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東京大学牧原ゼミ「読み破る政治学ハイスクール編」2022年春期ゼミナールで行われたこと

(1)はじめに


 これは表記の高校生向けゼミナールで何が行われたかを記録したものです。大学が各分野に関心の強い高校生にエクステンション教育を行うことは、年々進みつつあります。そこで、このプロジェクトでは、2018年3月~2021年3月と同様、教養学部1・2年生を対象にしたゼミでのメソッドを高校生向けに行うというエクステンション教育を繰り返し、そのヴァージョンアップを目指しています。

 ただし、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、自己紹介を兼ねて説明用の動画をHPに掲載し、説明会は希望者とのみオンラインで行いました。ゼミそのものは対面とオンラインとの同時開催という「ハイブリッド」で行い、学生は対面にするかオンラインで視聴するか、またペーパーを出すか出さないかも毎回任意で選択できるようにしました。





(2)内容


 2022年3月の東京大学牧原ゼミ「読み破る政治学ハイスクール編」春期ゼミナールは下記の日程で開催されました。

①説明会:希望者には、随時メールで打ちあわせた上でZoomで行う形をとりました

②3/17(木)17:30~19:30
 イントロダクションとディスカッション
 課題文献:セルジョ・べンヴェヌート「隔離へようこそ」『現代思想』2020年5月号

③3/25 (金)17:30~19:30 
 課題文献:丸山真男「思想のあり方について」(丸山真男『日本の思想』岩波新書、1961年)

④3/31(木)17:30~19:30
 課題文献:アーネスト・メイ『歴史の教訓』岩波現代文庫、2004年

⑤4/9(木)17:30~19:30
 課題文献:ハンス・ケルゼン『民主主義の本質と価値』岩波文庫、20152年

 今回は、新型コロナウイルス感染症の状況が見通しにくいこともあり、対面とオンラインを併用するゼミの形をとりました。そのため、申し込みについて、これまでのように、志望理由書などの提出を求めたりせず、登録シートに登録することで、気軽に参加できる形をとりました。また、YouTubeにゼミの方法について、動画で説明する形をとりました。結果として44名が登録してゼミはスタートしました。東京圏の学生が多かったのですが、関西、四国などからオンラインで参加してくれた学生もいました。
 
 学生への案内はHPへの掲載によりました。特に今回は、登録シートへのアクセスが簡単であることが望ましいと考え、大学のゼミ生がボランティアで、登録シートの情報を掲載したデザイン性の高いポスターを作ってくれました。また、大学での牧原ゼミの参加学生のうち何人かは出身高校に案内を送ってくれました。後に参加者にアンケートを取ったところ、高校で掲示されていた案内を見たり、先生から紹介されたりしたと聞きました。感染状況のため海外での研修などが難しいという事情もあり、このゼミのような機会を利用してくれた学生も多かったように思いました。ご尽力された高校の先生方には、心より御礼申し上げます。

 ハイブリッドのゼミについて、ここでは、学生たちには次のように説明しました。

「今回のゼミでは、皆さんをアリーナとギャラリーとに分けます(オンライン形式のこうしたディスカッションの形はこういうものではないかなと考え始めています)。

 大まかな区分は
  アリーナ:ペーパーを提出する人
  ギャラリー:視聴する人

というものです。

 質疑に参加する人でペーパーを提出しない人は、アリーナとギャラリーとを行ったり来たりするということになります。まあスケートリンクで滑る人、観客席で見ている人、スケート靴着用で滑ったり見たりしている人というイメージですね。
 ペーパーを提出する人=アリーナの人は、原則として教室に来ていただいて構いませんが、遠方の方は帰宅が遅くなるなどありますので、無理をされないで自宅からでかまいません
 またゼミの前に別のオンラインの打ち合わせなどがあるという人は、パソコン等持参の上、早めに牧原研に来ていただいてかまいません。数名が個別に視聴できるスペースがかなりあります。」

