様々な重力環境における気液二相熱流動現象の研究

研究背景
  • 宇宙利用の日常化
  • 人間の活動領域が地球周回軌道上まで拡大するのに伴って、溶融材料を始め液体燃料や液体冷却剤の貯蔵や搬送など、宇宙で液体を扱う機会は増大しつつあります。


  • 低重力環境と自由表面流
  • 通常こうした液体には気体も共存しますが、微小重力環境では 重力に代わって界面張力や濡れ性が流れ場に対して支配的となり、 比重差を利用した流体の駆動と安定化を期待できないため、貯蔵容器内の液体を望ましい位置に保持し、思い通りに外部へ搬送するなど、 自由表面流を管理することが非常に難しいくなります。そのため、液面の挙動は地上の場合とずいぶん異なり、 地上試験を基に設計された液体の貯蔵および補給機器は 軌道上で予定通り作動しない恐れがあります。


    地上重力場でのスロッシング

    無重力場での容器内の界面挙動


  • 流体管理技術の確立
  • これら液体補給機器を計画、設計し実現させるには、微小重力環境での熱流体管理技術の確立が不可欠です。しかし、落下塔や航空機を用いた実験で微小重力環境を 人為的に創出できる機会は現在のところ限られていて、 機会に恵まれても微小重力の質と持続時間に制約を受けます。このため、設計者の視点からすると、 特に熱流体工学分野での 知見の蓄積が不十分だと言えます。


  • 設計支援としての数値解析
  • 本研究ではこのような認識に立ち、微小重力環境における 熱流体管理技術の検討と構築に必要な気液二相流動の特性を 的確に事前評価するための数値流体解析手法を開発し、 地上試験からだけでは得難い知見を獲得することを目的としています。

界面張力に駆動される流れ

    10メートルの落下塔
    (津江研究室から借用)

    無重力場での容器内の界面挙動
    (内箱と外箱の二重構造)

  • 落下塔実験
  • 流体の物性値(密度・界面張力係数・濡れ性)と流れ場のスケールを パラメータとしたとき、微小重力環境での気液界面挙動を 支配する相似則を確認するための実験に取り組んでいます。高さは約10 mの落下塔を用いて自由落下を行うと、落下筐体内部では 1/1000G以下の加速度環境を約1秒間にわたって実現できます。

    円筒容器内の液面挙動
    (計算)

    円筒容器内の液面挙動
    (実験)(D=150mm,エタノール/アクリル)

  • 円筒容器
  • 微小重力環境で、固体壁面上の接触角を保とうとする濡れ性の効果と、液面の曲率を緩和しようとする 界面張力の効果によって 液面形状が変化する様子が観察されています。落下開始の約1秒後に、落下筐体内部で、円筒容器を搭載した内箱が風除けの外箱に 追突すると、液体の柱が立ちのぼるのが観察されました。
    実験に加え、同条件の数値シミュレーションを行って実験結果と比較することで、数値計算コードの妥当性を評価することも目的としています。

    円筒容器内の
    液面挙動
    (計算)(斜め上から)

    円筒容器内の
    液面挙動
    (計算)(正面から)

    円筒容器内の液面挙動
    (実験)(D=80mm,エタノール/アクリル)
    (正面から)

  • 円筒容器(ベーン付)
  • 円筒容器の壁面にベーン(長方形薄板)を設けると、その隅部で濡れ性の効果と界面張力の効果が集中的に作用するため、接触線の前進が強く促進され、 結果としてその周囲に液体が捕獲されることが確認されました。
    同時に、数値シミュレーションでも、現象の再現が可能であることを確認しました。

    平行平板による毛細管現象
    (計算)(平板間距離大)

    平行平板による毛細管現象
    (計算)(平板間距離小)

  • 界面張力の利用
  • 界面張力が卓越することは、流体管理にとって厄介な側面もありますが、逆に、界面張力(毛細管現象)を上手に利用することで、容器内の望ましい位置に 液体を保持することができます。このようなデバイスは、界面張力デバイス(surface tension device)と呼ばれ、既に人工衛星の液体燃料タンクなどに 応用されています。
    同様の原理は、微小重力環境だけでなく、地上であっても界面張力の影響が卓越する微小寸法流動現象の制御に応用できると期待できます。

加速度に駆動される流れ
  • 強非線形現象
  • 加速度に駆動されて液面が大変形する場合、条件によっては液面が砕かれて飛沫や気泡が発生する砕波現象が観察されます。このような 強非線形現象を数値シミュレーションによって予測する手法の構築に取り組んでいます。


