主な研究テーマ
動物の"形づくり"を試験管の中で再現し、器官組織形成の特異性を分子で探る
−実験発生学から分子発生生物学まで−
1個の受精卵から成体が発生する過程では、様々な組織・器官の形成に関与する誘導現象が起こっていると考えられる。
我々はそれらの現象を in vitro 系で再現し、制御する事を試みている。
中胚葉誘導は、桑実胚期から胞胚期にかけて起こる最初の誘導現象であり、発生過程での細胞分化と形態形成の最初のシグナルといえる。
我々はこの中胚葉誘導因子を単離、精製し、その物質がTGF-βファミリーに属するアクチビンAであることを明らかにした。
このアクチビンを未分化な細胞の集まりである予定外胚葉片(アニマルキャップ)の培養液に添加すると、濃度依存的な細胞分化を誘導する。
すなわち、低濃度(0.25 - 0.5 ng/ml)で血球や体腔内上皮、中濃度(1 - 10 ng/ml)で筋肉や神経、高濃度(50 ng/ml)で脊索を誘導する。
更に、アクチビンとレチノイン酸を混合して添加すると、原腎管(腎臓)や膵臓を誘導する事ができる。
アクチビンのこのような濃度依存的な組織誘導能は古来から提唱されてきた勾配説に沿うものである。
アクチビンで未分化細胞を処理すると、様々なホメオティック遺伝子等が規則正しく発現してくる。
これらの遺伝子の発現時期と順序は正常胚のそれとよく似ている。我々は、誘導を受けた細胞がどのようにして正しい空間的配置と時間的順序を示しながら
各々の組織や器官に分化していき、全体として統一のとれた体を作るのかを、私達の研究室で長年培ってきたノウハウを用いて研究している。
現在未分化細胞をアクチビン処理することによって、内胚葉への分化誘導をはじめ、試験管内で拍動する心臓など多くの臓器を作り出す事に成功しており、
消化器官、心臓等の各臓器がどのように分化していくのかを分子生物学と実験形態学の両面からアプローチしていく。
中胚葉誘導と神経誘導の分子機構の解析
異なる性質の細胞群の相互作用によって、新たな性質を持つ細胞群が生まれる誘導現象は、古くから発生のしくみを理解する上で注目されてきた。
特に中胚葉誘導は、中期胞胚期に動物半球側の細胞が植物半球側からのシグナルを受けて予定中胚葉領域を形成する、胚内で最も早く起こる誘導現象である。
神経誘導とは中胚葉誘導にひきつづいて起こるもので、中胚葉が形態形成運動により胚の内側へと陥入する際に裏打ちする外胚葉が神経へと誘導される現象である。
これらの誘導現象は、その後の脊椎動物の発生におけるボディープランに大きな影響を与える現象であり、分子生物学的解析が進められている。
近年誘導現象は、分泌性のシグナル伝達物質とそのシグナルを細胞内へ伝える物質の相互作用という、分子のレベルでの理解が深まっている。
我々の研究室は中胚葉誘導のシグナルを担う因子として、分泌性のシグナル伝達物質Xnr5, Xnr6をクローニングした。
これらの遺伝子は植物半球に局在する母性由来の遺伝子により中期胞胚期に発現が誘導され、強い中内胚葉誘導活性を持つ。
また、我々はアクチビンのシグナルによって発現が誘導される遺伝子をスクリーニングした結果Xantivin、XSIP1をクローニングした。
Xantivinはアクチビンシグナルを止めるフィードバックインヒビターであると考えられる。
またXSIP1は後期胞胚期から予定神経域で発現し、過剰発現すると神経が過剰に形成されことから神経誘導遺伝子であると考えられる。
現在これらの中胚葉、神経を誘導する遺伝子の解析を進めている。
初期発生におけるシグナル伝達機構の役割
多細胞生物の初期発生において、個々の細胞のアイデンティティー決定は非常に重要である。 個々の細胞は、細胞外のリガンド蛋白の存在を細胞膜表面のレセプター蛋白により検知し、その信号を細胞内に伝え、 細胞質中の蛋白質を経て標的遺伝子の発現を制御することにより、個性を確立していく。 これら一連のシステムは、細胞内シグナル伝達系と呼ばれる。 Wntシグナリング経路は非常によく解析されているシグナル伝達系のひとつであり、線虫からヒトに至る多くの生物種に共通に存在し、 体軸形成、細胞の極性決定、細胞増殖の制御、組織・器官の形態形成など様々な生命現象に関与している。 また、発ガンのメカニズムにもWntシグナリング系は関わっている。 当研究室では主にアフリカツメガエルの初期胚を用い、初期発生におけるボディープランの確立にWntシグナリングが どのように関わっているかについて研究を行っている。 現在までに、Duplin, Axam, Idaxをはじめとする新規Wnt関連遺伝子、あるいはAxin、Casein Kinase、Protein phosphatase 2Aなどに 関する解析を行ってきた。更に、これらのツメガエルホモログを単離し、ツメガエルの正常発生において果たす役割を追跡している。