コンセプト

拠点の全体構想と具体的な目標

Ⅰ.現状

日本では、少子高齢化が世界に先駆けて進行し、現時点で高齢者の割合が2割を超え、2050年には3分の1以上となる超超高齢社会が到来すると予測されている。 これは労働力や経済力の両面での、近い将来の若者への過度の依存と負担を意味する。この状態の根本的・持続的解決のためには、高齢者の健康長寿を実現する未来型医療システムの構築と、その国際的でコスト競争力のある産業化が必要であるが、医療ニーズと科学技術シーズのミスマッチ、認可までの規制の壁、新たな医療機器・医薬品の高い開発リスク、自ら健康を積極的に維持・増進するという国民意識の低さ、国際的な規格化・標準化や高効率化のための技術開発が不十分、などの克服すべき課題がある。

このような諸課題を乗り越えるには、東京大学が保有する『革新的科学技術シーズ、同一敷地内にある病院の持つ人的・物的資源(施設、臨床データ・サンプル、医療従事者など)、出資事業資金などによる企業リスクの低減、広い国際的連携網』を十分に生かし、これまでにない枠組みで、企業・アカデミアと病院などの全てのステークホルダーを自由度の高い形で結びつける産学連携オープンイノベーション拠点を構築し、科学技術イノベーションを創出することが必要である。

一方、大学における基礎研究から市場展開までを産学連携で進める場合、基礎研究の成果を基盤技術に、基盤技術をプロトタイプにする段階で、それぞれ「死の谷」が存在する。これらの、第一・第二の死の谷はこれまでの産学連携の経験で超えてきたところであるが、イノベーションの創出のためには製品化と市場創成・展開の間にある「第三の死の谷」を超える必要がある。そのためには、臨床医や規制当局との協業、市場開発のリスク低減、健康長寿ループ全体を支える科学技術基盤を充実させ、企業が健康・医療サービスイノベーションを起こしやすい環境作りが必要である。

オープンイノベーションプラットフォーム

Ⅱ.社会的なインパクト

少子高齢化の課題先進国から少子高齢化の先進国への脱皮

4千数百万人規模の高齢者が40年間以上にわたり存在する少子高齢化社会では、高齢者の健康長寿を実現する基盤の形成に資する新産業を創出することが持続性確保に重要である。我が国の医療や介護などの社会保障サービスは少子高齢化によるコスト増大が予想されるが、健康長寿に寄与する製品や「入院を外来に、外来を家庭に、家庭で健康に」のコンセプトを実現する新産業の創出により、社会保障費の削減や、高齢者自らの健康で快適な生活への投資が見込める。これらによって、高齢者の人的・経済的自立を促し、「若者への依存から、若者との共存へ」と転換する「自分で守る健康社会」のイノベーションの流れをつくるインパクトは大きい。

バックキャスト

少子高齢化が世界に先駆けて急速に進む日本では、「自分の健康は自分で守る、高齢者も社会を支える、新健康医療産業創出により国民総所得を増大する」という「自分で守る健康社会」への構造転換が急務である。「自分で守る健康社会」の実現には、入・通院を劇的に削減する革新的予防・診断・治療システムの開発や、「家庭で健康に」過ごすための、科学的エビデンスに基づいた健康・医療指導サービス等を提供する新たなビジネスモデルの創出が必須である。本COI拠点では、医療情報の利活用を基盤として健康情報と連結させて健康医療IoTの社会を目指す。本COI拠点の特長は、1)最先端科学技術シーズを保有する医工薬理の各研究科と臨床ニーズを提供する附属病院を同じキャンパス内に持つ、2)規制・規格機関との密接なネットワークが確立されている、3)企業の開発リスクを低減できる出資資金を豊富に保有している、等である。これらの特長を活かし、アンダーワンルーフで産官学民の全てのステークホルダーが研究開発初期から対等に参加するオープンイノベーションプラットフォームの形成を促進することで、研究開発から社会実装までの時間・コストの大幅な削減を目指す。専任の企業出身を機構長に配することで、社会実装の確度を上げていく。本COIでは、現有の参画企業に止まらない異業種間および他のCOI拠点との連携を活発化するための仕掛けとして「健康長寿ループの会」を立案し、本COI拠点にしか出来ない医療とケルスケアの溝を埋める「東大COIモデル」を全国に広げ、様々な規制改革への挑戦を行いながら、研究開発成果の社会実装(社会システム改革)を加速化する。  これらの目標に向けて次の四つの研究開発グループを推進させる。

