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 Vol.39 2010年 10月号 別冊

Vol.39 10月号 別冊
北森先生研究紹介 マイクロ流路で作る「小さな実験室」

 ガラス基板上にマイクロ・ナノスケールの「小さな実験室」を構築する――北森先生の研究室では、ガラス基板にマイクロスケールの流路を彫って作った「マイクロ化学チップ」上でさまざまな実験を行おうという研究がされています。マイクロ・ナノスケールの実験システムを作るメリット、そしてその開発秘話について伺いました。



Q.マイクロ化学チップとはどのようなものですか?

 コンピューターに例えると分かりやすいでしょう。世界最初のコンピューターは、大きな部屋いっぱいに1 万7 千個の真空管を並べたもので、常にどこかの真空管が切れているから、まともに動いている時間は圧倒的に短かったんです。修理している時間の方が長かった(笑)。
 それが電子計算機としてまともに働くようになったのは、集積回路、つまり真空管や抵抗、コンデンサーをシリコン基板上に集めたものが開発されたからです。
 マイクロ化学チップも同じ発想です。フラスコのような反応器を使う代わりに、髪の毛くらい細い、マイクロ・ナノスケールの流路を作り、そこに溶液を流して反応させれば、集積回路と同じように「化学の回路」ができる。その化学の回路を集積したのが、我々がマイクロ化学チップと呼んでいるものです。

Q.実験システムを小さくするメリットは何ですか?

ガラス基板上のマイクロ流路
(北森先生提供)

直接的なメリットは、必要な試薬の量が少なくなるという、経済的な面です。例えば1 年間にドラム缶1500本分出る工場の分析廃液が一升瓶1 本になる、といったようなことです。

 ですが重要なのは、集積回路と同じで、小さくすることで「速く」、そして「扱いやすく」なるということです。例えば「混ぜる」という操作を考えると、大きな反応容器で混ぜるより、小さい反応容器で混ぜる方が速く混ざるのは当然ですよね。熱をかけるにしても、小さければ光を当てる程度のエネルギーでも一瞬で温度が上がる。

 「扱いやすさ」に関しては、温度の上がり方も、大きな反応器だと上下で温度が違うから対流が起きてしまいますが、小さいと反応器全体に一様に伝熱するので対流も起きません。また、流路の幅が狭く、容量が小さいと、どんなに速く流しても流れが乱れないという特徴があります。混合の仕方が自然の法則だけで決まり、操作者のスキルの影響を受けないので、誰がやっても同じ結果になります。小さいと信頼性が低いのでは、とよく聞かれるのですが、逆なんですね。

 このように、小さい世界だからこそ出てくるメリットがあります。

Q.どのようにマイクロ化学チップを着想したのですか?

 私が日立で働いていたころ、レーザーを使い少量の試薬で分析をしたいということで、工学部5号館のレーザーを借りて研究していました。顕微鏡の中にレーザーを入れて分析するのですが、顕微鏡の対物レンズの下が狭くて溶液を入れる器が入らない。仕方がないから、プレパラートに傷を付けて液体を流し込み、カバーガラスでふたをして分析していました。それがうまくいったんですよね。
 何かに使えないかな、と思った時に、傷をY の字にしたら2 方向から溶液を流したら化学反応に使えるかもしれないと思いついたわけです。Y の字でうまくいったので、もっと複雑な流路もできるのでは、という具合にどんどん発展していきました。100、10、1ミクロンスケールはできるようになったので、今はナノスケールの流路系での研究に取り組んでいます。

Q.現在はどのように研究を進めていますか。

 私たちの研究は、ガラスを削って貼り合わせるところから、溶液の流れのコントロール、測定など、すべてにわたってお手本のないもの。しかも化学だけではなくて生物、機械工学などいろいろな分野の人が集まって研究を進めているので、そういった人たちを統括する意味でのマネジメントが極めて重要な研究だと思います。

Q.研究者としての立場から、読者に向けてメッセージをお願いします。

 流行に惑わされず、一つのことを極めてほしい。かつ、自分で創造する喜びを味わってほしいですね。深く極めることによって技術が身に付き、創造する喜びを経験すれば自分の個性を仕事に反映できる。
 私は音楽が好きなのですが、音楽の世界では、歌や演奏がうまい人はいくらでもいます。でも、自分の演奏で人を感動させられる人はほんの一握り。研究の世界でも同じです。自分の創造性を表に出せて、人に「これはいい」と思わせられるような研究者を目指してほしいですね。

(インタビュアー 本田 信吾)

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