東京大学大学院農学生命科学研究科
附属生態調和農学機構
Graduate School of Agricultural and Life Sciences,The University of Tokyo
Institute for Sustainable Agro-ecosystem Services

河鰭研究室

・生産生態学協力講座(生産・環境生物学専攻
・生態調和工学協力講座(生物・環境工学専攻
・リンク:園芸学研究室

 

私たちの暮らしは多様な植物に支えられています.カロリーで表される食糧が足りるだけでは,私たちは,心身共に健康で豊かな暮らしをおくることはできません.衣食住をはじめとして,医薬品,工業製品の原料,工芸産物,香料,顔料,その他種々の日用品など様ありとあらゆるものが植物からつくられ,文化的な生活を支えています. しかし,このような植物の恩恵をいつまで私たちは享受することができるでしょうか.近代の農業は,水資源,肥料資源,エネルギー資源を大量に消費しており,いつか資源は尽きてしまいます.一方で,有機農業などの持続的農業といわれる方法で人類すべてをまかなうことはとても不可能です.人類が植物の恩恵を100年後にも享受できるよう,植物資源を守り,再生可能なかたちで利用していく方法の開発が求められています. 私たちの研究室では,特に,1)グローバルな環境変化の作物への影響,2)植物工場を含む新しい作物生産システムの開発,3)園芸植物のもつ特有な形質を理解するための基礎研究を行っています.

 

    八重咲き性に関する研究

園芸品種としては,より豪華にみえる八重咲きと呼ばれる花弁数の多い品種が好まれます.花器官数が定数の植物では基本的な構造は一重咲きであり,八重咲きは人為的な選抜がなされない限り珍しく奇形花の一つとされ,2000年以上前から数々の記述が残っています.シロイヌナズナでは,ある花器官が他のタイプの花器官へと変化したホメオティック変異体が多数確認されています.一般的に八重咲きとは,ABCモデルに基づき,雄しべ,雌しべなどの花器官が変化して花弁となる現象(弁化)によって,本来の花弁数が増加した花とされています.この説明では,八重咲きはCクラス遺伝子の機能が失われたために生じるもので,雄しべは形成されず,従って不稔となります.しかし,八重咲きの園芸品種をひろく調べると,雄しべが正常に形成される八重品種もあります.スイレンのようなもともと花器官数が無数(らせん型)の種だけでなく,トルコギキョウのように本来花器官数が定数(ホール型)でありながら雄しべが弁化せずに花弁数が増えるものが存在します.トルコギキョウでは花弁を形成するホール数そのものが増加し,雄しべ・雌しべは正常に形成され,優性形質をします.
この研究では,八重咲き性の原因遺伝子を明らかにするため,八重咲き( ‘620’)および一重咲き(‘503’)系統のトルコギキョウ間でF2集団を作成し,RAD-seqにより八重咲き原因遺伝子の同定を行っている.また,次世代シークエンサを用いてトルコギキョウの全ゲノムを解読している.これらはデータベース登録を進めているところである.

    トルコギキョウ

 

    インドアファーム Indoor Farm

植物工場といわれる屋内型の栽培施設は,天候に左右されずに安定的に1年を通して作物を栽培できますが,一方で,建設コスト,ランニングコストいずれも高額であるデメリットがありました.また,一般的な植物工場が建築物であるため,農地には建設しにくいという問題もあります.これらの問題を解決するため,私たちはパイプと特殊なフィルムだけからなる簡易的な省エネ型植物工場をつくり,その実証試験を行っています.従来の植物工場では,熱伝導率の低い素材(断熱材)を壁材に用いて内壁の温度の上昇を抑えています.しかし,内壁の温度を低く抑えなくても室内への熱の侵入を低く抑えることは可能です.熱の伝わり方には,熱伝導,対流,放射があり,放射率の低いアルミ素材を用いることでかなり遮熱をすることができます.熱伝導率もある程度抑えた特殊な遮熱シートと単管パイプ,農業用ビニールを用いた簡単な構造に,省エネ型のLEDを組み合わせた約120㎡の栽培室を試験的につくり,実証実験をしています.今年の夏の実績では,日中の最高外気温が40℃近い時も、家庭用エアコン2台で室内26℃以下にて安定して保つことができました.この栽培室(インドアファーム)を用いて,様々な作物の環境試験を行っています.

