振動・波動論の物理学における位置づけ

 

振動・波動論においては、力学におけるニュートンの法則や電磁気学の基礎法則、熱力学における第二法則などのような

法則があるわけではない。言い換えれば、ここで扱う内容は、すべてほかの物理の分野の応用問題でしかない。しかし物理の各分野で現れる振動や波動には共通の側面があり、さらに、力学的振動と電磁気的振動の相互作用(スピーカー、マイク、発電機、モーター)のように分野にまたがる振動現象や波動現象がある。振動・波動を理解するための概念、記述するための数学は、量子力学を理解し、表現するための必須事項でもある。これらのことから振動・波動論は、力学、電磁気学、熱力学、量子力学など、物理の各分野を振動や波動という観点から横断的に論じるものと位置づけることができる。

 

振動・波動論の化学、生物、地学における意義

 

ここで物理以外の自然科学の分野における意義を考えてみる。化学や分子生物学における物質の構造解析において大きな役割を果たす分光学(spectroscopy)は電子系を光によって共鳴させる手法である。またX線解析は結晶構造によるX線の回折現象を利用している。脳の研究に不可欠であるMRI(磁気共鳴装置)は、スピンの才差運動の交流磁場による共鳴現象を利用している。地震波、津波は地上における波動のうち現実的重要性をもつものであり、X線から赤外線まで宇宙の観測には電磁波は欠かすことはできない。こうしてみると振動や波動は物理以外の分野でも、対象を調べるプローブとしての役割が大きいことに気づく。

 

工学における意義

 

かつてフランスの地で橋の上で軍隊が行進していたとき行進のテンポが橋の固有振動数に近かったために共振を起こし端が壊れたことがあったらしい。またアメリカのタコマ海峡のつり橋も横風を受けた際に上下運動とねじれ運動の共鳴を起して崩壊したことがある。構造物の設計上、外力による共振を防ぐことは重要である。一方で、電波と電気回路を共振させることで、テレビやラジオ、携帯電話などは受信できる。また水分子の電気双極子の運動がマイクロ波のエネルギーを吸収することで、電子レンジの中で食物を温めることができる。共鳴、共振は、ある振動または波動から別の振動や波動にエネルギーや情報を伝達する手段であり、それを防ぐことや利用することでわれわれの社会に役立てることができる。

 

大学で学ぶ振動・波動論

ここでは高校で習った振動や波動と比較して大学における振動・波動論の役割について述べる。冒頭で述べたように振動・波動論において、特別な基礎法則はない。それを示すために弦の振動をあらわす波動方程式と境界条件を力学の運動方程式から出発して導出する。また力学と熱力学の法則から出発して音波に対する波動方程式と境界条件を導く。これらにより、重ね合わせの原理や反射、透過、屈折の法則を示し、かつ波の速度を決める物理量を求める。また光に対する波動方程式から、ダブルスリットや回折格子による干渉縞の間隔と強度を求める。これらによっていままでバラバラな経験的事実として習ってきた事象が波動方程式によって統一的に説明できることがわかるであろう。

 大学における振動・波動論の、もうひとつの側面はフーリエ解析を用いた振動・波動論である。フーリエ解析は波動方程式のひとつの解法をあたえるだけでなく、振動と波動の関連付けに重要な役割を果たす。また、数学としてのフーリエ解析は、「関数をひとつのベクトルとみなす」解析であり、この見方は量子力学の波動関数を理解する際にも現れるゆえに重要である。フーリエ解析の観点を導入すると「音色(ねいろ)」について議論することができる。これによって「ギターを弾く際に穏やかな感情を表現するときには弦の中央をはじき、高ぶった感情を表すときにはフレットの近くをはじく」理由を理解することができるであろう。