2) 実空間におけるトポロジー粒子-スキルミオン
1)で述べたように運動量空間におけるトポロジカル現象は近年急激な進歩を遂げている。一方で、実空間のトポロジカル構造は、秩序パラメーターの欠陥として古くから研究されてきた。特に、磁性体においては古くから磁壁、ブロッホライン、等の種々のスピン構造が見出され、近年ではスピントロニクスの主役として再注目されている。特に最近急速に研究が進んでいるのはスキルミオン(Sk)である[57]。このスキルミオンは、2次元平面からスピンの向きを表す単位ベクトルの空間である球面上への写像と考えたときに、この写像が何回球面を覆うかを数える積分
によって特徴付けられる。これをスキルミオン数と呼ぶが、連続変形によってこの整数は変化しないために、有限のスキルイオン数を持つスキルミオンはエネルギーの高い不連続スピン構造を経ないと生成、消滅しない。
さらに3次元ではスキルミオンの紐構造の端点として磁気モノポール(Mp)が発現する(図9(c))。多数のスピンが作るこれらの実空間トポロジカルスピン粒子は、電子系まで含めて考えた時に“創発物性”(多数の自由度が相互作用することではじめて発現する、個別の要素からは想像もできないような物性)を示す。3nm-100nmという小さいサイズ、トポロジカルな安定性に加え、磁壁にくらべて5-6桁も低い電流密度によってその運動が駆動されることから基礎物理学のみならずスピントロニクスをはじめとする応用からの関心が一気に高まり、世界中で激しい研究競争が行われる状況となっている。この分野で我々が行った研究についてテーマごとにいかに述べる。
[57] Naoto Nagaosa, Yoshinori Tokura, Nature Nanotechnology 8, 899–911 (2013)
2-1.2次元スキルミオン結晶の予言と実空間観測(永長 直人、小椎八重 航)
反転対称性がない磁性体ではDzyaloshinskii-Moriya(DM)相互作用が存在し、スピンが互いに傾く傾向が生じる。この相互作用は自然にスピンが回転してゆくヘリカル構造を好む。3次元のB20構造を持つMnSiはこのようなカイラル磁性体の代表例であり、その温度―磁場平面における磁気相図は古くから調べられてきた。その中で磁気転移温度付近の狭い領域で未知のA相と呼ばれる状態が知られていた。このA相において小角中性子散乱の実験がドイツのグループによってなされ、磁場に垂直な3つの波数のブラッグ散乱を見出した。彼らは、この磁気構造がスキルミオンの3角格子結晶であると主張した。この仕事とほぼ同時期に、我々は2次元のDM相互作用を含む強磁性体の模型をモンテカルロ法で調べて、基底状態においてもスキルミオン結晶状態が出現することを見出していた[58]。つまり、3次元系よりも2次元のカイラル磁性体においてスキルミオン結晶状態は広い相図の範囲で安定化することを示したのである。この結果は、カイラル磁性体を薄膜化することでローレンツ顕微鏡によって実空間観測が可能になることを示唆している。このアイデアに従って、実験グループとの共同研究で、(Fe,Co)Siの薄膜で図に示すように実空間観測に成功した[59]。我々の寄与は、有限温度のモンテカルロシミュレーションを行い、実験と対応する相図とスナップショットを求め、実験との良い一致を得たことである。(図10の右図)この仕事で重要な点の一つは、実空間の粒子としてのスキルミオンが単独でも存在しえることを示したことである。つまり、周期構造を持たなくともスキルミオンはトポロジカルに保護された粒子として安定に存在できるのである。
[58] J. H. Han, J. Zang, Z. Yang, J.-H. Park, and N. Nagaosa, Phys. Rev. B 82, 094429 (2010).
[59] X.Z. Yu, Y.Onose, N.Kanazawa, J.H.Park, J.H.Han, Y.Matsui, N.Nagaosa, and Y.Tokura, Nature 465(7300), 901 (2010).
2-2.2次元スキルミオン結晶の創発電磁気学(永長 直人)
スキルミオン構造ではスピンが立体角(スピンカイラリティ)を持つことが伝導電子の感じる実空間のベリー位相及び創発磁場をもたらす。一方で、伝導電子の電流はスピンのBerry接続との結合を通じてスピントランスファートルク効果をスピン構造に及ぼす。図11に、このスキルミオンと伝導電子の結合系における創発電磁気現象を示した。我々は、これらの物理現象を理論的に定式化した[60]。特に、スキルミオン結晶の格子振動の有効ラグランジアンを導出し、x方向とy方向の変位が互いにカノニカル共役関係にあることから、その分散が波数の2乗に比例しることを見出した。また、創発磁場によるトポロジカルホール効果、およびスキルミオン結晶の運動に伴う創発電磁誘導の作る創発電場によるトポロジカルホールシグナルの変化、などの予言を行った。これらの現象はすでに実験的にも検証されている。
[60] J. Zang, M. Mostovoy, J. H. Han, and N. Nagaosa, Phys. Rev. Lett. 107,
136804 (2011).
