Magnons and thermal Hall effect in an inversion symmetry broken Antiferromagnet
[Kawano-Onose-Hotta, Comm.Phys. 2 27(2019), Kawano-Hotta, PRB99 054422 (2019), Kawano-Hotta, Phys. Rev. B 100, 174402 (2019).] top pageにあるリンクの解説もご参考ください

 電子のup/down spinの自由度がスピン軌道相互作用で混じるのと同じ効果が, 反強磁性絶縁体のマグノンが DM相互作用によって, 疑似的に2つのsublatticeのup/down spin momentの "擬スピン軌道相互作用" として働き Rashba-Dresselhaus効果や, 異常熱ホール効果(異常速度による電子の異常ホール効果のマグノン版)  をひきおこすことを明らかにした仕事です. 最近, さらにkitaev modelにおいても類似した現象を発見しました. またこのような効果をあらゆる反強磁性絶縁体でサーチする一般論を構築しました.
MagnonのRashba-Dresselhaus 効果
電子は, 電荷とスピンという二つの属性を持ち, この二つの間には一般に相対性理論の補正効果であるスピン軌道相互作用(注1)が働きます. この相互作用によって, 電子の運ぶスピンとその運動量とが結びつき, ラシュバ・ドレッセルハウス効果と呼ばれる, スピンと運動量に依存したバンド分裂や, 電場と垂直方向に純スピン流が生じるスピンホール効果多彩な現象が実現することが知られています. これらの効果は, 電場による電子スピンの制御を可能にすることから, デバイスへの応用が期待されています. しかし, スピン運動量ロッキング(注2)を用いたスピントルクの発生などのように, スピンの制御には少なくとも二次的な形で電荷の移動が必要です. そのため電荷の移動に散逸がない特別な場合を除くほとんどのケースで, デバイス化, 微細化に対して電気伝導に伴うジュール熱の発生が大きな問題となっています.



これに対して電気を流さない絶縁体中を伝搬する磁気的な粒子がマグノン(注3)です. マグノンがスピンを運ぶことにより, 電荷は凍結しながら磁化だけが流れるスピン流が生じます. 通常の強磁性体では, マグノンはある一つの向きのスピンしか運びません. そのため運動量に応じてスピンの向きを変える, あるいは弱磁場で容易に制御することが困難でした.
反強磁性体中では, 二種類の逆向きのスピンが交互に並んで規則的な構造を作っています. それぞれのスピン毎に二種類のマグノンが生成され, これらが逆向きのスピンを運びます. 本研究によって, 固体中の結晶構造が空間反転対称性(注4)の破れから生じるジャロシンスキー・守谷 (DM)相互作用(注5)が, 電子におけるスピン軌道相互作用と同じ役割を, これら二種類のマグノンに対して果たすことがわかりました. より具体的には, この相互作用によって, 二種類のマグノンが混ざり合い, マグノンが持つ運動量に応じて, マグノンの運ぶスピンの向きを滑らかに変化させることができます. また非常に弱い磁場をかけ, その向きを変えることによって運ばれるスピンの向きを容易に変えることもできます(図1).  今回の研究では主に2次元の正方格子上にスピンが並んだ, 最も一般的な反強磁性体に対する計算を行いました. これに加え, 反強磁性体を1次元鎖に分解し, 1次元鎖のレベルで様々なバリエーションの相互作用の働き方によって, 物性を分類しました. この分類を用いて, 1次元鎖をブロックのように重ねていろいろな系を設計し, そのスピン-運動量に関わる物性を容易に予測することができるようになりました. このモデルは, Ba2MnGe2O7 や Ba2CoGe2O7 などの現実の物質ともよく対応しています.
また, デバイス応用の例として, 純スピン流(注6)を用いた磁気構造の検出方法を提案しました(図2). 微細アンテナで発生させたマイクロ波を用いて特定の波数(波長の逆数)kとその逆の波数-kをもつマグノンを同時に励起すると, 二種類のマグノンは逆向きのスピンを逆向きに運ぶため, 純粋スピン流が生じます. 理論計算と照らし合わせながらスピン流の大きさを測定することによって, 系の磁気構造を測ることができます. 省電力かつ高速に駆動する磁場漏れのない磁気メモリなどの, 次世代デバイスへの開発に繋がることが期待されます.


