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 Vol.39 2010年 10月号 計数工学科特集
Vol.39 10月号
さわれるバーチャルリアリティ

 科学技術は視覚、聴覚の出力を可能にしました。そして今、触覚という新たな感覚の出力装置が開発されつつあります。
 今回お話を伺った篠田裕之准教授は、ご自身の研究のことだけでなく、今後の科学技術の展望などを熱く語って下さいました。


Q.研究内容について教えてください。

 私は人間の「触覚」に注目して います。そしてそこから得た知見をどう工学に活かしていけるかと考え、研究開発をしています。触 覚というのは人間が一番良く使っている感覚の一つで、ドアを開ける時など、何か自分の願望を外に出すときに必ず用いる感覚です。 このような意味で触覚というの は潜在的に大いに可能性をもった研究対象だと言えるのです。



Q.具体的にはどのようなものを つくったのでしょうか?

情報理工学系研究科
システム情報学専攻
篠田裕之准教授

 空中超音波触覚ディスプレイと いう装置を開発しました。この装 置では平面上に敷き詰められたた くさんの超音波振動子アレイから の超音波を空中で収束させて、空 中の直径約1 cm のスポットに圧 力を発生させることが可能です。
 それぞれのアレイからの超音波 の位相や強度を制御することによって、さまざまな圧力のパターンを作り出すことが可能です。このディスプレイとホログラムの 3 D 映像技術とを組み合わせれば、空間に浮く、触感のあるバーチャル物体をつくり出すことができます。このことを応用して、私たち の研究室では手をかざしておくと、 上から触感を持ったバーチャルのボールや雨粒が落ちてくるような ディスプレイを開発しました。

  ただ現状では約1.6 g 重の強さま でです。また圧力のスポット径が 約1 cmでこれより細かい圧力パターンをつくり出すこともできません。スポット径を小さくするにはより高い周波数の超音波にすれば良いわけですが、そうすると超 音波が遠くまで届かなくなってしまうのです。
 そのような制約もあって、触感に関してもさまざまなものを作り出すまでには至っていません。人間の皮膚の圧力を感知する神経には、鋭い形の物の刺激に強く反応するもの と、鈍い形の物の刺激に強く反応す るものなどがあり、それらを選択

空間上の任意の場所に圧力を発生
させる空中超音波触覚ディスプレイ
に刺激するような圧力をつくり出せたら、つるつるしたものや、ざらざらしたものなど、さまざまな触感をつくり出せるのではと考えています。それを実証していくことがこれからの課題です。

Q.人工的に触感をつくり出す技 術は将来どのようなものに応用が 期待できますか?

 まずは身近にあるものに応用さ れると思います。例えばバーチャ ルな入力装置などです。普段みな さんスイッチというと物理的実体 をイメージするでしょうけれど、 視覚に対する情報と触覚のフィー ドバックがありさえすればいいの です。だから空間に人工的に触感 を提示する技術を用いればバー チャルのスイッチが作れます。
 例えば病院にあるスイッチをバー チャルのものに置き換えれば衛生 的ですね。他には座った時にその 人の届きやすい所にスイッチが現 れるといったことも考えられます。 テレビを見ているときにその辺に スイッチが浮いていて、チャンネ ルを変えられたらすごく便利です よね。
 でも私が本当に期待しているのは、この触感を人工的につくり出す技術が、これからの時代の人間 をサポートしていくということな のです。

Q.「これから時代の人間をサポートする」とはどういうことですか。

 人の体験を作りだすということ です。人間の体験には触覚が必要 不可欠ですから。かつての科学技術というのは主に人間の衣食住にかかわる事柄に 向けられてきました。それは当時の人間が衣食住の欲求を満たされ るか満たされないかギリギリの状態で生活していて、それがちゃんと満たされることが幸せであったからです。
 でも今や人間は、衣食住など当たり前になり、それが満たされることにそれほど幸せを感じなくなりました。今人間が求めているのは、人とのつながりだとか、自己実現だとかもっと高次な欲求なのです。
 私はそのような欲求を満たすためには体験というものが必要不可欠だと思うのです。そしてそのためにはこの触覚に対 する出力をつくり出す技術が、今 後役に立つのではないかと考えています。

Q.他にはどういったものの研究 をなさっているのですか。

 二次元通信技術の研究をしています。パソコンとその周辺機器を考えてみてください。一次元通信 とはケーブルを用いて機器同士を 接続することです。三次元通信とは無線LAN など、電波で接続することを意味します。
 私たちが研究している二次元通信技術は、接続したい素子を、シートという二次元のものを用いて接続するというものです。そのシート上に置かれたものは、シート内を伝播する電磁波によって接続され、通信、受電することができます。
 また、導電性の布で出来たものもあります。 その柔軟性とワイヤレスで通信できる点でさまざまなものへの応用が期待されています。
 

二次元通信技術
  下に敷かれた黒いシートを通して、
  さまざまな素子が通信している。
  素子は単にシート上に置かれている
  だけである。ダイオードはシート
  から受電しており、2 つの
  パソコンはそれら同士で通信している。
 しかし、シートから漏れ出る電磁波の影響を無視できません。発 生する電磁波は電子レンジから周 囲に漏れ出る程度なのですが、机 に敷かれるなど、人間のそばにずっと置かれて使用されるものなので、より厳しい基準をクリアす る必要があります。これが実用化に向けての今後の課題です。

Q.学生に向けてメッセージをお 願いします。

 今すべき基本的なことをきちんと勉強してください。現代は若い時から個性的であれとか独創的であれとか、難しいことを求められすぎていると感じます。
 しかし私 はもっと当たり前のことを大切にすべきだ思うのです。イチローの ように夢を追えと言ったって、全員がイチローのようになれるわけ ないのですから。
 私は独創性というのは、研究室に入ってから訓練して身につけるものだと思います。 私自身そうでした。だからあまり 難しいことを考えずに、学生時代にはその時すべき勉強をきちんと することが大切だと思います。

(インタビュアー 長谷川 拓人)

安藤・篠田研究室HPへ


 
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