    インドアファーム

 

    果菜類におけるソース・シンクバランスの概日リズムの解析

トマトなどの果実は,果柄によって植物体とつながった末端器官です.そのため果実の成長と品質は,果柄を通って果実へ流入する木部液と師部液によってさえられています.一般に葉に流入する水はほとんどが木部経由の蒸散流ですが,果実へ流入する水は,大部分が師部経由だと考えられています.そうだとすると,果実の糖濃度は師部液糖濃度と高い相関関係にあると予想されます.実際にトマトの師部液糖濃度をEDTA法により推定したところ,推定師部液糖濃度と果実固形分含量との間に正の相関がみられました(Jan and Kawabata, 2011).
師部液の糖濃度は,ソース器官における光合成に大きく依存すると予想されます.光合成は,体内時計により制御される日周期リズムを示し,それを反映して師部液糖濃度も同様に正午頃にピークとなる日周期リズムを示すことが推測されます.EDTA法により推定した師部液糖濃度は,昼頃にピークを示す日周期リズムを示しました(図).このリズムを環境調節により最適化することができれば,完全閉鎖型植物工場における作物生産効率を高められることが期待されます.この研究では,概日リズムの解析に基づくソース・シンクバランスの最適化を目指しています.

    果菜類におけるソース・シンクバランスの概日リズム

 

    UV-Aによるアントシアニン生合成の誘導に関する研究

植物は光を光合成としてだけでなく,環境に適応するための光シグナルとしても用いています. 光シグナルに応じて,植物は様々な形態をとります.このような光形態形成には徒長抑制,開花,光屈性,気孔の開閉,色素生成などが含まれます. アントシアニン生成は典型的な光刺激に対する応答で,1960年代には赤カブ芽生えを使って研究されました.これらの研究から (i) アントシアニン生成は遠赤色光,赤色光,青色光の単独照射によって誘導されること,(ii) 遠赤色光と赤,青色光と青の同時照射によって生成が促進されること,(iii)赤/遠赤色光可逆反応を示すことなどが明らかとなりました.さらにその後の研究で,紫外線がアントシアニン合成の誘導に特に重要であることが明らかとなりました.
紫外線は波長によりUV-A (320–400 nm), UV-B (280–320 nm) and UV-C (<280nm)に分けられています.太陽から放射される紫外線のうち,UV-Cと大部分のUV-Bと大部分は地球を覆うオゾン層に吸収され,主にUV-Aが地表に到達します.短波長の紫外線はエネルギーが高いために,物理的にDNA, RNA,タンパク質を破壊しますが,UV-Aや低強度のUV-Bはアントシアニン合成を誘導します.とくにUV-Aは,多くの作物でアントシアニン合成を誘導する主要な紫外線です.
アントシアニンの機能として,潜在的に植物に傷害を与える紫外線吸収が考えられますが,ほかにも抗酸化物質として組織を酸化ストレスから守る機能が考えられます. UV-Aを照射した組織では,アントシアニン合成系遺伝子だけでなく多数の活性酸素応答と関連する遺伝子の発現が誘導されます.しかし,UV-Aが植物にどのように感知され,どのように様々な反応を引き起こしているのかは大部分が未解明です.

赤カブには,‘津田蕪’のように肥大部のうち光があたる地上部のみが着色する赤白タイプ,肥大部全体が赤くなるタイプがあります.この赤白タイプではUV-A特異的にアントシアニン合成が誘導されることが分かっています.そこで,これまでに ‘津田蕪’突然変異体系統を作成し,その中から光非依存的にアントシアニンを合成する突然変異体数系統(写真)とUV-Aを照射しても着色しない数系統を選抜しました.現在,これらの系統の遺伝解析により,UV-Aによるアントシアニン合成機構の解析を行っています.


 

    トマトにおけるダブル果房の形成に関する研究

農作物生産において,全乾物生産に対する収穫物の割合(収穫指数,HI)を高めることは,効率的な生産のための目標とされています.特に人工光型植物工場では,投入エネルギーに対する収穫物の比率を高めることはコスト削減につながります.近年では,トマトやイチゴなど果菜類の植物工場生産が試みられており,これらは葉菜類とは異なりHIが低いため,HIをより高める工夫が必要です.たとえば,トマトにおいて第一果房の着果節位が低いことは果実肥大にあまり有効でない葉を減らすことになりHIを高めることにつながります.また,ミニトマトでは,果実が比較的小さいため着果負担は大きくなく,果房あたりの果実数を増やすことで,HIを高めることができます.
トマトにはダブル果房という形質をもった品種が存在する.ダブル果房系統では,花序は発達初期に少数回分枝したのちは分枝せず,2〜3列の果房を形成します.この果房の形成は,花序分裂組織と花分裂組織の発生パターンにより決定されます.
通常のシングル果房のトマトでは,花序はサソリ型花序で仮軸分枝を繰り返しジグザグの果房を形成します(上図).一方,複合果房とよばれる多分枝型の花序では,花序分裂組織が花分裂組織に転換する前に2回以上側花序分裂組織を形成(単軸分枝)するため,指数関数的に花数が増加します(中図).ダブル果房はこれらの中間型で,花序発生初に2〜3回側花序分裂組織を形成したのちは,通常のシングル果房を形成します.
この,ダブル果房の形成は花序節位や栽培条件に依存することが知られており,環境に対して安定な形質でありません.この研究では,シングル果房とダブル果房の品種間で組換え近交系集団を作成し,ダブル果房遺伝子のQTL解析を行うとともに,環境依存性の解析を行っています.