<健康医療ICT標準化>

異なる電子カルテシステムをSS-MIX2標準ストレージに格納することで、特定のデータベースシステムに依存しないプラットフォームを確立し、全国規模での標準化を推進して、様々な臨床研究やコホート研究に利活用できるようにする。本COI拠点で開発するデータ利用プラットフォームを、医療機関外での健診や人間ドックデータ、在宅での各種測定データ、調剤記録、個人の服薬情報や生活情報などへと拡張し、情報の流れを促しかつ円滑にして医療の質の向上を目指す。

パーソナルゲノムデータについては、ワンデイ全ゲノム解析を可能とし、別途データベースを設けて管理できるようにする。最終的にはこれら全てのデータを統合し、健康医療データから個人の健康・病状変化の予測とリアルタイム介入ができるシステムを構築する。整備された医療情報に健康情報を連結させ将来の健康医療情報ハイウェイ構築を目指す。

<健康リスクの見える化>と<疾患予防対策>

一方、「家庭で健康に」を実践していくためには、家庭で健康状態の計測・検査を行い、予防・未病を自ら実践していくシステムが必要で、国民一人ひとりが健康維持を「自分ごと化」していくことが重要である。今、欠けているのは技術的には、居ながらして分かる(自然に分かる)自分の健康状態の計測技術、そこから得られる個人の将来リスク、そのリスクに対する個人に寄り添うアドバイスのシステム化である。「健康の自分ごと化」は技術開発のみでは実現できず、社会システムの改革も含めた行動変容推進のシステム作りが必要である。この技術的・社会的な課題の解決なくして健康長寿社会の実現は困難である。この課題解決のために、音声感情認識による健康の「自分ごと化」を実現させる。まずは、ストレス対策として産業衛生分野で活用されるように課題を抽出して、拡大使用に繋がるようなシステム開発を推進させる。次に音声病態分析で各種疾患の予知を可能にし、診断から診断までの医師のサポートシステム構築も目指す。

<医療技術革新>

「入院を外来に」、「外来を家庭に」を実現するために、超高齢化社会に必要な医療技術開発を、新設した医療技術評価実験室を活用して推進させる。ここでは開発された技術の評価ガイドラインの作成も行い、社会実装の早期実現へのサポートを行う。フェーズ1で推進した在宅エコー診断を実施するための技術開発、スーパーコンピューターを用いた超音波シミュレーション技術開発も、この施設を活用して開発を加速させていく。また、内視鏡の最後のフロンティアである心臓血管内視鏡技術を革新することで、血管内治療を「見ながら治療」へと大転換し、さらには、画像誘導技術による手術精度向上により、「いつでも、どこでも、だれでも」専門病院レベルの診断・治療を受けることができる医療システムを構築する。                 一方、「入院を外来に」を実現するための0→1の医療技術として、生体材料と幹細胞を融合して、入院手術を必要としない再生治療法の開発を目指す。このテーマも医療技術評価実験室を活用する。これらの研究開発を通して、入院が必要であった骨格系疾患と血液疾患治療を外来治療に転換するのが目標であるが、将来的には、0→1の立ち上げが終わった後は、細胞源を自家から他家バンクへと移行させることが必要であり、臨床研究の部分は日本医療研究開発機構に移して社会実装を目指す。

