酵母の窒素源利用を調節する
新しい細胞間コミュニケーションの発見

生物にとって細胞外からの窒素源の取り込みは、生命を維持する重要な代謝機能の一つです。単細胞真核生物である分裂酵母は、アンモニアやグルタミン酸といった利用しやすい良質の窒素源を優先的に利用するため、その存在下では利用しにくい窒素源を取り込むためのトランスポーターの発現が抑制されます(窒素源カタボライト抑制)。一方で、分岐鎖アミノ酸(イソロイシン、ロイシン、バリン)の合成に関する遺伝子が欠損した分裂酵母の変異株は、分岐鎖アミノ酸を外から取り込まないと生育できません。そのためこうした変異株は良質の窒素源を含む最小培地では窒素源カタボライト抑制が起こるため利用しにくい窒素源である分岐鎖アミノ酸を取り込むことができず、生育不可能となります。

しかし、私たちは、同じ培地上で変異株の隣に野生株が生えていると、その近傍から変異株が生えてくるという「適応生育」現象を発見しました。この結果から、近傍の野生株から何らかの物質が分泌され、その物質を介して窒素源カタボライト抑制を解除すると考えられます。私たちはこの活性物質を分離・同定し、新規オキシリピンであることを突き止め「NSF」と命名しました。NSFは分裂酵母自身によって生産され、培地中で一定濃度に達すると生育を誘導する自己制御因子であることを明らかにしました(図)。これらの研究成果により、分裂酵母における、低分子化合物を介してアミノ酸取り込みを調節する新しい細胞間コミュニケーション機構の存在が明らかになりました。フェロモン様物質を介し細胞間コミュニケーションは、動物だけでなく微生物にも広く存在するものと考えられます。

図