出芽酵母を用いた細胞内小胞輸送のメカニズムの研究
ゴルジ体は，膜蛋白質や分泌蛋白質の糖鎖修飾や，最終的な目的地へ向けての仕分けを行う真核生物の細胞内小胞輸送経路において非常に重要なオルガネラである．小胞輸送においては，カーゴ蛋白質の選択な積み込み・濃縮とカップルした，ドナー膜からの輸送小胞の「出芽」と，決められたターゲット膜への選択的な「融合」が基本的な過程となる．ゴルジ体を通過する輸送経路において，これらの過程が正しく行われることにより，蛋白質の細胞外への効率的な分泌や，膜蛋白質の適切なオルガネラへの局在が成し遂げられている．我々は，非常に優れたモデル生物である出芽酵母を用いて，以下のような研究を進めることにより，細胞内小胞輸送のメカニズムの一端を明らかにすることを目指している．
１）マンノース転移酵素をゴルジ体に局在させる機構の解析
early,
late Golgiといったゴルジ体サブコンパートメント構築のメカニズムをより良く理解するために，哺乳動物細胞のゴルジ体と異なり，出芽酵母のゴルジ体のサブコンパートメントが細胞質中に分散して存在していることを利用して，以前に我々はゴルジ体のサブコンパートメントを別々に単離する方法を構築し，さらにプロテオミクス解析によりその中に存在する膜貫通型蛋白質を網羅的に同定した．その過程において見いだしたSvp26蛋白質をコードする遺伝子を欠損するとN糖鎖とO糖鎖付加を行う一群のマンノース転移酵素の局在が，ゴルジ体からERに移行することを見いだした．このSvp26がどのようにマンノース転移酵素のゴルジ局在を制御しているかを解析すると共に，マンノース転移酵素の選別輸送に関わる新たな蛋白質の探索を行っている．
２）機能未知必須膜蛋白質の機能解析
出芽酵母のゲノムデータベースから選択した機能が未知で生育に必須（遺伝子の欠損が致死）な膜貫通型の蛋白について，温度感受性株の作製，制限温度での増殖不全をレスキューする多コピーサプレッサーの探索を出発点として，小胞輸送経路で機能する新たな蛋白質の同定・機能解析を行っている．
３）インビトロCOPI小胞出芽系による選別輸送機構の解析
ERから運ばれてきた分泌蛋白質あるいは膜蛋白質がゴルジ体のサブコンパートメント間を細胞質膜へ向かって移動していくのは槽成熟（cisternal
maturation）によることが最近の研究により明らかとなった．槽成熟は，あるゴルジ槽（cisterna）がCOPI小胞による逆行輸送系により特定の膜蛋白質を失いつつそれと同時に別の一群の膜蛋白質をやはりまた逆行輸送系により，より後のcisternaから得ていくことにより成熟していく過程である．可溶性の分泌蛋白質や他のオルガネラに向かう蛋白質は逆行輸送されることなく槽に留まり，周囲の構成膜蛋白質がearlyのものからlateのものへ変化していくことにより，見かけ上ゴルジ体の「槽」の間を細胞膜に向かって移動していくことになる．すなわちゴルジ体のサブコンパートメント間で起きているイベントはCOPI小胞による逆行輸送のみであり，その逆行輸送における膜蛋白質・脂質の選別輸送の機構を知ることが，ゴルジ体への膜蛋白質の局在化機構を知る上で非常に重要であるといえる．そのため新たなインビトロCOPI小胞出芽系を構築して，earlyとlate
Golgiにおける選別輸送機構の違い，また新たな選別輸送装置の同定を試みている．
４）ゴルジ体ペリフェラル（表在性）膜蛋白質の局在化機構と機能解析
オルガネラのアイデンティティーの維持や輸送の制御には，上記１で解析の対象とした膜貫通型蛋白質に加えて，ペリフェラル（表在性）膜蛋白質が，細胞質から特定のオルガネラあるいはゴルジ体サブコンパートメントにリクルートされオルガネラに固有の機能を付与するが，異なったオルガネラ膜にリクルートされる機構は不明である．１の系を用いて，ゴルジ体のサブコンパートメントを特徴づける重要な因子であるペリフェラル膜蛋白質がゴルジ体サブコンパートメントに特異的にターゲットされる機構を明らかにする，ゴルジ体のサブコンパートメント特異的に存在，機能する新たな蛋白質を見いだす，ことを目的とした実験を行っている．
５）細胞壁β-1,6-グルカンの生合成機構
β-1,6-グルカンは，β-1,3-グルカンやキチンといった細胞壁を構成する分子種をお互いにつなぎ合わせる機能を担っており，真菌の強固な細胞壁の構築に必須な構成成分である．しかしながら，その生合成機構に関しては多くが不明のまま残されている．我々が見いだしたKeg1蛋白質は，β-1,6-グルカンの合成に関わる必須蛋白質であり，その解析を中心に細胞壁β-1,6-グルカンの生合成機構の解明を目指している．本研究で得られた知見は，b-1,6-グルカン合成を標的とした抗真菌剤の新たな標的分子の作出と新規抗真菌剤創薬に大きく貢献することが期待される．