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東京大学大学院 農学生命科学研究科
生産・環境生物学専攻

窒素利用効率の分子機構の解明

 これまでの食料生産の向上は、多量の窒素施肥とそれに適した品種開発によって達成されてきました。しかし、投入された窒素の多くは環境中に流出し、地下水の汚染、N2O等の温暖化ガスの発生等の悪影響をもたらしています。このため、今後は低窒素投入による環境保全型農業が望まれています。また開発途上国においてもコスト面から肥料の投入量を抑えつつ高い収量を達成することが求められています。以上の課題を達成するために、低窒素条件下で高い収量を示す作物の開発が求められています。
  作物が低窒素条件で高い生産性を示すためには、植物自身の窒素吸収能力や吸収窒素当たりの炭水化物生産能力、いわゆる窒素利用効率を高めることが必要です。作物の収量を向上させるために多くの優れた品種や栽培技術が開発されてきましたが、低窒素条件での高生産を考えた育種はほとんどなされていません。 また、窒素施肥が作物の生育・収量や光合成などの生理反応に及ぼす影響についても多くの知見がありますが、 窒素代謝と炭素代謝を関連させて代謝物や酵素活性等を網羅的に解析した報告はありませんでした。
 そこで当研究室では、遺伝子組み換え技術による作物の窒素利用効率の向上を目指し、グルタミン酸脱水素酵素(GDH)、転写制御因子Dof1、 カルシウム依存性タンパク質リン酸化酵素CPKdを導入したイネまたはバレイショを作出しました。これらの材料を用いて、窒素代謝及び炭素代謝に関わるアミノ酸、有機酸、糖等の中間代謝産物量、 関連酵素活性、光合成・転流機能、収量性などを異なる窒素条件で網羅的に解析・比較することで、低窒素条件での窒素利用に関する遺伝子ネットワークおよび代謝ネットワークを解明し、高窒素利用効率作物の開発のためのターゲットを明らかにしようとしています。


これまでの主な成果

グルタミン酸脱水素酵素(GDH)
  麹菌由来のGDHを導入したイネとバレイショ(以下GDHイネ、GDHバレイショ)はともに、乾物生産量、収量および窒素利用効率が向上しました(Abiko et al., 2010; Egami et al., 2012; Zhang et al., 2016)。 GDHイネについては、隔離圃場試験を2年間実施し、圃場レベルでのGDHの収量・窒素利用効率の向上に効果があることを明らかにしました(Abiko et al. 2010)。 また、飼料用イネ品種モミロマンに麹菌由来のGDHを導入したイネにおいても乾物生産量、収量および窒素利用効率が向上することを明らかにし、飼料用イネにおけるGDHの利用可能性を示しました(Zhang et al., 2016)。安定同位体15Nを用いた実験によって、GDHイネではGDHによってアンモニアが直接同化されていることを示しました(Abiko et al. 2010)。GDHバレイショでも塊茎のグルタミン酸濃度の上昇が見られたことから、GDHのアンモニア吸収における直接的効果を明らかにしました。

転写制御因子Dof1
 トウモロコシ由来のDof1を導入したイネの作出に初めて成功しました。この系統では同化炭素及び吸収窒素の地下部への優先的分配が認められ、それに伴って炭素、窒素共に地上部/根の有意な低下が認められました(Kurai et al. 2011)。 また、トウモロコシ由来のDof1を導入したバレイショでは低窒素条件下での窒素吸収量、光合成速度および収量(塊茎重)が増大しました。

カルシウム依存性タンパク質リン酸化酵素CPKd
  窒素利用効率に関係する遺伝子として新たに見出したOsCPKdの過剰発現イネでは低窒素条件下における乾物生産の向上が見られ、OsCPKdの活性酸素種の消去システムへの関与が示唆されました(Asano et al. 2010, 2011)。また、OsCPKdをコードするOsCPKd12がイネの耐塩性といもち病耐性の制御に関与することを明らかにしました(Asano et al., 2012)。

 




棚田

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Last Update : 2016.4.27