タンパク質工場としての麹菌の利用

有用タンパク質を麹菌により大量に生産する

近年、ヒトを含む多種多様な生物のゲノムの全塩基配列解読が終了し、ポストゲノムの時代に入りました。その結果、莫大な数の遺伝子およびその産物であるタンパク質の存在が推定されるに至りました。しかし、これらの多くは機能未知であり、人類にとって有用なものも多数存在すると考えられます。これらの新規タンパク質の機能を解析するためには、効率よくタンパク質を生産する系の確立が必要です。また、これらの生産物を安価に大量に供給することができれば、食糧、環境、エネルギー、および医療などの分野の諸問題を解決するのに大きく貢献できることになります。

麹菌は有用タンパク質生産の宿主として注目されている

麹菌は我が国で古くから日本酒、味噌、醤油の醸造に使用されてきた国菌とも呼ばれる重要な微生物です。日本酒の醸造では米の澱粉は麹菌が生産する多量のアミラーゼにより効率よくグルコースに分解され、これを清酒酵母がアルコールに変換します。麹菌はこのアミラーゼ生産能力はきわめて高く、1リットルの培養により数gも生産することが知られています。よく研究の進んでいる酵母のタンパク質分泌生産能力は麹菌のおおよそ100ー1000分の1ですので、いかにその能力が高いかわかると思います。このように、麹菌は真核生物の中で最もタンパク質分泌能力が高い生物であり、永年の食品製造に利用されてきた実績からその安全性が保証されており、有用タンパク質生産の宿主として世界的に注目され、様々なタンパク質生産に利用されています。

私たちの研究室では、麹菌のもつタンパク質の高生産能力を、分子生物学的手法を用いて解析することにより、種々の高生産宿主(スーパー麹菌Asupergillus oryzae)(図1)の開発を行っています。

図1

図1

現在、麹菌により下記のような異種タンパク質生産を試みています。

動物、昆虫

 ウシ  キモシン(チーズの凝乳酵素)

 ヒト  リゾチーム

 トラフグ  インターロイキン、インターフェロン、レクチン

 シロアリ  セルラーゼ

植物

 クルクリゴ  ネオクリン(味覚修飾タンパク質)

 ミラクルフルーツ  ミラクリン(味覚修飾タンパク質)

微生物

 シロアリに共生している原生生物  セルラーゼ、キシラナーゼ

 糸状菌  セルラーゼ

 糸状菌  セルロース緩和物質

種々の高生産宿主(スーパー麹菌)の開発

1.プロテアーゼ遺伝子2重破壊株 NS-tApE株

私たちはヒトリゾチーム生産を指標として、異種タンパク質生産におけるプロテアーゼ破壊の効果を検証しました。5種類のプロテアーゼ遺伝子の1重および2重破壊株を系統的に作製しました。その結果、tppA pepE遺伝子2重破壊株が最も高い生産量(25.4 mg/L)(もとの株の1.5倍)を示すことを明らかにしました(図2)。これらのプロテアーゼ遺伝子の組み合わせによる異種タンパク質の生産量の増加は、初めての例です。さらに、4重栄養要求性NSAR1株より育種したtppA pepE遺伝子2重破壊株NS-tApE株を用いることで、ウシキモシンの生産量も増加することが確認されました。現在、私たちの研究室では標準的な生産宿主としてNS-tApE株を用い、様々な異種タンパク質の効率的な生産に成功しています。

2.タンパク質高生産変異株 AUT 株

さらに私たちは、変異処理により汎用性のあるタンパク質高生産株の育種を行いました。リゾチーム活性を指標としたハロアッセイにより、NS-tApE株を親株として用い高生産変異株をスクリーニングしました。その結果、最も生産する株で50.8 mg/Lと親株の約2.0倍の生産量を示しました。以上の取り組みにより、これまでの麹菌での報告(Tsuchiyaら(1992)、(1.2 mg/L))の、約40倍ものヒトリゾチーム生産量増加に成功しました(図2)。これらのタンパク質高生産株は、AUT株(Asupergillus oryzae strains developed in the University of Tokyo)と命名しました。また、AUT株によりウシキモシンの生産量も同様に増加することも確認しています。、今後、様々な有用タンパク質生産のための汎用宿主(スーパー麹菌)として活躍することを期待しています。

図2

麹菌を用いたセルファクトリー(細胞工場)の開発に向けて

麹菌を用いた異種タンパク質生産において、生産に関与する分泌装置(小胞体、ゴルジ体など)そのものを改変するアプローチはまったく行われてきませんでした。様々な異種タンパク質の生産量をさらに向上するためには、小胞体など分泌経路で起こっている分子機構を詳細に解析することが必要であると考えています。現在、私たちはこれらの機構について明らかにすべく、麹菌ゲノムデータベースの情報を利用した最新の分子生物学的手法や細胞生物学的手法を駆使して研究を行っています。