昆虫は、ステロイド骨格を形成する生合成経路を持たないため、食餌から取り込んだコレステロールや植物ステロール類を利用して前胸腺でステロイドホルモン(エクジソン)を生合成しています。そこで、生合成経路全貌解明に向けて、原料となるステロール類や生合成中間体エクジステロイド類を一斉に微量定量できる手法を開発しました。
液体クロマトグラフィーで分離した化合物をタンデム型質量分析計で検出する、いわゆるLC-MS/MSと呼ばれる分析システムを導入し、MS/MS検出にはMultiple Reaction Monitoring(MRM)という方法を採用しました。MRMでは、親イオンの質量数に加えてフラグメントイオンの質量数でも検出フィルターをかけるため、化合物検出の選択性や感度が向上します。例えば、右の図は、上述のエクジソン生合成経路に現れる7つのステロイドをそれぞれ1.0 ng含む混合溶液を分析したときの各MRMチャンネルのクロマトグラムを示しています。1回の試料注入で7つのステロイドすべてを分離して検出できています。また、この分析法の特長として広い測定レンジを持っていることがあげられ、ステロイドの種類にも依りますが、おおよそngレベルからμgレベルまでのステロイド類を同時に定量することができます。
まず、私たちは、この手法をカイコ幼虫における食餌由来のステロール類の体内分布の解析に応用しました[1]。カイコの体内には様々なステロール類が検出されますが、器官によってその分布は異なり、例えば、コレステロールは脳で比較的含量が高いのに対して、エクジソン生合成中間体である7-デヒドロコレステロールは前胸腺にしか検出されません。
また、私たちは、この手法を用いてカイコ幼虫の前胸腺および体液中のエクジソン生合成中間体の分析を行いました[2]。体液中にエクジソンが放出されるエクジソン生合成が盛んな時期であっても、前胸腺内には5β-ケトジオールや5β-ケトトリオールは検出されず、生合成経路の中でもそれらのステロイドの変換反応は速い反応であると考えられます。
現在、この手法は、生合成経路全貌解明に向けて、前胸腺へのステロール類の取り込みの解析、前胸腺における未知の生合成中間体ステロイドの探索、生合成酵素のステロイド変換活性の測定など、幅広い実験に活用されています。
[1] Igarashi et al.: Anal. Biochem., 419, 123–132 (2011).
[2] Hikiba et al.: J. Chromatogr. B, 915–916, 52–56 (2013).
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