化学遺伝学による微生物由来の生理活性物質の作用機構研究

微生物がつくり出す構造・活性のユニークな生理活性物質は、医療、食料、環境など人類が抱える諸問題の解決に役立つ貴重な天然資源です。中でもペニシリン、ストレプトマイシンの発見を端緒とする20世紀後半に発見された抗生物質は、人類誕生以来、長年にわたって人間の生命を脅かしてきた細菌感染症に対する特効薬として広く利用されてきました。同時に抗生物質は、その特異的標的分子の解明を通じて、DNA複製、転写、翻訳、細胞壁合成など生命の基本原理の解明に大きく貢献してきました。このような作用機構の解明は、薬剤の選択毒性の原理を理解し、新しい創薬研究を進める上でも重要な役割を果たすことが期待されます。我が国では、伝統的な発酵学を基盤とした応用微生物学の分野で、実用的抗生物質を含めた膨大な種類の微生物二次代謝産物が発見され、その生理活性と構造が明らかにされてきました。しかし、それら生理活性の宝庫とも言える微生物由来活性物質群の中で、その作用標的が分子レベルで解明された例はごくわずかで、巨大な資源の多くはまだ半ば眠ったままになっていると言っても過言ではありませんでした。

私たちのグループは、がん細胞をはじめとする動物細胞の細胞周期阻害、細胞分化誘導など様々な生理活性を示す微生物由来活性物質の作用機構解明に取り組み、ヒストン脱アセチル化酵素、タンパク質核外輸送因子CRM1、スプライシング因子SF3bなど、当初は予想もしなかったユニークな標的分子を同定し、ヒストンアセチル化によるエピジェネティクス制御、タンパク質核—細胞質間輸送機構、スプライシングによるがん化制御など、真核生物における新しい研究領域を切り開いてきました(図)。その一部は、現在、実際のがん治療に応用されています。これらの研究は、日本農芸化学会賞、高松宮妃がん研究基金学術賞、日本学士院賞など多くの受賞の対象となる大きな成果となりました。

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