透明に伝わってこない箇所が多かれ少なかれ存在するはずだ。すなわち、平均的な学習者にとっては、頭の中でそのような第1 段階の粗い「直訳」を作成・咀嚼し、文脈にはめ込んで考え、それを別な形で自分流に表現し直して初めて「意味」が分かるというような箇所が、かなり含まれている文章が選ばれているのである。
 このような思考プロセスが、英語の使用だけですべて処理されるというのは理想であろう。実際に、本書はそのような能力のある学生が使用することを想定しながら編集されている。しかしそれと同時に、いまだそこまでの英語力をもつに至らない学習者が母語を用いて思考し、授業が行われる可能性をも、本書は排除しない。排除しないどころか、それを前提としていると言わねばならない。ここには、外国語のリーディングが、広い意味での教育の中で、その本質として果たさなければならない役割と密接に結びついた考慮が働いている。
 外国語の文章を読む訓練は、古往今来、洋の東西をとわず知的な教育の重要な一角を占めてきた。上に述べたことをもう一度整理すれば、学習者の視点から眺めた外国語のリーディング体験とは、ほぼ次のようなプロセスをたどるべきものと言えよう。

  1. あるセンテンスを前にして、単語の意味を調べ、文法をたよりにいちおうの「直訳」を頭の中に描く。
  2. この「直訳」をもとの英語と照らし合わせながら、筆者がどんな「意味」を伝えようとしているのかを考える。
  3. センテンスの大まかな意味が推測できたところで、それが前後の文脈にどのようにはまるのかを考え、「意味」を修正する。
  4. このプロセスを積み重ねて、段落が全体として何を言おうとしているのか、何が段落の要点であるかを理解する。

 第 1 巻では以上であったが、より高度な読みを目指すために、さらに次の段階を付けくわえておこう。

  1. 全体の趣旨を把握した上であらためて細部に立ち返り、なぜ、与えられたテクストに実際に用いられているような単語や表現、あるいは文章構成が選択されているのか、それによってどのようなニュアンスが加えられているのかを考える。

 1 から 4 までは、語彙や文法を手がかりに意味の理解を目指すという意味で「ボトムアップ」の読み方といえる。これに対して、 5 は「トップダウン」の読み方であり、「意味」がいちおう分かったことを前提に、それを基にしてさらに細かく筆者が意図したこと、あるいは必ずしも意図しなかったことまで読み取ろうとする過程である。このようなプロセスを繰り返し練習し、一つの有機的な纏まりとして文章を理解することが、特定の言語の語学力ばかりか、もっと広い意味での言語能力を伸ばし、母語、外国語をとわず文章を読む力をつけるための知的訓練としてきわめて重要であることは言を俟たないだろう。最初に眺めたときには混沌とした無意味な単語の集合体でしかないが、そこに突如として一条の理解の光が射し、文章全体が秩序をもった一つの塊として見えてくる。そんな発見の喜びを学習者に味わわせ、それが独自の力でできるように訓練し、そのことによって知的レベルを引き上げることこそが、英語に限らず、外国語リーディングの精髄であり、存在意義である。