(注1)スピン軌道相互作用 : 電子のスピンと軌道を結びつける相互作用で, 相対性理論の補正効果として生じる. 特に空間反転 対称性が破れた系では, 空間反転に対して反対称なスピン軌道相互作用が働く. その代表例とし て, ラシュバ型やドレッセルハウス型のスピン軌道相互作用がある.
(注2)スピン運動量ロッキング : ラシュバ型, ドレッセルハウス型の半導体で報告された現象で, 状態の持つ運動量ベクトルとスピンの角度が系全体で固定される現象. 運動量ベクトルに応じて運ぶスピンの向きが異なることを意味する. 今回の図1はスピン運動量ロッキングに類似した現象であるが, 運動量とスピンの角度が一定ではなく, 滑らかに変化するところが従来のものと異なっている.
(注3)マグノン : 磁気秩序のある磁性体中を伝搬する準粒子. 基底状態におけるスピンと逆向きのスピンを運ぶ.
(注4) 空間反転対称性: 結晶中のある点を反転中心にして空間反転操作を行ったとき, 結晶の性質やその物性が不変であること. スピン軌道相互作用の出現には空間反転対称性の破れを要する.
(注5)ジャロシンスキー・守谷相互作用: 隣接スピン間の空間反転対称性が破れると生じる相互作用. この相互作用も相対性理論の補正効果 として生じ, 隣接スピン間を垂直に揃える働きをする. 他の相互作用と混在する場合は, 磁化のらせん構造を誘起することが多い.
(注6)純スピン流: 電荷および熱は流れずに, スピンのみが伝搬する輸送現象.



SU(2) magnon と Berry曲率, 熱ホール効果
10年近く前から 強磁性体のマグノンホール効果がおこることは知られていました[Onose, Katsura, Nagaosaら 2010]. これはスピンがやや傾いてcone状になったferromagnetでスピンが立体角をもったり, 反転対称性が存在する系において同じ方向を向く 隣接スピン間にDM相互作用が働いたりする場合に, (1)マグノンのhoppingが Peierls位相を稼ぐこと, (2)結晶の対称性に阻まれることなく, その位相が積分されてマグノンバンドのBerry曲率に転化すること, (3)時間反転対称性の破れによってBerry曲率のホール係数への寄与がが波数空間でcancelされずに残ること, の3つの要素が不可欠でした. Peierls位相とは マグノンに対して働くベクトルポテンシャル(U(1)ゲージ場)であり, ベクトルポテンシャルの存在は一種の仮想磁場の存在を意味し, 仮想磁場によってマグノンの軌道が曲げられ ホール効果を 起こすという説明が直感的です. (2)については 正方格子や三角格子では結晶の対称操作によって (1)のベクトルポテンシャルによって作られたflux(磁束)が 系全体でcancel outされてホール係数はゼロになります.
我々の反強磁性体では上述のルールでは熱ホール効果は決して起こらないはずです. ところが, 上述の機構とは異なった方法でホール効果が起こることがわかりました. 本系ではほぼ逆向きを向く隣接スピン間にDM相互作用が働いています. DMベクトルがU(1)ゲージを作り出すには, スピンと同じ方向にDMベクトルが有限の成分を持っていなくてはならず さらにDMベクトルの向きが格子のある方向に沿って交互に反対向きを向く(反転対称性が保持されている)ことが 要請されます. ところが今回の系ではDMベクトルはスピンとは垂直に向いています. さらに系の反転対称性の破れを反映して, DMベクトルは同じ向きにそろっています. このような場合には DM相互作用が 2種類のマグノン(二つの副格子に属し, 逆向きのスピンを運ぶ)の向きを 反転させながら伝搬する SU(2)ゲージを創出します. このSU(2)ゲージは なかなかわかりにくそうな概念ですが, 電子系で異常ホール効果をもたらした要因(Rashba型のハミルトニアンにおいて生じる)です. このSU(2)ゲージが ON になるためには DMベクトルに垂直な方向を保ったまま スピンがAntiferroからわずかに cant(傾く) せねばなりません (DM相互作用が D SxSという形をしていることからもわかります). より一般的には, 電子系との analogyで 2マグノンが構成するSU(2)代数の対称性の破れとして理解することができます.
このマグノンホール効果は私たちにとってもとてもとても非自明で 最初はなぜだかさっぱりわかりませんでした. 論文を出版した後に, これは「異常マグノン熱ホール効果」と呼ぶべきであると遅ればせながら後悔しました. というのが, 電子系で一時大きく話題になった異常ホール効果のまさにマグノン版というべき, これまでの マグノンホールとは質的に異なったものだからです.
この論文では 磁場をかけることにより系が topological相になること, それに応じてedge stateも出現することも示しています. Z2トポロジカル数はマグノン系では定義されていませんでしたので本論文で初めて定義を導入しました.