 つまり、学生には、
①ペーパーを書いて参加してもよいし
②どんなゼミなのか視聴するだけでもよいという参加の形にしました。

 なかなか対面でのゼミについて迷うことも多いかと思いましたので、様子をオンラインで見てみて、「次は発言してみよう」であるとか、「次は対面で出席してみよう」と思い立っていただくことがよいのではないかと考えてみました。

 ゼミの開催に先立って、学生たちには志望した経緯や講読したい本などについてアンケートを送りましたが、提出は任意としました。おおむね、アリーナで積極的に議論をしようとする学生が送ってくれました。人数が多いこともあり、ペーパーのやりとりをするためには、Slackを使うことにしました。メーリングリストに比べて、はるかにスムーズに連絡を取ることができましたし、学生たちもかなり手慣れて使ってくれたように思います。
 
 各回では、ペーパーは概ね5~6本提出されました。参加してくれた学生は20名程度でした。対面で参加した学生は、初回は4~8名ほどとなりました。ハイブリッドの形式なので、大学のゼミ生達4~5名に応援に来てもらいました。初回はこの大学のゼミ生達の「模範演技」として、一人が作成したペーパーに他の学生達が質問をするという形としましたが、アリーナの学生たちは、対面で参加することで、最初から議論に参加する用意が充分あり、すぐに高校生同士の議論になりました。

 オンラインならではと思ったのは、オンライン参加の学生や、ペーパーを提出していなくても、質問するなど議論に参加する学生がかなりいたことです。

 課題図書は次第に難易度が上がっていく内容としていましたが、学生たちの中には複数の専門書を読みこなしつつペーパーを作成する者もいれば、普段の学生生活の中で発見できる「政治」と重ねたペーパーを作成する者もいたり、とバラエティに富んでいました。また、2020・2021年3月に出席してくれた学生数名が、二年目の今回、対面のゼミに参加してくれました。やはり経験がある分、昨年と比べて成長の跡もたくさんあるペーパーを作成してくれました。

 例年のことですが、ゼミの教員として本当に教えられるところが多かったというのが率直な感想です。学生同士は、学年も出身高校も出身地も違うのですが、すぐにうち解けたようで、ゼミの終了後いろいろしゃべりながら帰路についたようでした。また大学生との会話を楽しみにしていた学生もいたようで、普段の高校とは違う知的雰囲気の中でゼミに出席しているという感じもありました。

 こうした雰囲気があったことを勘案して、最終回の終了時には、社会的距離をとった上で、一時間ほど自由懇談の会を開催しました。予想以上に、現役の大学生と話したい高校生が多かったように思います。そうした機会も大事なのかもしれないと改めて感じました。

 全体として言えることは、4回という短い時間でしたが、コロナ禍ではありましたが、学部のゼミで通常行っているハイブリッド型の授業を一通り高校生に体験してもらえたのではないかと考えています。どの程度の成果があったかは、学生たちの思考の時熟にかかっているのですが、当面の成果としては、以下に掲載した参加学生の感想にゆだねたいと思います。

 教員としては、ハイブリッドのゼミにも慣れてきた面がありました。特にオンライン参加で発言に積極的な学生たちは、Slackなどでゼミの時間以外にも意見を出してくれたりしたため、比較的実のある議論ができたようにも思います。地方に在住する高校生たちにとって、こうしたオンラインでのゼミは意義深いように改めて感じました。またコロナ禍の中でしたが、機会を捉えて東京にやってきて対面のゼミに参加してくれた学生もいました。コロナ前にもそうした学生たちが一定数いましたので、少しずつそうした時代に戻ってきたのかもしれないと感じました。

 今回のゼミの試みで、例年とは別の形で教育面での手応えを感じています。この経験を生かして、2023年3月に同様のゼミを開催する予定でいます。予定などは後日HPに掲載します。