 以上のような考えに基づいて、本書のテクストは編集され、注釈がつけられている。
 したがって、内容としては、あまりに高度な専門性や特殊な文化的情報を前提とするものは避け、意欲ある学習者が知力を尽くして格闘すれば、そこに与えられている英語表現からその意味へと到達することがおおむね可能であるようなテクストを選ぶことを目標とした。
 もう一つ、注釈の「Q」について一言述べておこう。本書を開けば、問題形式になっている注釈の多いことにお気づきになるだろう。それらは、上に述べたようなリーディングの喜びを学習者自身に味わってもらうことを願いながら作成されている。すなわち、単純な単語やフレーズでも、大きな文脈や意味の流れが理解できて初めて語義が決まってくるものについて、「Q」すなわち質問が付されているのである。
 将来英語を本格的に使用することになる人々にとっては、この教科書を味読し、深く学ぶことはよい出発点になるだろう。試しに、市中の書店に行き、目もあやに並んでいる洋書を眺めてみるがよい。そこで見る教養書に用いられている英語が、本書の英語のレベルと本質的に変わりのないことが分かるだろう。すなわち、英語を日々実用としている教養ある人々は、このような英語を読み、書き、このような内容について話しながら日々を暮らしているのである。本書が読めないようでは、英語のまともな実用などおぼつかない。その意味で、本書はすぐれて実用的な英語の入門書である。
 しかし、将来英語を使う可能性の低い者にとっても、本書のような英語の文章で学習することはきわめて大きな意味をもっている。少し背伸びした外国語の文章を読んで、言語能力を鍛えることにより、さまざまなものごとに対処する際の思考を柔軟にし、発想の幅を広げることができる。内容・言語表現ともに、現在の実力よりも難しいテクストに立ち向かおうという意欲をもち、対処するための思考回路をもつことができるようになれば、その分だけ人生が豊かになるであろう。教養とはそのようなものである。何を知っているかではない。考えるすべを知っていることである。そのような能力を涵養することこそが教育の目標にして、理想でなければならない。すなわち、本書は本来の教育に資するための、外国語の教科書たりうることを目指しているのである。
 ただに言語技術の枝葉末節のみに拘泥し、このような理想を等閑に付すならば、教育に携わる者として不明にして無責任のそしりをまぬかれない。では、こうしてできあがったものが、はたして理想に近づき得ているであろうか。その成否を断ずることは編者の一人として潔しとしないが、本書はそれを目指したものであることを明言するとともに、今後も目指し続けることをここに誓おう。
 この教科書の作成は東京大学教養学部の英語部会のプロジェクトとして行われてきた。数年に及んだ編集の過程で英語部会の主任をはじめ、さまざまの方々のご支援をいただいてきたことに感謝するとともに、最後に、この教科書の編集に特に深く関わってきたスタッフをご紹介しておこう。主として素材収集の段階では Tom Gally 、 Paul Rossiter 、Brendan Wilson 、注釈の執筆・整理の段階では河合祥一郎、武田将明、大石和欣、坪井栄治郎、矢田部修一、大掘壽夫、伊藤たかね、菅原克也、そして全体の統括を山本史郎が行った。また、東京大学大学院総合文化研究科博士課程に在学中の柾木貴之、塚田雄一、 Pamela Hsiaowen Peng の各氏には原稿の整理を手伝ってもらい、貴重なコメントをいただいた。さらに、東京大学出版会の後藤健介氏と中山佳奈氏には手のかかる本作りの過程を通じてたいへんなご支援を賜った。この場をかりて心より感謝の言葉を述べさせていただきたい。

2013 年 6 月
山本史郎(編者代表)

*注記
発音記号は [ ] で示し、イギリス式とアメリカ式とで異なる場合は英音|米音の順に表記した。

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Contents

  • Preface  v

  • Acknowledgements  ix

  • The Fires of Vesuvius: Pompeii Lost and Found
    Mary Beard

    • session 1 Part 1 ………………………………………………………………………………………………………………… 2
    • session 2 Part 2 …………………………………………………………………………………………………………………10
  • The Great Plains Ian Frazier

    • session 3 Part 1 …………………………………………………………………………………………………………………18
    • session 4 Part 2 …………………………………………………………………………………………………………………26
  • Adam’s Navel Stephen J. Gould

    • session 5 Part 1 …………………………………………………………………………………………………………………34
    • session 6 Part 2 …………………………………………………………………………………………………………………44
  • Turing Machine: Computing the Unthinkable
    Nicholas Fearn

    • session 7 Part 1 …………………………………………………………………………………………………………………52
    • session 8 Part 2 …………………………………………………………………………………………………………………60
  • Doctor Dolittle’s Delusion: Animals and
    the Uniqueness of Human Language
    Stephen R. Anderson

    • session 9 Part 1 …………………………………………………………………………………………………………………68
    • session 10 Part 2 …………………………………………………………………………………………………………………76
  • The Dynamics of Primate Societies
    Nicholas Wade

    • session 11 Part 1 …………………………………………………………………………………………………………………86
    • session 12 Part 2 …………………………………………………………………………………………………………………94
  • The Naming of Names Richard Fortey

    • session 13 Part 1 ………………………………………………………………………………………………………………102
    • session 14 Part 2 ………………………………………………………………………………………………………………110
  • A Musician’s Alphabet Susan Tomes

    • session 15 Part 1 ………………………………………………………………………………………………………………118
    • session 16 Part 2 ………………………………………………………………………………………………………………126
  • Voice of the Century: Celebrating Marian
    AndersonAlex Ross

    • session 17 Part 1 ………………………………………………………………………………………………………………134
    • session 18 Part 2 ………………………………………………………………………………………………………………142
  • From Foods to NutrientsMichael Pollan

    • session 19 Part 1 ………………………………………………………………………………………………………………150
    • session 20 Part 2 ………………………………………………………………………………………………………………158
  • Indian Takeover Melvyn Bragg

    • session 21 Part 1 ………………………………………………………………………………………………………………166
    • session 22 Part 2 ………………………………………………………………………………………………………………174
  • Suggested Answers to the Questions  183

  • Index  193

 

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