    トマトにおけるダブル果房の形成

 

    高温によるレタスの不時抽台を制御する遺伝子のQTL解析

レタス(Lactuca sativa L.)は冷涼な気候を好み、30℃以上の高温長日条件下で花成が誘導され、その後急激な茎の伸長(抽だい)が起こります。気温上昇期のレタス栽培では、不時抽だいや、球内で茎が伸長して球が変形する球内抽台、球のしまりが悪く葉の中肋部が突出する異常球の発生が増加し、生産現場では安定生産の大きな妨げになっています。この研究では,レタスの抽台の早晩性を決めるメカニズムを明らかにするため,レタスの組換え近交系集団を用いたQTL解析を行っています.これまでに早晩性を決定する主要なQTLが見つかっており,さらにQTL近傍のさらに詳細なDNAマーカー(RADマーカー)による解析を進めている.

    高温によるレタスの不時抽台を制御する遺伝子のQTL解析


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    トルコギキョウの花の立体形態に関する研究

合弁花類など横幅の広い花弁をもつ花では,花冠を構成する花弁が微妙な立体的湾曲構造をもち,そのために,ロート型,ベル型,コップ型など多様な花型が形成されます.茎や中仂の様に厚みのある器官では,組織の表裏における差次的な成長によって屈曲が説明されますが,厚みのない葉や花弁のような平面的な組織では,差次成長によって湾曲が形成されるとは考えられません.たとえば,厚みが0.1mmで半径1cmの屈曲がある場合,表裏の長さの差は計算上1%にしかならず,このような差は弾性的な組織の伸びにより生じる範囲内であり,この差によって立体的な構造を維持することはできません.むしろ,平面的な歪みによって形成される力学的な構造によって立体形態が維持されていると考えられます.このような湾曲構造の形成は,花弁内における領域的な成長の不均一性によって説明できます.ある部分の成長が周囲よりはやいと,その部分が拡大して立体的に構造の歪みが生じ,その部分が膨らんだ湾曲構造が生じます.たとえば花弁の周囲の成長が速いと,花弁の周囲はフリル状に波打ち,逆に花弁の中心部の成長が速いと,中心部が盛り上がって椀状の形態になります.
この研究は,花冠の立体形態形成の原因となる領域的に不均一な成長パターンと,それを制御する遺伝子との関連を調べています.

    トルコギキョウの花の立体形態

 