2-3.2次元スキルミオン系ダイナミクスの数値シミュレーション
(永長 直人、小椎八重 航、Aron Beekman)
磁壁にくらべて5-6桁も低い電流密度でスピントランスファートルクによる電流駆動運動スキルミオン結晶で起きることが実験的には観測されていたが、その微視的機構は理論的には理解されていなかった。 我々は、Landau-Lifshitz-Gilbert(LLG)方程式を数値的に解くことでこの問題にアプローチした[61]。 具体的には、磁気異方性をランダムに入れてピン止め中心とし、電流密度を変えながらスキルミオン結晶の併進運動の速度を測定した。その結果を右図に示す。ピンクのデータはピン止めがないときのヘリカル構造(プロッホ磁壁の周期的配列と見なされる)の場合の電流密度・速度特性である。Gilbert damping係数$\alpha$と非断熱係数$\beta$の比によって傾きが変化している様子がわかる。赤は、これにピン止めを入れた場合で、大きな閾値電流密度が得られている。これに対して、青い点はスキルミオン結晶の電流密度・速度特性を示している。$\alpha$や$\beta$によらず、またピン止めの影響もほとんど受けない普遍的な関係であることが見える。この大きな違いは、シミュレーション結果の詳細な検討とThiele方程式を用いた解析によって理解された。図11下図に示すように、スキルミオンのx座標とy座標がカノニカル共役であることから、力の垂直方向に速度が駆動される。(ちょうど磁場中の荷電粒子とのアナロジーが成立する。)このことから、不純物ポテンシャルを避けるようにスキルミオン結晶がひずんでピン止めを効かなくするのである。
一方で、スキルミオンのダイナミクスは試料の端から来るポテンシャルの影響を受ける。ちょうど量子ホール系がエッジチャンネルを持つように、スキルミオンはエッジに沿って特別な運動形態を持つ。我々は、この問題もLLG方程式を数値的に解くことで調べた[62]。図13はその結果を示しているが、先に述べたバルクでの普遍的な電流密度・速度特性(図中$\eta$=1と示した直線)に比べて非常に大きな傾きを持った直線が得られている。つまり、エッジでは速度が$\beta$によらずに1/$\alpha$だけ増大すること、その上限値は$\alpha$にも$\beta$にも依らないこと、などの結果を得た。このことはやはりThiele方程式用いた解析により理解することができた。また、図14に示すようにエッジにノッチ構造を導入し、そこに電流を流すとスキルミオンが生成される過程を見出した。
上述のようにスキルミオンは粒子として振る舞うが、一方で磁性体における波動の代表例はスピン波(マグノン)である。そこでスキルミオンとマグノンの相互作用を調べる目的で、次のようなシミュレーションを行った[64]。図15に示すように、t=0で中央にスキルミオンを配置して試料の下端のスピンを振動させてマグノンを上方へと送り出す。その結果、スキルミオンとマグノンの散乱過程が起こり、マグノンはホール角$\phi$でスキュー散乱されるのに対して、スキルミオンは角度$\Phi$だけずれて、下方に運動することがわかった。これらの結果は、スキルミオンとマグノンとの全系における運動量保存則から理解することができ、シミュレーションで観測されている$\phi=2\Phi$の関係式も導き出せることがわかった。
このマグノンとスキルミオンの結合に関連して、スキルミオンのミクロ結晶の回転運動に関する研究をも行った[65]。これは、図16左図に示すようにローレンツ電子顕微鏡の実空間像が一定方向に回転する実験的観測に端を発する問題である。顕微鏡による観測の際には電子ビームが試料を透過するために中心の方が温度高いことが予想される。これをモデル化して、中央の図のように円形のサンプルを考え、中心から周辺へと下がる温度勾配を確率的なLLG方程式に導入してシミュレーションを行った。その結果、温度勾配によるマグノン流がスキルミオンに当たってスキュー散乱され、その反作用としてスキルミオン結晶がラチェット運動として回転することが明らかとなった。
[61] J. Iwasaki, M. Mochizuki, and N. Nagaosa, Nature Communications 4, 1463 (2013).
[62] J. Iwasaki, W. Koshibae‡, and N. Nagaosa, Nano Lett.,14 (8), 4432–4437 (2014).
[63] J. Iwasaki, M. Mochizuki, and N. Nagaosa, Nature Nanotech. 8,742-747 (2013).
[64] J. Iwasaki, A. J. Beekman, and N. Nagaosa, Phys. Rev. B89, 064412 (2014).
[65] M. Mochizuki, X. Z. Yu, S. Seki, N. Kanazawa, W. Koshibae, J. Zang, M. Mostovoy, Y. Tokura, and N. Nagaosa, Nature Materials 13, 241-246 (2014).
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