【医療の知識・技術を健康長寿に活かし、健康医療分野の新産業の創出を図る】

健康長寿に関する研究開発を効果的に進めるためには、医療技術・知識を健康に活用する必要がある。医用工学・生体適合材料・医薬・診断薬等の技術力が高く医療知識にも精通する医療産業や、医療・介護サービスや快適生活関連の技術開発とサービスの提供などに強みを持つ企業を組合せた産学連携が効果的である。また、大学の注意深い指導の下でベンチャー企業や中小企業も医療技術や知識、臨床データ等にアクセスできる環境を構築し、これまで企業参入が難しかった個別化医療や予防医療などの分野への参画を進めることが新産業の創出には効果的である。新たにスタートさせた医療技術評価実験室を活用して産学連携、オープンイノベーションを効果的に進めることにより、社会実装を加速する。 画像処理、ロボット、シミュレーションなどの工学、ナノテク、分子技術、エネルギー、情報工学、医学・薬学等の異分野融合による学際連携、産学連携で技術的な突破口を見出し、健康と医療、社会経済性を結合させる技術や材料の開発、高効率な製造技術の開発、健康医療情報のシステム構築と標準化、デバイスのダウンサイジング、及び要素技術と情報の共通化を可能とする。  また、病院との連携により、開発初期段階からの臨床的フィードバックおよび臨床エビデンスの構築が可能となり、開発コストを大きく低減し、期間を短縮する。 一方、COIの成果について、社会インフラへの実装に欠かせない物流・流通・生命保険関係の企業等とも研究開発の段階から連携することにより、社会実装の可能性の拡大や実装期間の短縮を図る。 これらを大学の研究室と病院および企業群が、「アンダーワンルーフ」のもとで互いの強みを活かした活動として行うことにより、研究の推進および製品化プロセス全体の最適化、社会実装の推進が期待でき、健康医療分野の新産業の創出を図ることが期待できる。 なお、本拠点に博士学生、企業研究者・技術者が参加することにより、長期にわたり異分野融合の成果を身につけたイノベーションを推進する人材の実践的育成が可能となり、大学が不得手とする起業にも果敢に挑戦する。

Ⅲ.拠点が最終的に目指す「アプリケーション」と社会・経済的な波及効果

「自分で守る健康社会」における健康の「自分ごと化」は、平成26年7月22日に閣議決定された「健康・医療戦略」が目指す「活力ある高齢社会」における必須のマインドセットである。この達成には単に研究開発の成果だけでなくお互いが支えあう社会システムへの改革が必要である。具体的には、地域(コミュニティ)、職域を含む仲間つくりにより健康を維持することが社会に役に立つと言う共通認識に支えられた共生社会の創生である。技術革新、社会システテム革新の両輪により、初めて個人が行動変容を起こしやすい環境ができる。  本COI拠点では、健康・医療を社会システムの改革を念頭に研究開発・事業開発を科学的に正しく進めるために、基盤となる健康・医療情報インフラ整備を行い、その情報を活用した革新的で精緻な個人に寄り添う健康医療サービス・産業を興すこと目指す。これで初めて健康医療IoTが実現すると考えている。

関連する重要な政府の動向として、神奈川県と協働して、いち早く拠点の中心課題として取り上げた「未病」に関しては、平成29年2月17日の閣議で「健康・医療戦略」の中に書き込まれ、正式に国家戦略として位置づけられることとなった。以下に関連箇所の抜粋を示す。 「こうしたデータを元に保険医療の専門職が適切な段階で適切な予防策を講じることができるようになれば、健康寿命は更に延伸する。PHRの実現、すなわち健康・医療・介護に分散している情報を個人単位として統合する際には、健康か病気かという二分論ではなく健康と病気を連続的に捉える「未病」の考え方などが重要になると予想される。その際には、健康・医療関連の社会制度も変革が求められ、その流れの中で、新しいヘルスケア産業が創出されるなどの動きも期待される」

この整備された健康医療情報インフラを活用して、無駄なくカスタマイズされた、個人に寄り添う予防医療が促進される。まずは健康診断データを用いて個人の将来の発症リスク予測を行い、リスクの見える化により自分の健康への気付きを引き出し、行動変容を起こしやすい個人に寄り添う健康アドバイスを提供する。更には、ゲノム解析の進展で「人そのものを知る」ことによる精緻な予防医療を実現させる。この予防医療システムの開発を、超高齢化社会をいち早く迎えた日本が先導して行い、革新的健康医療システムとして海外輸出に繫げ、世界的インパクトを与える。

これらの社会システム改革に加えて、新設した医療評価技術実験室からは、病気や怪我をしても良質な医療(日帰り治療)・介護技術へのアクセスが可能となるような革新的医療技術を生み出し、「入院を外来に、外来を家庭に、家庭で健康に」という社会システムが構築され、医療費増大に歯止めをかけ、生き生きとした健康長寿社会を実現する。

健康医療ICTで繋ぐ自分で守る健康社会

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