雑誌紹介Off The Edge――文化芸術を通じて天命を知る(マレーシア)

山本博之
[2007年11月4日]

マレーシアに『Off The Edge』(以下、OTEと略)という英語の月刊誌がある。記事は音楽や舞台や出版など文化芸術が中心だが、ファリシュ・ヌールによる人気コラム「もう1つのマレーシア」に象徴されるように、現在のマレーシアの主流派が公に認めることのない、しかし決して現実に存在しないわけでも永遠に主流にならないわけでもない「もう1つのマレーシア」の姿を積極的に描こうとする硬派の雑誌だ。

「ふだん着のマレーシア人」

2007年8月、マレーシアでは独立50周年が盛大に祝われた。お祝いムードのなか、テレビやラジオ、そして新聞・雑誌でも独立50周年の記念特集が組まれていた。

OTEの2007年9月号も、通常より32ページ増で(しかも価格は据え置きで)「独立50周年」記念号を刊行した。まず目につくのは巻頭グラビアだ。24ページにわたり、27枚の写真で「ふだん着のマレーシア人たち」が紹介されている。紹介されている人たちは、雑貨店経営者、漁師、ゴムのタッパー、建設作業員、セックスワーカー、主婦などさまざまだが、政治家や実業家のように成功した人こそ誌面で取り上げる価値があるとするマレーシアの商業雑誌では決して大きく取り上げられない人ばかりだ。どの人も、自宅や職場で、まさにふだん着のまま写真に収まっている。この写真だけ見て、これが独立50周年の記念号だと気づく人はおそらくいないだろう。

マレーシアの商業雑誌の常識では考えられないこの巻頭グラビアこそ、経済開発と政治的安定、そしてそれを支える民族別原理によって特徴づけられるマレーシアの過去50年間の歩みとは異なる道を積極的に求めるOTEの性格をよく表わしている。

これまで50年間のマレーシア社会の主流であり続けてきた民族別原理について整理したうえで、それにかわるマレーシア像を描こうとするOTEの記事をいくつか紹介したい。

3つの「公認民族」

この50年間のマレーシア(1963年まではマラヤ連邦)の経験を振り返ったときに欠かせないのは、この国が「一民族一国家」の規範とは異なる「民族別原理」による国造りの道を積極的に歩んだこと、そして、多少の軌道修正を行いつつも、民族別原理が決定的な破綻を迎えることなく現在に至っていることだ。

マレーシアは多民族社会だ。半島部マレーシアだけ見ても、主にマレー人、華人(中華系)、インド人の3つの民族がいる。ただし、ここで「民族」(マレー語でバンサ)というのはマレーシアに特徴的な言い方であることに注意が必要だろう。一般的に「民族」と言ったときにイメージされるような文化的な集団という意味も含んでいるが、民族として社会に認められると政党、母語教育・母語新聞・文化団体などを持つことができるという意味で、文化的な枠組である以上に社会経済的な枠組としての性格を強く持っているのがマレーシアの「民族」なのだ。

やや乱暴に言えば、マレーシアでは民族が違えば母語も宗教も生活習慣も価値観も異なる。もっと乱暴に言えば、異なる民族どうしの社会的な関係は最低限のものでしかない。たとえば、民族が違えば食べるものも違うため、外食するときは別々の食堂に入ることになるため、テーブルが隣どうしで食事することはない。そして、民族別の区別は食べ物の選択だけでなく、社会生活のほとんどの部分に及んでいる。

それを図式的に言えば次のようになる。マレーシアでは「公認民族」と呼べるものが3つあり、それぞれ「マレー人はマレー人らしく」「華人は華人らしく」「インド人はインド人らしく」あるべきとされており、そのように振舞っている限り、マレー人はマレー人として、華人は華人として、インド人はインド人として、国や社会が制度や慣習によって優遇や保護を与えてくれる。自分はマレー人として生まれたけれど「マレー人らしい」生き方はしたくないという主張は、少なくとも公式には決して認められない。また、マレー人、華人、インド人という枠組を壊す恐れがあるため、異民族間の恋愛・結婚は当事者どうしの問題で済まず、家族・親戚から場合によっては民族間の問題にまで発展しかねない。別の記事で紹介されているように、イスラム教からキリスト教に改宗してキリスト教男性と結婚したことへの公認を求めようとしたリナ・ジョイ(Lina Joy)がたいへんな苦労をしているのはこのためだ。

むろん、現実には民族の違いを超えた社会的交流がないわけではない。ショッピングセンターのフードコートや洒落たカフェなどの登場で、違う民族の人どうしで同じテーブルで飲食する機会も増えてきた。ただし、飲食よりも深い関係で民族の壁を超えようとすると、マレーシア社会の主流派から積極的に認知されることはなく、常にある種の「逸脱」とみなされ、一定の限度を超えると「改心」を求める社会的な圧力を受けることになる。

