心筋細胞バイオマイクロアクチュエーターポンプ
近年様々な化学プロセスをマイクロチップに集積化する研究が世界で注目を集めている。当研究室においても、微小空間を高効率な化学実験の場として利用することが新しい化学研究の方法論としても革新的な化学技術としても極めて魅力的と考え、マイクロチップ内部に集積化した液相微小空間の化学に関する基礎及び応用研究を進めている。しかし、マイクロチップをさらに飛躍的に高効率化するためには、物理的ダウンサイズのみでは限界がある。一方、細胞はその内部で、通常の化学操作では困難な化合物の合成など特異性の高い反応を効率的に進めている。そこで、細胞の機能を組み込むことでマイクロチップを高効率化・高機能化できるという着想のもと、様々な高効率生化学分析・合成システムが実現されてきた。本研究では心筋細胞の運動機能を利用した力学的機能の集積化を提唱する。 本発想の特色は、化学エネルギーから力学エネルギーへの高効率変換機能をもった柔軟な生体材料である細胞を利用するという点であり、従来の電力駆動型デバイスとは根本的に異なり、基礎的な学術研究としても興味深い、独創的なものである。
以上をふまえ、本研究の目的は、心筋細胞を利用したバイオマイクロアクチュエーターの創成とした。具体的には、東京女子医大・岡野研究室で開発された心筋細胞シートを利用したマイクロポンプおよび擬似心臓型中空ポンプを作製した。
(1)心筋細胞シートを用いたマイクロポンプの開発
微小空間内の流体を駆動するために、心筋組織の一種である心筋細胞シートをの利用を考えた。これは培養皿上に固定化した温度応答性高分子を、温度を下げることで細胞接着性の疎水性から非接着性の親水性へと変化させ、その上に培養した細胞を非侵襲的にシート状で剥離したものである。
図1に、考案したマイクロポンプ駆動原理を示す。心筋細胞シートの運動を伝えるプッシュバーでダイアフラム膜を振動させ、下部のチャンバー内の体積を変化させ、逆止弁によって流体を一方向(図の左から右)に送液する。材料は、逆止弁以外はPDMS、逆止弁の駆動部分はポリイミド、基板はステンレスとした。この原理を実証するために、まず逆止弁なしでの流体駆動を実証した。心筋細胞シートを接着させた後、マイクロチャネル内の流体をポリスチレン粒子で可視化し、チャネルを顕微鏡で観察してチャネル内の流体拍動を確認した。また、この拍動の拍動数、変位の温度依存性を明らかにし、ポンプ流量の温度制御が可能であることを示した。。さらに、逆止弁をチップに装着した後、同様に心筋細胞シートを移植し、チャネル内を観察した結果、入口、出口側ともの順流が確認(流量は約2
nL/min)され、ポンプ機能が実証できた。(関連文献3参照)
図1 心筋細胞駆動型マイクロポンプ(上)俯瞰図(下)A-Bでの断面図
(2)擬似心臓型中空球ポンプの開発
上記オンチップマイクロポンプは機械加工で作製するダイアフラム型レシプロポンプが原型となっており、数センチ角のチップやプッシュバーなどの複雑な構成要素が存在するため空間的な無駄が多く、集積化の妨げとなっていた。そこで、より実際の心臓に近い球形のものを開発した。本構造により、複雑な部品を用いず、数ミリの空間に流体駆動機能を集積化可能である。また、駆動素子が細胞、駆動源が化学エネルギーであるということだけでなく、その構造も含めて極めて革新的な流体駆動デバイスであるため、機械の基礎研究としても極めて興味深い。さらにオンチップに限らず使用可能であるため、補助心臓やドラッグデリバリーシステムなど、in vivoでの使用に適している。
図2に、考案した中空球心筋ポンプ駆動原理を示す。基本原理検証のため、ミミズのような原始的な動物の心臓に酷似した形状に設計した。心筋細胞シートで中空球を覆い、チャンバー内の体積を変化させる。中空球は、砂糖球の周りにPDMS硬化前原液を垂らし、回転させながら加熱し、後で砂糖を溶かすことで作製した。心筋細胞シートを中空球に接着させた後、流路内の流体(培地)をポリスチレン粒子で可視化し、顕微鏡で観察してキャピラリー内の流体を観察した結果、流体の拍動が確認され、中空球心筋ポンプの作動原理が実証できた。(関連文献4参照)
【関連文献】