研究室の歴史

本講座は明治33年(1900)東京帝国大学農科大学農芸化学科に農産製造及び醗酵醸造の分野を担う講座として創設された農産製造学講座にその源を発している。初代教授古在由直は日本酒醸造を中心とする諸問題についての研究を通じて日本の醗酵学の創始者として大きな役割を果たした。明治35年(1902)同講座の助教授となった高橋偵造は、清酒、醤油、食酢などの醸造、腐敗に関与する各種の微生物についての微生物学的研究から、わが国の醸造産業技術の確立に大きな貢献をなした。

大正9年(1920)古在の東大総長への選任以来同講座担当教授の任にあった高橋は、同13年(1924)醗酵生理学及び醸造の講座として農芸化学・化学第五講座が増設されるやその担当教授に転じ、ここに本講座が正式に発足する事となった。高橋は清酒成分及び合成酒に関する研究など醸造に関する研究を発展させる一方、大正15年(1926)同講座講師、昭和2年(1927)同助教授となった坂口謹一郎らの研究指導を通じて、その研究は微生物生理学の色彩を強め、わが国醗酵学の近代化を方向づけた。

昭和14年(1939)教授に昇任した坂口は、同年助教授として着任した朝井勇宣とともに、各種の微生物による有機酸醗酵、アセトンブタノール醗酵、アルコール醗酵などについて活発な研究を続けた。この間、昭和19年(1944)農芸化学科に増設された醗酵生産学講座担当教授として朝井が転出し、同年助教授となった馬場慎一郎は微生物の解糖経路について当時の先端研究を行ったが、惜しくも昭和21年死去した。(以上は東京大学百年史に準拠)

昭和22年(1947)有馬啓が助教授となり、昭和32年退官した坂口の後を受けて昭和33年(1958)教授に昇任した。なおその間昭和29年(1954)には同講座は醗酵学講座と改称された。昭和34年より助教授を務めた田村學造が昭和44年(1969)新設された微生物学講座教授として転出した後、助教授となった別府輝彦が昭和52年(1977)教授に昇任した。昭和53年より助教授を務めた魚住武司は、昭和62年(1987)に大学院独立専攻として設立された応用生命工学専攻の育種生産工学講座の教授として転出し、代わって堀之内末治が助教授を務めた。堀之内は、平成6年(1994)に別府の後を受けて教授に昇任し、助教授として平成7年(1995)に吉田稔が昇任した。平成14年(2002)に吉田は理化学研究所に転出し、化学遺伝学研究室を創設した。後任の助教授に大西康夫が昇任した。堀之内は2009年7月に他界し、2010年7月より、大西が教授の任に就いている。

古在由直 高橋偵造 坂口謹一郎
古在由直 高橋偵造 坂口謹一郎
有馬啓 別府輝彦 堀之内末治
有馬啓 別府輝彦 堀之内末治

第二次大戦前における坂口教授の研究を代表するものとして、リゾープス属に端を発するカビの有機酸醗酵の研究と、わが国醸造産業にとって重要なコウジカビ、黒コウジカビの分類学的研究が挙げられる。前者の研究は新有機酸エチレンオキシドジカルボン酸等の発見をもたらすと同時に、この分野にいち早く生化学的な研究手法の重要性と問題意識を植え付けることとなった。また、後者は、わが国における微生物分類学の原点の一つとなったばかりでなく、大戦後のユネスコ等を通ずる微生物菌株保存事業にもつながっている。

大戦末期にペニシリン研究のために結成された碧素委員会に坂口が委員として参加して始まった抗生物質の研究は有馬啓らにより推進され、人工変異による色素を生産しないペニシリン生産株の造成に成功し、わが国の抗生物質工業の発展に重要な役割を果たした。その後も坂口の優れた指導の下に高橋甫、野村真康による微生物の有機酸代謝経路の研究、田村學造による火落酸(メバロン酸)の発見、別府輝彦によるカビの生産する新有機酸アロイソクエン酸の発見、有馬啓、矢野圭司らによる微生物の芳香族化合物分解経路に関する研究など多くの成果が挙げられた。さらに坂口と国中明らによる微生物の核酸分解酵素に関する研究は呈味性5’-ヌクレオチドの工業的製造法となって結実した。これらの業績に対し、坂口は昭和13年(1938)には日本農学賞、昭和25年(1950)日本学士院賞、昭和41年(1966)藤原賞、昭和42年(1967)文化勲章を受賞(受章)している。

昭和33年に教授に昇任した有馬啓は、当時勃興期にあったアミノ酸醗酵に大方の関心が集まる反面で抗生物質に代表される微生物スクリーニングの意義が充分認識されていなかった状況の中で、微生物の潜在機能を利用して新しい用途を開発するためのスクリーニングを積極的に開始した。

それによって、チーズ産業に不可欠な凝乳酵素であるキモシンの代替酵素としてのムコールレンニンの発見と実用化、安価なコレステロールからステロイドホルモンの原料を製造するための新しい微生物変換法の開発、新しい抗かび抗生物質ピロールニトリンの発見等多くの実用に直結する成果を挙げた。その一方で、矢野圭司、祥雲弘文らによる酸素添加酵素の反応機構に関する研究、別府輝彦らによるコリシンの作用機構の研究、魚住武司らによるコウジカビの菌体内ヌクレアーゼに関する研究など、微生物生理学、酵素学に関する基礎的研究においても多くの成果を挙げた。これらの業績により、有馬は昭和49年(1974)東レ化学技術賞、昭和51年(1976)紫綬褒章、昭和51年(1976)日本農芸化学会鈴木賞、昭和55年(1980)仏国ルッセル賞、昭和54年(1979)日本学士院賞、昭和59年(1984)藤原賞などを受賞(受章)している。

