研究

研究内容

固体中の電子多体系が示す新奇な量子電子相の探索と相形成のメカニズム解明の研究を推進しています。 遷移金属酸化物中の伝導や磁性を支配するのは遷移金属元素のd,f軌道を占めていた電子です。 d,f軌道の空間拡がりが小さいため、電子はクーロン相互作用により強く相関します。 相関電子は、その相互作用を通じて電子液体・電子液晶と呼ばれる相を形成します。 相関電子では電荷、スピン、軌道(縮退する軌道のどれを選ぶか)の自由度がしばしば独立に振る舞うので、 電荷液晶状態、スピン液体状態といった多彩な状態の出現が期待されます。 高温超伝導現象も相関電子が示す多彩な顔の一つであり、電子相の融解や相競合が、超伝導発現の本質であるとされています。

研究テーマ一覧

超伝導機構の解明と開拓
キタエフ量子スピン液体の探索
幾何学的フラストレーション格子上の電荷液体
スピン軌道相互作用が誘起する新奇電子相の開拓
巨大電子エントロピーの設計と熱電変換技術への応用

超伝導機構の解明と開拓

新奇な超伝導体の開拓と高温超伝導機構解明の研究を推進しています。 これまで銅酸化物超伝導において、高温超伝導が発現する直前に現れる擬ギャップ相の概念の確立 、擬ギャップ相の背景に隠れた電子結晶状態の発見などに、当研究室は貢献してきました。 ここから超伝導の発現機構を解明すべく、新しいアプローチを模索しています。 これらの研究と並行して“面白い”超伝導体の設計と探索に尽力しています。 ここ1,2年では(Ru,Rh)Pの擬ギャップ臨界点での超伝導の発見、 スピン軌道相互作用の効果でパウリ極限を破る高い臨界磁場を誇るTa2PdS5、 半金属ながら強結合超伝導を示すSrPt3Pなどを発見しました。

キタエフ量子スピン液体の探索

量子スピン物理においてのマイルストーンは、絶対零度まで磁性スピンが量子的に揺らいだ状態、スピン液体の実現です。三角格子などの幾何学的フラストレート系で理論・実験ともにいくつかの候補がありますが、証明されたものはありませんでした。一方、理論面では、2008年にキタエフによってハニカム(蜂の巣)格子上での厳密解の模型が提唱され実現が模索されています。量子スピン液体は古典秩序変数によらないトポロジカルな量で特徴づけられますが、キタエフ模型ではマヨラナ準粒子を検出することでスピン液体の実在性を証明することができます。さらに、トポロジカル量子コンピュータへの応用可能性などから非常に注目されています。しかしそのような応用が可能な、異方的イジング相互作用であるキタエフ型相互作用が卓越している「真のキタエフ液体物質」の物質開発は成功例はまだありません。我々は、ハニカム構造をもつイリジウム酸化物H3LiIr2O6においてこの模型に類似した液体の発現を報告しました(2018年2月理学部プレスリリース)。イリジウムd5酸化物はボンド依存の異方的なスピン間相互作用を実現することが出来る擬スピン1/2を持ち、キタエフ型相互作用の実現に最適とされてきた為です。ただし、やはり他の相互作用が大きいことと不純物誘起励起の為、量子液体のモデル特定はこれからです。現在は、キタエフ型相互作用を持ちうるより広いd,f相関電子物質群に対して物質スクリーニングを推進しています。

幾何学的フラストレーション格子上の電荷液体

LiV2O4スピネル酸化物では、Vの原子価が3.5+と半整数で、 1:1のV3+とV4+が、強いフラストレーション効果で知られるパイロクロア格子上に存在します。 クーロンエネルギーの観点から、V3+とV4+は隣り合おうとするので、スピン系と同様に、電荷配列のフラストレーションが生じます。 量子スピン液体の電荷版であるLiV2O4の基底状態が、電子の有効質量が100を超える重い電子状態になっていることを実験的に示しました。 さらにその起源が電子相関とフラストレーションの協奏にあることを、光学応答を用いたエネルギー階層の検討から明らかにしました。 これまでに知られる近藤効果メカニズムとは異なる、新たな重い電子形成メカニズムを示唆します。

スピン軌道相互作用が誘起する新奇電子相の開拓

遷移金属酸化物における電子相探索の舞台は、これまで最も電子相関の強い3d 遷移元素からなる複合酸化物でした。 重い5d 遷移金属元素を含む酸化物は軌道の空間的な拡がりが大きいために、 相関効果が弱くモット絶縁体(電子固体)状態は生じないとされてきました。 ところが、最近5dイリジウム酸化物でもモット絶縁体状態になる例が次々と見つかり、大きな謎が投げかけられました。 電子バンド幅の2eVに比肩する0.5eVの重元素に特徴的なスピン軌道相互作用による軌道運動状態の復活がその起源との作業仮説のもと、 層状5d イリジウム酸化物Sr2IrO4について、軌道放射光を用いた共鳴磁気X線回折実験をSPring-8放射光施設を用いて行ってきました。 その結果IrのL 吸収端の共鳴選択則から、 強いスピン軌道相互作用により最外殻の5d 電子が軌道自由度をほぼ完全に回復した状態(J1/2)にあることが明らかとなりました。 この事実は、スピン軌道相互作用誘起のモット電子固体状態の出現を意味します。 新奇電子相の実証に加えて、共鳴磁気X線回折の新しい利用法の提示により、放射光科学にも大きなインパクトを与えています。

巨大電子エントロピーの設計と熱電変換技術への応用

多自由度系の特徴を反映して、相関電子はしばしば極めて高いエントロピーを有します。 このエントロピーを電流として運ぶことにより高効率の熱電変換が原理的に可能となります。 このような原理に基づいて、新規熱電変換材料の探索を進めています。 高エントロピーの特徴は運動量空間では平坦バンドとして現れます。 これに着目して、バンド計算を用いた設計を並行して進めています。 このアプローチによりスピネル酸化物からなる新規熱電材料を開発しました。