学生の皆さんへ

人間には他の生き物にはない特徴がたくさんあります。 そのうち最も大事なもののひとつが冒険心だと思います。 普通の生物は差し迫った理由がないかぎり、自分の生息域の外に出ることはありません。わざわざリスクを冒す必要はないからです。

ところが人間は違います。生きていくのに必要のないリスクを喜んで冒します。 山へ登ったり、川を下ったり、果ては宇宙を目指してみたり。 冒険をテーマにした映画やゲームやテーマパークも大人気です。 みんな冒険に飢えているといってもいいかもしれません。 こうした冒険心を好む人間の心が、現在の人類の繁栄の礎となっています。 もし、人間が全員リスクを避けていたなら、人類は今もなおアフリカに留まり、サバンナに住む珍しいチンパンジーの一種だったかもしれません。

人生は冒険です。 人間は新しいことに挑戦することによって、成長し、生きる喜びを得ているように思います。 今や地球上に人類未踏の地はほとんどなくなってしまいましたが、学問の世界は未踏の地だらけです。 この未知の世界を探求する行為が研究です。 研究とは知的な冒険そのものです。 今まで学校で勉強してきたこと全てを駆使して自然界の謎に立ち向かいます。 今まで数多くの学者が作り出してきた知の財産を使って、今までだれも解いたことのない問題を解くのです。

私たちの研究室では生命と非生命の境界の領域を探求しています。 こうした研究は近年の再構成技術の発展から可能になった新しい分野です。 合成生物学とも呼ばれることもあります(個人的にはあまり適切ではない呼称だと思っていますが)。 この未知の領域の研究により、「生命とは何か」「生命誕生の条件」「生命進化の原理」など、人類にとっての大きな謎を明らかにしていきたいと考えています。

現在、人類は70億人を超える個体数に増え、地球を壊しかねない巨大なエネルギーを扱えるようになり、地球を飛び出して宇宙にまで進出できるようになりました。 しかしながら人類は、自分たちがこの地球上でどうやって生まれて、どうして繁栄できたのかをまだ分かっていません。 自らの由来も、そして行く先もわからないまま生きています。 私たちは何とかしてこの謎に迫りたいと考えています。そしてこれは知性を持つものとして根源的な欲求だと思います。

こんな純粋に学術的な興味に基づく研究は大学でしかできません。 それどころか、世界中の研究室の中でもごく限られた数の研究室でしか行われていません。 その中でも私たちは、独自のアプローチで他の研究室には真似できない研究に挑戦しています。 手前味噌ですが、私たちの研究は人類の知の最先端の一部を担っていると自負しています。

もちろん新しいことに挑戦するにはリスクはあります(注)。 冒険にはリスクが付き物です。 例えば、大学院へ行けばその分学費がかかります。 博士課程へ行けば修士課程卒とは就職先が変わってきます。 アカデミアに残るとなれば、しばらくの間は任期のある職に就くことになるでしょう。 これらを堪え難いと思う人は研究には向いていないかもしれません。 安定や堅実さを重視するなら、大多数の人と同じ道を選んで、大卒、あるいは修士卒でできるだけ経営の安定した企業を選ぶのが合理的だと思います。

結局、研究に向いているのは、安定よりも挑戦や冒険の喜びが勝る非合理的な「変な」人なのだと思います。 しかし、人類の繁栄はそうした「変な」人たちによって導かれてきた部分があると思います。 もし、皆さんの中にそうした「変な」特性があるのであれば、きっとそれは人類にとっての宝です。 是非それを生かしてほしいと思います。

私が大学院へ進学したときのことを思いだしてみると、やはり冒険心に揺り動かされて進学を決めたように思います。 確かに卒業して安定な大手企業や公務員になることにはある程度の魅力がありました。きっと収入はいいでしょうし、社会的信用も高いでしょう。しかし、それよりもダーウィンやメイナードスミスなど偉大な科学者の後を継いで、科学の発展に貢献できる人生のほうが断然楽しそうでした。

実際のところ研究は楽しいです。 私はもう20年くらい研究をしていますが、研究を始めて以来、一日たりとも退屈したことはありません。 研究では、先人たちの巨人の肩の上にのって今まで誰も見たことのない景色を見られます。過去の偉大な学者たちが知りたくても知り得なかったことを人類で初めて知ることができます。 そして得られた知識は人類の財産として蓄積されます。 ちゃんと論文にすることができれば私たちがみんな死んでしまったあとも残ります。 そして、それを土台に次の科学が発展していきます。 こんな体験ができるのは研究者だけです。 これが楽しくないわけがありません!