    ダム崩壊問題
    (計算)

    砕波現象
    (例)


  • ダム崩壊問題
  • 水槽内部のダム崩壊問題を採用して数値解析手法の検証しています。作動流体として、非圧縮流体である水と理想気体の状態方程式に従う空気を 用い、粘性係数や表面張力係数などの物性値を与えて計算を行いました。結果からは、水槽底面を走る水際線の位置、右壁に衝突して鉛直方向に 立ち上る水柱の形状、砕波しながら再崩壊する水柱に空気が飲み込まれる様子、水槽底面で跳躍した波頭が再び左壁に到達する様子など、 他の研究者によって行われた実験で観察された液面形状の特徴的な変化が、計算でもよく再現できました。

液体ロケット推進薬挙動(ELV)
  • 液体ロケット
  • 地上から地球周回軌道までの貨物輸送を担う化学ロケットの酸化剤および燃料としては、液体酸素と液体水素の組合せなど、液体推進薬を用いるのが 現在の主流です。液体推進薬の特長は、質量流量あたりの推力が固体推進薬に比べて高く、ロケットの積載質量を大きく設定できることですが、 それでも、約8 km/sの軌道速度を達成するためには多くの推進薬を搭載せねばならず、液体ロケットの発射時総重量のうち、大部分を推進薬が占めています。


    液体水素タンク内の推進薬挙動
    (計算)

    宇宙輸送用液体ロケット
    (CG)(H-IIA)

  • 推進薬管理(Propellant Management)
  • 発射後のロケットは、姿勢制御用スラスタの作動やエンジンの推力変動などにより、様々な加速度変化を経験するため、それに伴って、搭載された液体推進薬が大きく 揺動する可能性があります。相対的に大きな質量を占める液体推進薬の動的挙動を、様々な重力環境の場合について、適切に予測評価できる知見や手法は、ロケットの 構造強度や姿勢制御系の設計に重要なだけでなく、宇宙輸送システムの開発コストや軌道上サービスの運用リスクを低減させるためにも有効です。

液体ロケット推進薬挙動(RLV)
  • 再使用ロケットの推進薬管理
  • 地上と宇宙との間を往還する再使用型ロケットのエンジンは、地上帰還時の大気圏内飛行など、多様な飛行経路や機体姿勢を実現するため、多数回着火や可変推力機能を 備えるよう設計されます。推進薬管理の観点からは、機体加速度も多様化するため、タンク内の液体推進剤が大きく揺動すること(スロッシング:sloshing)が懸念されます。 スロッシングは機体の姿勢制御に有害なだけでなく、タンク吸引口から加圧ガスが排出されれば、ターボポンプ過回転によるエンジン破損に至る懸念すらあります。


    加振機と模型タンク

    再使用観測ロケット(提案中)
    (JAXA/ISAS提供)


  • 模型タンク加振実験
  • 液体推進薬のスロッシングを抑制させるためには、実機タンク内に邪魔板などの減衰器具を艤装すべきですが、飛行中の加速度環境を地上で再現するのは難しく、 スロッシングの規模や減衰器具の効果を事前評価するのは容易ではありません。そこで、動的な加速度環境での液体揺動を適切に予測すべく、実機タンクの縮小模型を用いた 地上実験を行わとともに、並行して、自由表面流の三次元数値解析を実施しています。


    加振された模型タンク内の液面挙動
    (計算)

    加振された模型タンク内の液面挙動
    (実験)(D200mm)


  • 非線形スロッシングと砕波
  • 上下ドームを有する円筒小容器を加振し、砕波を伴うスロッシング現象を高速度カメラを用いて観察しました。同時に、三次元物体適合格子を用いて、対応する数値シミュレーションを試みました。 計算では、理想気体の空気と非圧縮液体の水を作動流体としたうえで、実験と同じ加速度履歴を入力しています。
    計算でも、波頭形状、液体がタンク頂部へ達する様子、それ以降の砕波現象など、対応する実験結果が良く再現されていますが、計算格子サイズ以下の飛沫や気泡は発生していません。


    バッフルによるスロッシング抑制
    (計算)(実機スケールタンク)

    リングバッフルの抑制効果
    (計算)


  • バッフルによるスロッシング抑制
  • さらに、スロッシングを抑制するための邪魔板(バッフル)をタンク内部に装備した場合について、実験と数値計算の両面から詳しく調べています。

本課題は宇宙航空研究開発機構との共同研究です