東京大学 植村研究室

RESEARCH

生体内での多くの化学反応は酵素により触媒され、一見複雑な反応でさえも、完璧な選択性を持って円滑に進行しています。この精巧な反応系の鍵となるのは、酵素の内部に存在する組織化・連動化したナノ反応場形成にあります。つまり、ナノスケールの空間に情報を組み込み、それを鋳型として的確に表現することができれば、望みの反応や機能性ナノ材料を自在に創出できることを自然は教えてくれています。本研究室では、様々な分子性ナノ空間材料を合理的に設計・構築し、これらの物質が持つ空間情報を超精細に解読・転写する新しい化学システムの開拓を行っています。

polymerization control

代表的な総説論文:
"Polymerization in Coordination Nanospaces" Chem. Asian J. 20061, 36–44.
"Polymerization reactions in porous coordination polymers" Chem. Soc. Rev. 2009, 38, 1228–1236.
"Hybridization of MOFs and polymers" Chem. Soc. Rev. 201746, 3108–3133.
"Controlled polymerizations using metal–organic frameworks" Chem. Commun. 201854, 11843–11856.
"Polymer in MOF Nanospace: from Controlled Chain Assembly to New Functional Materials" Isr. J. Chem. 201858, 995–1009.

 

ナノ空間を使った重合制御

高効率化・高機能化が求められる21世紀には、ナノレベルで随意に高分子の精密な一次構造制御や高次元集積ができる技術の開発が望まれています。しかし、通常、高分子材料を合成するときはフラスコや反応釜といったマクロな反応容器を用いるため、得られる高分子鎖はバルク状態で必然的に絡み合ってしまい、ナノレベルでの構造や集積の制御は難しいという問題がありました。これに対して、ナノスケールの均一な空間を用意して、それをナノサイズの重合容器として用いることができれば、空間を構築する壁が重合反応に大きな影響を及ぼし、高分子の一次構造や集積状態の制御を行うことが可能になります。我々の研究室では、ナノ空間を有する材料を精緻に設計し、その空間を使って高分子を合成することで、従来法では不可能な新規高分子の合成を行っています。

多孔性金属錯体(Metal–Organic Framework: MOF)と呼ばれる集積型金属錯体は、数オングストロームから数ナノメートルのサイズの細孔を有する多孔質材料です。MOFは、ゼオライトや活性炭などの他の多孔性材料では実現しにくい「細孔サイズ、形状の合理的設計」、「細孔表面の機能化・修飾が可能」、「高い構造規則性」、「柔軟で動的な骨格」を持ち、ナノレベル(分子レベル)で精密な情報を有する機能性空間を自ら設計、構築できます。

我々は、MOFのナノ細孔のサイズが高分子鎖がちょうど一本から数本で包接される程度の大きさであることに着目し、この空間を高分子合成の場として利用することで、高分子の反応位置、立体規則性、分子量の制御が可能になるだけではなく、高分子鎖の配列や高次構造が精密に制御された新たな有機無機ナノ複合体を構築することを発見しました。これらの研究は、超高機能プラスチック(エンプラ)や、新素材の開発に繋がります。

参考論文:
"Radical polymerisation of styrene in porous coordination polymers" Chem. Commun. 2005, 5968–5970.
"Highly ordered alignment of a vinyl polymer by host–guest cross-polymerization" Nat. Chem. 2013, 5, 335–341.
"Radical Copolymerization Mediated by Unsaturated Metal Sites in Coordination Nanochannels" ACS Macro Lett. 2015, 4, 788–791.
"Mixing of immiscible polymers using nanoporous coordination templates" Nat. Commun. 20156, 7473.
"Sequence-regulated copolymerization based on periodic covalent positioning of monomers along one-dimensional nanochannels" Nat. Commun. 2018, 9, 329.

 

ナノ空間を使った高分子の集積構造制御

従来の高分子化学・高分子物理では、専ら高分子鎖同士が無秩序に絡まりあったバルクにおける性質や振る舞いが研究されてきました。我々は、MOFのナノ細孔を高分子拘束の場として用いることで、高分子が単分子鎖から数本鎖程度からなる超低次元集積体を作り出し、それらが示す特異な挙動や物性(運動性、伝導性、誘電性、光機能など)を明らかにしてきました。

MOFと高分子の複合化は、それぞれ単独では見られない全く新しい機能(創発機能)の発現も期待できるため、新規機能性ナノ材料の構築にもつながります。例えば、MOFの細孔に高分子を拘束することで、これまで不可能であった数本レベルでの高分子の熱転移挙動を世界で初めて観測することに成功し、さらに細孔のサイズや細孔表面を変化させることで、熱転移挙動を自在に制御できることを発見しました。また、導電性高分子や蛍光高分子をMOF内に閉じ込めることで、これらの物性の増大やスイッチングが可能になる材料を合成しました。

参考論文:
"Unveiling thermal transitions of polymers in subnanometre pores" Nat. Commun. 2010, 1, 83.
"Gas detection by structural variations of fluorescent guest molecules in a flexible porous coordination polymer" Nat. Mater. 2011, 10, 787–793.
"Highly Photoconducting π-Stacked Polymer Accommodated in Coordination Nanochannels" J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 8360–8363.
"Confinement of Single Polysilane Chains in Coordination Nanospaces" J. Am. Chem. Soc. 2015, 137 (15), 5231–5238.
"A phase transformable ultrastable titanium carboxylate framework for photoconduction" Nat. Commun. 20189, 1660.

 

高分子包接ダイナミクスと高分子認識機能

生体組織内では究極的な分子認識が当然のように行われています。例えばDNAの塩基配列は分子レベルで認識され、解読され、転写されています。このような高度な高分子認識機能を人工材料で達成させることは可能なのでしょうか。我々はこの課題にMOFの精密に設計・制御された空間を使って挑戦しています。高分子化学、無機化学、錯体化学、超分子化学、有機合成化学、コロイド、ソフトマターなど、あらゆる化学を駆使して学際的に研究を進めています。

例えば、MOFのナノ空間を利用して高分子の末端構造を認識し、末端の小さな違いのみで高分子を分離する方法を開発しました。ポリスチレンやポリメチルメタクリレート、ポリエチレングリコール(PEG)といった汎用高分子は、あらゆる素材の原料として我々の社会生活を支えています。一般的な高分子は紐状の構造をしており、一本の高分子鎖には必ず二つの末端が存在します。この高分子末端は化学的に修飾することが可能であるため、さまざまな末端修飾高分子が合成され、市販されています。これら末端修飾高分子は、様々な機能材料、バイオ、医療材料の原料として極めて重要な化合物群です。このような末端修飾高分子の合成には、高効率な末端変換反応が必要であるのに加え、未反応物と生成物を精密に分離する技術が不可欠です。しかしこれまで、末端の化学構造に基づいた高分子の分離は極めて困難で、一般的な再沈殿による精製法やサイズ排除クロマトグラフィーを用いた分離法などでは歯が立ちませんでした。そのため、高純度に末端修飾高分子を得ることは難しく、その精製プロセスには多大なコストが費やされているのが現状です。我々のグループでは、MOFを用いて高分子末端を認識し、その分子認識に基づいて高分子を分離する手法を研究しています。これまでに我々は、末端修飾PEGを末端サイズの違いにより厳密に分離することに成功しています。

参考論文:
"Selective sorting of polymers with different terminal groups using metal-organic frameworks" Nat. Commun. 2018, 9, 3635.