(3)学生たちの感想


(1)学生の感想①

  
  私は元々倫理の授業が好きで担任の先生にこのゼミを紹介してもらい、参加させて頂いたのですが、他の参加者の皆さんの熱量や知識の豊富さに毎回驚かされていました。また、自分では気付く事がないような部分を疑問に思ったり、意見を述べていらっしゃって、自分が知っていた世界の狭さを実感すると共に、新しい観点を学ぶことができたなと思います。
 ペーパーを出したり、議論に参加することはできませんでしたが、自分の知識や視野を少しでも広げる事ができたと思います。




(2)学生の感想②

 
  2回目、3回目予定が合わず、参加できた1回目4回目でもあまり発言はしなかったのですが、参加した他の方々にたくさん刺激を受けさせていただきました。
  特に感銘を受けたのは、
・テーマとなっているトピックについての基礎知識が膨大に頭に入っていること
・自分の考えていることを、適切な言葉で表現して他の人に伝えることができること
の2つです。
  私は英語でフィクションを読むのが好きで、いつもそればかり読んでいるのですが、たまには新聞を読み込んでみたり、ゼミで取り上げられたようなジャンルの本を読んでみたりして、基礎知識を増やしていきたいなと思いました。
  ゼミで繰り広げられていた議論を、完全に理解して自分の意見なども言えたら、今の私がこのゼミに参加して感じたよりも何百倍も楽しいと思います。
  また、読書はボキャブラリーも増やしてくれると思うので、自分の考えていることを説明するという観点から見ても、他の人の意見が書いてある本を読むことにもっと積極的になろう、と思いました。
  私は今年度高2なので、今の自分に足りていないことや、こんな世界があるんだ!ということを今のタイミングでゼミに参加して知ることができて、本当によかったです!





(3)学生の感想③
 
 
  牧原ゼミのおかげで非常に濃密な春休みを過ごすことができました。私は地方に住んでいてなかなかこのようなチャンスに恵まれていません。このゼミも学校の紹介ではなく、牧原ゼミの方の知り合いで、現在東京大学3年(相関社会形成コース)の先輩から紹介されました。この方は僕の高校の先輩で、地方の高校生に対して様々な活動の場を提供・紹介してくださっています。普段はこの方が主催している読書会で様々な議論をしています。「牧原ゼミで人生が変わる」とおっしゃっていてそれなら参加しようということで参加しました。
  一地方高校生として参加してみて感じたことは、自分には圧倒的に教養が足りていないと感じました。都会と地方の高校生の差は考える習慣にあると思います。中学入試や幼稚園・小学校入試を経験している人にとって、文章を読むことは当たり前なのかもしれません。しかし僕は恥ずかしながら高校入学時点までは学校の国語の時間しか文章を読まない人間でした。参加メンバーの話を聞いていると、価値判断の軸が多数ある(出てくる学者の名前や中央公論・岩波書店の本など)ように思います。私もまだまだ未熟ではありますが、より多くの文章に触れ教養という社会の共通基盤を身につけようと思います。
  ゼミに参加して一番の変化は、関心のある学問が変わったことです。今までは経済に興味があり高校入学以来それに関する本ばかりを読んできました(『ビジネスの未来』『武器としての決断思考』『武器としての交渉思考』『消費社会の神話と構造』など)。しかし今では法学、特に政治学に関心を持っています。哲学と社会の関わりや哲学の構想力の大きさ、そしてそれが政治という形で民衆に還元される。言葉にできないほどの感動を味わいました。 
  ゼミ全体を通して社会の不条理や人間の不完全さについて考えさせられました。こんな世界に生きているんだと。「知る」ということは時には悲しい現実を伝えます。しかし、その現実から目を背けてはいけない。何か使命感やマゾヒズム的好奇心に駆り立てられたような気がします。
  牧原ゼミに参加して本当に僕の中で大きな変化が起きました。これよりもさらに大きな変化を起こしたいです。