昭和52年(1977)別府輝彦が教授に昇任すると、助教授の魚住武司とともに我国で最も早く組換えDNA技術の確立に取り組んだが、その時の具体的目標として取り上げたのは有馬がかつて微生物スクリーニングの対象としたチーズ製造のための子牛第四胃由来の凝乳酵素キモシンであった。昭和57年(1982)に世界に先駆けて報文として発表されたキモシンcDNAのクローン化と引き続く大腸菌での発現成功は、わが国に於いて初めて独自の高等動物由来蛋白を遺伝子工学によって生産した実例として大きな意義を有している。

この研究はその後に開始されたケカビ由来のムコールレンニン遺伝子のクローン化とその酵母における分泌発現の研究と合流して、アスパラギン酸プロテアーゼのタンパク質工学へと発展し、凝乳酵素の実用性能の改良に成功したばかりでなく、生理的にも重要な役割をはたしているこの群のプロテアーゼの構造と機能の解明に大きく貢献した。この他にも、好熱菌の耐熱性リンゴ酸脱水素酵素、枯草菌の菌体内セリンプロテアーゼ、 Serratia marcescens の菌体外セリンプロテアーゼ、脱窒菌の亜硝酸還元酵素と銅蛋白、 Bacillus 属細菌のセルラーゼ等の遺伝子を次々にクローン化し、それらの一部については精密なX線構造解析を伴うタンパク質工学的研究を展開し、応用酵素学、微生物生理学上重要な多くの知見を明らかにした。

さらに、微生物由来の新しい生理活性物質を探索する試みも併行して行われ、フレンド白血病細胞の分化誘導物質としてのトリコスタチン、かび・酵母に形態異常を引き起こす活性物質としてのレプトマイシン等が発見された。それらの作用様式を解析する過程で、両者ともに培養動物細胞の細胞周期をG1およびG2期で特異的に停止させるなどこれまで知られていなかった新しい阻害活性を有することが明らかになった。また両者はがん細胞に対して強い選択的致死活性を示したことから、抗がん剤を細胞周期阻害剤の見地から見直すことを提唱した。

さらに、トリコスタチンの標的はヒストン脱アセチル化酵素であることが明確に証明されたが、これによってヒストンの高アセチル化が真核細胞の増殖・分化を制御する重要な因子であることが明らかにされた。また、レプトマイシンはタンパク質の核外輸送を司るCrm1を標的とすることが明らかにされ、これを実験のツールとして用いることによって多くのタンパク質の核外輸送を明らかにした。

これら一連の研究は現在急速に発展中であるが、微生物由来の二次代謝産物が真核細胞の増殖制御などの高次の生理現象を解析する道具として基礎的にも重要な役割を果し得ることを示している。これらの業績により、別府は昭和61年(1986)日本農芸化学会賞、平成2年(1990)国際微生物学会連合(IUMS)Arima Award、平成7年(1995)米国工業微生物学会Charles Thom Award、平成8年(1996)紫綬褒章、平成10年(1998)日本学士院賞などを受賞(受章)している。また、別府は平成21年(2009)に瑞宝重光章を受章している。

ストレプトマイシン生産菌 Streptomyces griseus の工業的育種における困難を見直そうとして始められた研究は、この菌においてストレプトマイシンと胞子形成を同時に正に制御するホルモン性因子A-ファクターの再発見をもたらし、平成6年(1994)に教授に昇任した堀之内末治によってA-ファクターの生合成遺伝子とレセプター蛋白、A-ファクターによって制御されるプロモーターとその結合蛋白等の存在が証明されて、原核生物におけるホルモンによる制御機構の存在が分子レベルで明らかにされた。

さらに別の放線菌 S. coelicolor からクローン化された多機能性制御遺伝子の産物が蛋白りん酸化を受けるという発見を契機として、放線菌の二次代謝の制御に蛋白りん酸化による信号伝達系が重要な役割を果たしていることが明らかにされた。これらの研究は原核生物における細胞分化が真核生物と共通性の高い分子機構で制御されていることを初めて明らかにしたもので、この分野の世界における研究をリードしつつある。

さらにゲノム解析の進展に伴い、各種微生物の全ゲノム配列が決定されつつある現状で、放線菌から新規なポリケタイド合成酵素や二次代謝に関わる新酵素を発見し、これらをコンビナトリアル生合成に利用することにより「非天然型」天然物質の微生物生産を可能にしつつある。

これらの業績により、堀之内は平成3年(1991)日本抗生物質学術協議会住木・梅沢記念賞、平成5年(1993)日本放線菌学会賞、平成16年(2004)有馬啓記念バイオインダストリー協会賞、平成18年(2006)日本農芸化学会賞などを受賞している。平成7年(1995)に助教授に昇進した吉田稔は、平成14年(2002)に理化学研究所化学遺伝学研究室の主任研究員として転出し、その後任には大西康夫が就いた。

堀之内は日本放線菌学会2007年度大会(尾道)の総会・授賞式(5月31日)において会長としての任務を果たした直後に病に倒れた。その後の2年以上に及ぶ闘病生活中も、並外れた体力と精神力をもって、現場での研究・教育を続けたが、2009年7月12日に永眠した(享年57才)。堀之内は従四位の位階を授与されるとともに、瑞宝中綬章を受章している。 2010年7月16日、大西康夫が堀之内の後任として、教授に昇任した。