今思い返してみると、研究を知らなかった小学校から大学まではなんて退屈な時間を過ごしていたのだろうと思います。 実際、毎日そんなに楽しくはありませんでしたが、当時はまあ人生とはそんなものだろうと思っていました。皆さんの中にもそう思っている人がいるかもしれませんが、この世にはもっと楽しい世界があります。 今になって思えば、当時は他の人が見つけたことを教えてもらうだけだったわけですから退屈で当然です。 しかも進度はみんな一緒で、勉強したことも試験問題を解くくらいしか使い道がありません。 目的もなく、舗装された道を皆で一緒にぼんやり歩いていたようなものです。

しかし、大学院では違います。未だかつて誰も歩いたことのない世界を開拓することになります。 もちろん、道は基本的にはありません。どの方向に進むのも自由ですし、どんな手を使って進むのも自由です。 今まで勉強してきたこと全てが自分の武器になります。 良く考えれば考えるほど、頑張れば頑張るほど、自然は新しい答えを見せてくれます。 今まで勉強した知識はこのためにあったと言ってもいいくらいです。

自然の前に全ての人間は平等です。 皆さんも著名な科学者と同じ大発見のチャンスがあります。 どんな小さい発見であったとしても、それはこれまでの科学者たちは誰も見つけられなかった発見です。 そしてその発見は、誰かが受け継いでいつの日が人類を救うことになるかもしれないのです。

大学院を修了後の進路は様々です。 大学などアカデミアに行く人もいますし、民間企業へ行く人もいます。実際のところ、今まで博士課程の卒業生のうち半分以上は民間企業に就職しています。 どんな道を進むのであれ、人生は冒険です。何度も新しい挑戦をする局面にぶつかるでしょう。 大学院で新しい世界を全力で冒険した経験は、皆さんの一生の財産となって新しい世界での挑戦を助けてくれるはずです。

さあ、一緒に新しい世界を切り開きませんか?
 研究室見学はいつでも受け付けておりますので市橋までメールをください。


2019年8月18日 市橋 伯一



注:リスクはあるにはありますが、最小限に抑えられるように最大限のサポートをします。
 例えば、本大学院には卓越大学院制度や、学術振興会の特別研究員制度、TA・RAなどの経済的なサポートがあります。現状で博士課程に在籍している大学院生は全員どれかを受給しています。
 博士課程に進むことが早いうちに分かっていれば、学術振興会の特別研究員の申請に間に合うように論文化するなど、最大限のサポートをしますし、申請書の書き方もかなりがっつりサポートします。結局のところ研究費の申請書の書き方やプレゼンの技術は、アカデミアで生きていくための最重要技術のひとつですので、この業界で職を得ようとする人には市橋が培ってきた技術をすべて伝授します。
 また、あまりに挑戦的な研究をしてしまうと学位がとれないので、本来の目的の手前のサブテーマを設け、研究があまりうまくいかなくても次につながるようなセーフティ―ネットを設けております。あまり不安定な立場だと研究を楽しめないので、皆さんが学位やお金のことを心配せず、できるだけ楽しく研究ができるような研究室を目指しています。


卒業生の進路(阪大在籍時も含む)

博士後期課程

(企業)

高砂香料工業、協和発酵、カネカ、特許事務所、エスディーテック、サンプラスチック、堀場製作所、ローム、アマゾン、ベーリンガー・インゲルハイム

(大学・研究所)

福井大学、大阪大学、東京大学、理化学研究所、Portland州立大学、ESPCI Paris