トップページへ  
       
    トップページ > 研究内容  
       
   
A) 成体海馬のニューロン新生
 
これまで脳の細胞は年をとるとともに減る一方で、決して増えることはないと考えられてきたが、学習記憶に関係する海馬で、大人でも盛んにニューロンが入れ替わっていることがわかってきました。私たちは、サルやマウスを用いて、このニューロン新生のメカニズムを、生理・生化学的に解析しています。海馬新生ニューロンが学習記憶に深く関わることが知られていますが、逆転学習を含め複雑な認知機能にも寄与することがわかりつつあります。
 
新生ニューロンの役割を明らかにするために、この細胞のはたらきを特異的かつ自在に制御(Off/On)できる実験システムの構築が求められていました。そこで私たちは、3種類の遺伝子ベクターを用いて、新生ニューロン(New-Born Neuron)のシナプス伝達機能を、シナプス放出を阻害する蛋白質であるテタヌストキシン(Tetanus Toxin: TeTX)によって自在に制御できる遺伝子組み換えマウスを作出しました。このモデルマウス(NBN-TeTX)では、Tetオフシステムによりドキシサイクリン投与の有り無しによって、新生ニューロンのシナプス伝達機能を維持/遮断することも可能です。このモデルマウスを用いて各種の記憶学習試験(逆転学習試験や消去学習試験等)を行い、新生ニューロンのはたらきに応じて学習機能や認知機能がどのように変化するかを明らかにすべく、研究を行っています。
 
 
 
B) 認知機能の解明に関するモデルマウス研究
 
学習記憶に代表される認知機能は、海馬に加えて前頭連合野領域の神経回路が担っています。また、神経伝達物質であるドーパミンの働きに依存することが知られています。ドーパミンを神経伝達物質として放出するドーパミン作動性ニューロンは、主に中脳部位にある2つの神経核(腹側被蓋野(VTA)や黒質(SN))に存在していて、前頭連合野、側坐核、線条体などに投射します。ドーパミンニューロンは報酬に関係しており、報酬と条件刺激を関連付ける連合学習で中心的な役割を果たしています。
 
しかし、ドーパミンニューロンが学習記憶の過程にどのように関与するかについて、完全には判ってはいません。そこで私たちは、ドーパミンニューロンのシナプス伝達機能を自在に制御(Off/On)できる遺伝子組み換えマウスを作出し、このモデルマウスを用いて、学習記憶機能を調べる研究を行っています。最近では、報酬と条件刺激の関係を覚えさせる強化学習(オペラント学習)課題を用いて、認知機能を担う脳回路を解明する研究を開始しました。
 
 
 
C) アルツハイマー病発症の原因究明に関するモデルマウス研究
 
認知機能は歳をとると共に衰える方向にあります。典型的な認知症であるアルツハイマー病では、記憶機能に加えて、問題解決や実行機能など社会生活に不可欠な認知機能が障害されると発症とみなされます。この変化(発症)に至る直接の原因は何なのでしょうか?
 
アルツハイマー病の場合、脳内に生じたアミロイドペプチドの塊(老人斑)が引き金となって、神経炎症が広がり、ニューロン機能が低下することにより認知機能に関わる脳回路が障害されると考えられています。私たちの研究室では、アルツハイマー病に関与する病因遺伝子(アミロイド前駆体蛋白質、変異タウ蛋白質、リスク遺伝子ApoE4)を組み込んだ各種のモデルマウスを用いて、遺伝子変化・神経炎症・認知機能低下の関係を明らかにする研究を行っています。
 
研究では、マウスの認知機能行動解析(水迷路学習、オペラント強化学習、逆転学習、など)に加えて、認知機能行動に応じて放出される脳内ドーパミンの量を調べるマイクロダイアリシス実験、学習中の脳活動をリアルタイムに計測する覚醒fMRI研究、神経炎症に応じた脳内蛋白質の変化を調べる免疫組織化学実験を行い、アルツハイマー病の発症原因の究明を目指して研究を進めています。
 
 
 
D) 抗炎症成分による脳老化改善・認知症予防に関する研究
 
私たちの研究から、ある種の生体成分(動物の筋肉中に多く含まれるイミダゾールジペプチド、等)には、脳内の神経炎症を鎮めたり防いだりするはたらきがあることが判りました。このような抗炎症成分は、天然物の中から探索を行なうことにより、新たな物質を見つけ出せる可能性もあり、これらの成分が既存の薬剤と相補的に作用することによって効果的に認知症の発症を予防できることが期待されます。
 
アルツハイマー病モデルマウスを用いて、抗炎症成分 (イミダゾールジペプチド)が、どのようなメカニズムを通じて神経炎症を抑制しているかを明らかにする研究を行っています。また、高齢者ボランティアの方々にご協力をいただくヒト試験を行い、一定期間イミダゾールジペプチドを摂取し、摂取前と摂取後の認知機能がどのように変化するかについて神経心理学検査を用いて評価しています。加えて、その作用メカニズムを明らかにするために、脳MRI画像データや血液サンプルなどを用いて臨床的に調べる研究も行っています。
 
 
 
E) 意識「心」の在りかを探る分野横断研究 〜人工知能の開発を目指して
 
私たちの研究室ではこの20年近くに渡り認知機能や認知症に関係した研究を行ってきました。これらの研究を通じて、脳と心や意識の問題にアプローチすることが可能となってきました。私たちの知性や感情は、脳のはたらきによって作り出されています。脳とは意識「心」を生む臓器であると私たち脳科学者は考えています。脳がはたらくとき、数百億に及ぶ脳神経細胞(ニューロン)が高速かつ複雑に情報を交換します。そのため、脳とコンピューターの相違は、常に議論の対象となってきました。
 
さて、どうすれば、意識や心の問題に科学的にアプローチをすることが可能となるのでしょうか?私たちの研究室では、学習中のマウスの脳活動をリアルタイムに計測する覚醒fMRI研究を通じて、認知機能に関わるそれぞれの脳部位が、どのような時系列で活動をしているかについて、次第にわかるようになってきました。ヒトに比べると脳があまり発達をしていないと考えられているマウスであっても、周囲の環境変化に呼応して、機敏に行動パターンを変化させる意識や心に似た能力を有しています。オペラント強化学習を活用して、マウスに複雑な学習を実行させ、この最中の脳活動を調べることによって、マウスにおける意識「心」のありかを探るべく、研究を進めています。
 
動物の脳がコンピューターと大きく異なる点は、こういった変化する能力にあると思われます。行動パターンが変化するとき、脳の中では、今まであったシナプスがなくなったり、新しくシナプスが出来たり、していることがわかり始めています。そしてこの変化には、体の中の状態(心地よい状態(報酬)/不快な状態(罰)、空腹/満腹、渇望/飽和、など)が深く寄与しています。現在のコンピューターに、あたかも動物の体の中の状態を反映させた演算子を加えることによって、いわゆる「心」を持った人工知能を生み出していけるような気さえし始めています。
 
もっとも、最終ゴールである人工知能の開発においては、コンピューターやプログラムの知識がいつかは必要となるでしょう。心のことが深く知りたくなれば、心理学や哲学の書物を読むことが必要になるかもしれません。ですが、研究への取っ掛かりは、知的好奇心で十分なはず。このような分野をまたぐ横断研究は、私たちが属する新領域創成科学研究科が最も得意とする領域、今はまだ研究者は少なく新しい研究領域を拓くにはもってこい。研究生活の中で自分の力を試してみたいと考えている皆さんに、是非お薦めしたい研究テーマです。
 
 
 
 
    トップページ > 研究内容