民族別原理への対抗原理

このような民族別原理に対して、マレーシアではこれまでにいくつかの対抗原理が持ち出されてきた。これに対して主流派は、対抗原理の担い手たちを主流派に取り込んで対抗勢力の主張を部分的に受け入れつつも対抗勢力を民族別原理の枠にはめるか、あるいは対抗勢力を在野に置いて権限を与えないまま民族別原理の枠組に押し込めるイメージ戦略をとるかの方法によって、民族別原理をこれまで延命させてきた。対抗勢力にとってみれば、主流派に加わって民族別原理を受け入れ、自身を特定民族に特化させて自分たちの要求を部分的に実現させるか、それとも在野に留まって民族別原理への反対路線を維持するかという選択を迫られることになる。

1960年代の主な対抗原理は社会民主主義だった。この流れを受け継いで結成された政党の1つがマレーシア民政運動党(Gerakan)で、結成当初は多民族政党を標榜していたが、後に与党連合に取り込まれることで華人政党としての位置づけを受け入れた。同じく社会民主主義の流れを汲む民主行動党(DAP)は、現在に至るまで野党勢力として一定の影響力を維持しているが、マレー人の多くからは華人主体の政党と見られており、民族別原理の枠を超えた影響力は得られずにいる。

1980年代の主要な対抗原理はイスラム的価値だった。イスラム主義政党は、汎マラヤ・イスラム党(PAS、後に汎マレーシア・イスラム党に改称)が1950年代半ばから活動しており、クランタンなど一部の州で強い支持を得ているが、全国レベルでの影響力を持つには至っていない。

1980年代には、アヌアール・イブラヒムらにより、民族の別を超えて全国的に(さらには国境を越えて近隣諸国も含めて)イスラム的価値をもとに社会の再編を試みる動きも登場した。マハティール首相によってアヌアールがUMNOに取り込まれたことで与党内で一定の影響力を維持したが、1998年にアヌアールが失脚すると、その支持者たちは人民正義党(PKR)を結成して野党勢力となった。他方、与党は旧アヌアール派勢力を部分的に取り込み、イスラム的価値に重きを置く政策を進めている。これによって社会におけるイスラム的価値の見直しは実現したが、イスラム的価値はもっぱらマレー人に関する問題と認識され、イスラム的価値によって民族別原理を乗り越えるという当初の方向性は失われている。

そして2000年代の現在。対抗原理を明確にして政治運動の形をとるには至っていないが、「もう1つのマレーシア」を求める営みとして注目されるのは文化芸術の分野だ。特に映画の分野で民族別原理に正面から挑もうとする作品が目立つようになった。そして、マレーシア各地のこのような動きを活字媒体で結びつけることで積極的に支えているのがOTEだ。OTEが文化芸術と政治の2つの分野を対象としているのはそのことをよく表わしている。

文化と芸術で政治を語る

OTEは2005年に創刊された。私が購読しはじめた2005年9月号(第9号)より前の様子はわからないが、それ以降の誌面構成は大きく変わっていない。音楽、舞台、出版などマレーシアの文化芸術に関する記事のほか、マレーシアの「論壇」でよく知られた贅沢な執筆陣によるコラムが並んでいる。冒頭でも紹介したが、著書『もう1つのマレーシア』で知られる歴史学者・政治学者ファリシュ・ヌールの「もう1つのマレーシア」は人気コラムの1つだ。(ファリシュ・ヌールはこのほかにインドネシアやトルコなどのムスリム諸国の紀行文も書いている。)映画俳優をはじめ多くの顔を持つパトリック・テオの「テオロジー」は創刊当初から続いている。最近では、マラヤ共産党を扱った映画で知られる映画監督のアミル・ムハンマドによる政治家ウォッチングのコラムも始まった。

OTEは、ほぼ毎号のように、政治家や政治活動家へのインタビュー記事を掲載している。しかも、与党野党を問わず、幅広い人々を取り上げている。手元にあるOTEのバックナンバーから政治家・政治運動家のインタビュー記事を抜き出すと次のようになる。

社会の問題を扱った記事には次のようなものがある。

文化・芸術の記事で興味深いものに次のようなものがある。

独立100周年に向けて

50歳を迎えたマレーシアは、どのような「天命」を知るに至ったのか。

独立50周年を祝うマレーシアでは、人々は独立以来の歩みを振り返って満足するだけでなく、それぞれが次の50年間の目標を設定し、それに向かって歩もうとしている。そのなかには、民族別原理によって経済開発と政治的安定を支えるというこれまでの主流のあり方をよしとし、その延長上でさらなる発展を求めようとする立場もあれば、それとは異なる道での発展を求めようとする立場もある。

後者の「異なる道」は、今のところ主に文化や芸術の分野で発信されているが、いずれ社会生活の他の分野に影響が及んでいくことも十分に考えられる。今後50年間のマレーシアの方向性を占ううえでは、政治経済分野だけ見るのではなく、文化芸術分野への目配りも欠かせない。その意味で、OTEは、マレーシアで現在起こっている動きを理解し、将来を見通すための必読誌なのである。

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東京大学大学院総合文化研究科(地域文化研究専攻) 古田元夫ゼミ


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