    Publications
  1. Zhang, Yang, Takahiro Hayashi, Saneyuki Kawabata, and Yuhua Li. 2015. Relationship the between velvet-like texture of flower petals and light reflection from epidermal cell surfaces. Journal of Plant Research 128, 623-632.
  2. Zhang L, Wang Y, Sun M, Wang J, Kawabata S, Li Y. BrMYB4, a suppressor of genes for phenylpropanoid and anthocyanin biosynthesis, is downregulated by UV-B but not by pigment-inducing sunlight in turnip cv. Tsuda. Plant Cell Physiology 55: 2092-2101.
  3. Lan X,Yang  J, Cao M, Wang Y, Kawabata S,  Li Y. 2015. Isolation and characterization of a J domain protein that interacts with ARC1 from ornamental kale (Brassica oleracea var. acephala). Plant Cell Reports 34:817–829.
  4. Bai J, Kawabata S. 2015. Regulation of diurnal rhythms of flower opening and closure by light cycles,wavelength, and intensity in Eustoma grandiflorum. The Horticulture Journal 84: 148-155.
  5. Ishimori, M. Kawabata S (2014) Conservation and diversification of floral homeotic MADS-box genes in Eustoma grandiflorum. J. Japan. Soc. Hort. Sci. 83: 172-180.
  6. Wu W, Zhou B, Luo D, Yan H, Li Y, Kawabata S. 2014. Development of simple sequence repeat (SSR) markers that are polymorphic between cultivars in Brassica rapa subsp. rapa. African Journal of Biotechnology,11: 2654-2660.
  7. Noor Elahi Jan, Jalal-ud-Din, and Saneyuki Kawabata. 2014. Impact of saline-alkali stress on the accumulation of solids in tomato fruits. Pakistan Journal of Botany 46: 161-166.
  8. Zhou B, Wang Y, Zhan Y, Li Y, Kawabata S. 2013. Chalcone synthase family genes have redundant roles in anthocyanin biosynthesis and in response to blue/UV-A light in turnip (Brassica rapa; Brassicaceae). American Journal of Botany 100: 2458-2467.
  9. Santosa E, Sugiyama N, Kawabata S, Hikosaka S. 2012. Genetic variations of Amorphophallus variabilis Blume (Araceae) in Java using AFLP. Indonesian Journal of Agronomy 40,62-68.
  10. Wang Y, Zhou B, Sun M, Li Y, Kawabata S. 2012. UV-A light induces anthocyanin biosynthesis in a manner distinct from synergistic blue + UV-B light and UV-A/blue light responses at different parts of the hypocotyls in turnip seedlings. Plant and Cell Physiology53: 1470-1480.
  11. Kawabata S, Li Y., Miyamoto K. 2012. EST sequencing and microarray analysis of the floral transcriptome of Eustoma grandiflorum. Scientia Horticulturae 144:230-235.
  12. Kawabata S, Yokoo M., Nii K. 2011. Three-dimensional formation of corolla shapes in relation to the developmental distortion of petals in Eustoma grandiflorum. Scientia Horticulturae 132: 66-70.
  13. Kawabata S, Miyamoto K, Li Y. 2011. cDNA microarray analysis of differential gene expression in tomato fruits exposed to blue, UV-A, and UV-A+UV-B. Acta Horticulturae 907: 371-374.
  14. Wang Q, Zhang Y, Kawabata S, and Li Y. 2011. Double fertilization and embryogenesis of Eustoma grandiflorum. J.Japan.Soc.Hort.Sci. 80: 351-357.
  15. Jan NE, Kawabata S. 2011. Relationship between fruit soluble solid content and the sucrose concentration of the phloem sap at different leaf to fruit ratios in tomato. J.Japan.Soc.Hort.Sci. 80: 314-321.
  16. Nii K, Kawabata S. 2011. The assessment of the association between the three-dimensional shape of the corolla and two-dimensional shapes of the petals by using Fourier descriptors and principal component analysis in lisianthus. J.Japan.Soc.Hort.Sci. 80: 200-205.
  17. Zhou B, Zhao X, Kawabata S, Li Y. 2009. Transient expression of a foreign gene by direct incorporation of DNA into intact plant tissue through vacuum infiltration. Biotechnology Letters 31: 1811–1815.
  18. Kawabata S, Li Y, Saito T, Zhou B. 2009. Identification of differentially expressed genes during flower opening by suppression subtractive hybridization and cDNA microarray analysis in Eustoma grandiflorum. Scientia Horticulturae 122: 129-133.
  19. Saneyuki Kawabata, Mihoshi Yokoo, Kaeko Nii. 2009. Quantitative analysis of corolla shapes and petal contours in single-flower cultivars of lisianthus. Scientia Horticulturae 121: 206–212.
  20. Yan, HF, An CP, Kawabata S, Li Y. 2009. Analysis technique and mass spectrometry method of phosphoproteome in swollen hypocotyls of turnip (Brassica rapa L. sbusp. rapa ‘Tsuda’) rich in polysaccharides by Pro-Q Diamond/SYPRO fluorescence stain. Plant Physiology Journal 45: 598-602.
  21. Ijiri T, Yokoo M, Kawabata S, and Igarashi T. 2008. Surface-based growth simulation for opening flowers. Proceedings Graphic Interface 2008. pp. 227-233.
  22. Kawabata S, W Chujo. 2008. Analysis of nitrogen and amino acid contents in cut and potted flowers of Eustoma grandiflorum. Journal of the Japanese Society for Horticultural Science 77:192-198.
  23. Zhou B, Li Y, Zhao F, Kawabata S. 2008. Recent Progress in Cellular, Biochemical and Genetic Events of Brassica Species. International Journal of Plant Breeding 1:112-118.
  24. Zhou B, Lan XG, Xu Z, Li Y, Kawabata S. 2008. UV-A specific regulation of anthocyanin biosynthesis in red turnip, brassica rapa l. subsp. rapa: UV-A mediated protein phosphorylation. Acta Horticulturae 774:229-236.
  25. Zhou B, Li Y, Xu Z, Yan H, Homma S, Kawabata S. 2007. Ultraviolet-A specific induction of anthocyanin biosynthesis in the swollen hypocotyls of turnip (Brassica rapa). Journal of Experimental Botany 58: 1771-1781.
  26. Kawabata, S., Sasaki, H. and Sakiyama, R. 2005. Role of transpiration from fruits in phloem transport and fruit growth in tomato fruits. Physiologia Plantarum 124(3):371-380.

東京大学プットファームプランツラボラトリー