金子奈央
[2011年1月21日]
「The process is the solution.」(その過程こそが答えだ)
これは、日本で開催されたマレーシア研究者の講演会の質疑応答で出された聴衆からの質問に対する演者からの返答だ。その質問は「マレーシアの真の民族共生と平和の形とはどのようなものだと思いますか」というものだった。「これは素朴な質問ではあるが、答えるのは難しいのではないだろうか」そんなことを考えていた次の瞬間、そのマレーシア人研究者から出た言葉が「The process is the solution.」だった。
今ここにはないけれど、どこかにあると信じられている「真の民族共生のかたち」を達成することがマレーシアに「真の平和」をもたらすのだとすれば、「真の民族共生のかたち」というものはどこにあるのだろうか。いまだにそれは未知なるものであるが、誰も見たことのないそれらを見つけるために「ああでもない、こうでもない」と言い合い、互いに競い合っているその過程に「マレーシアのありかた」が実は既に示されているということかな、とぼんやりと理解した。それらを探すために残した自らの軌跡に彼らにとって重要なものがあった、大切なものは実は自分たちの足もとにあったということだろうか。
マレーシアは、マレー人、華人、インド人という3つの主要な民族と、その他の先住諸民族から構成される多民族社会である。言語、習慣、宗教など様々な点で異なる多様な民族がマレーシアを構成しており、「多様性の尊重」や「国民統合の達成」といった問題は、独立から約50年経った現在に至るまで長らくマレーシアが対峙する重要な課題であり続けている。それはまたマレーシア国内外の多くの人の関心を集める問題でもあるため、民族問題を研究しているマレーシア人研究者に講演会で上記のような質問が飛んだのであろう。マレーシア社会を表現したその「The process is the solution.」というあり方は、マレーシアのふとした場面に多く散りばめられているものである。本稿では、そのうちのひとつである「学校」という場で展開されたものを紹介したい。
以下の3つの写真をご覧頂きたい。
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左はマレーシアの独立52周年(2009年)を祝うポスター、真ん中が「公民教育」科目の教科書に掲載されている挿絵(華語国民型学校用/4学年)、そして右が独立記念日(8月31日)に先立って「公民教育」の授業で行われた「愛国心を表現する」という単元で作成されたポスター(華語国民型学校のもの)である。
「民族が仲良く平和に暮らす国マレーシア」をアピールしたり、そのような国を目指そうというメッセージを発したりする際、国旗を背景にマレーシアを構成する主要民族が仲良く寄り添い合う図がたびたび登場する。この図は、町中や学校など様々な場所に溢れかえっている。ここには華語の写真しかないが、マレー語学校のマレー人児童も、タミル語学校のインド人児童も同様のポスターを描く。つまり、全ての民族の児童が各民族語別の小学校において大差なく「国旗を背景に各民族の伝統的な衣装を着た人々が仲良く寄り添い合う構図」を用いて「マレーシアへの愛国心」を表現するポスターを描いた。
マレーシアの国民教育政策は、「教育を通してナショナル・アイデンティティの形成を目指したい」政府と、「エスニック・アイデンティティを維持する場として民族教育制度を残したい」華人やインド人とのコンフリクトの歴史として描かれてきた。イギリスの植民地期には、マレー人、華人、インド人はそれぞれの民族語(Vernacular)であるマレー語、華語、タミル語を用いた学校をもっており、それにイギリス政庁やミッショナリーの運営する英語学校(英語を使用する学校)をあわせて計4種類の学校が存在した。独立後、国民教育制度の確立期には、これまであった民族語別の学校を改め、全民族の子弟を同じ学校で学ばせる「国民学校構想」が模索された。それに対して、華人やインド人は「国民の統合は言語の単一性や文化の単純さに基づくものではない」と主張し、多文化主義や民族の文化や伝統の保持という観点から国民学校構想に異議を唱え、英領マラヤ時代からある各民族の言語を用いた学校の存続を求めた。
その後、初等教育段階においては各民族の言語を使用した学校の維持が認められ、現在では公立小学校としてマレー語を使用する国民学校、華語(マンダリン)およびタミル語を使用する国民型学校がそれぞれ存在する。以前あった初等教育および中等教育における英語学校は廃止され、中等教育(日本の中学校と高校を合わせたもの。現在は計5年の課程となっている)以降は公立学校としてはマレー語による学校のみが許されることとなった。現在も初等教育段階においては各自の民族語で教育を行う学校が維持されているため、主要3大民族(マレー人、華人、インド人)の両親たちは自分たちの民族語を使用する小学校に子どもたちをそれぞれ通わせることが多い。
このような教育にまつわる歴史を概観すると、華人やインド人にとって、教育はマレーシア人となるためよりも華人やインド人であり続けるために必要であると考えられてきたと理解するのは自然かもしれない。今回取り上げた小学校教育においても、それぞれの民族の両親は自分たちの子どもを自分たちの民族語が使用される学校に入れる傾向が強い。従って、各民族語小学校は、それぞれ自分と同じ民族の教員、児童で概ね構成されるといった状況にある。ただし、各民族別社会の縮図のような各小学校において、他民族の目がなくとも全ての民族がそれぞれの場所で同じものを用いて「愛国心」を表現したという点に、「マレーシアの民族共生の在り方」を見出すことができるように思う。民族が棲み分けるように生活する日常の姿を見ると、「あるべき民族の共生」からは程遠いと感じる人たちも多く、「真の民族共生」の達成を希求する声も多くあがるのかもしれない。民族ごとの差異が強調され、差異を認め合うことに目が向きがちであるが、彼らと異なるコミュニティに所属しながらも「国旗を背景に主要な民族の人たちが仲良く寄り添い合う」という絵に「希求すべきマレーシア像」を見出し、それを共有しているように思う。
マレーシアのあちらこちらに溢れているこれらの絵が表現するようなマレーシアが一体どこにあるのか、どうすれば見つけることができるのか、まだ誰もそれを解さず、ぼんやりとした言葉で表現されるにとどまっている。しかし、それぞれの立場からその答えを見つけようと奮闘し、議論し合い、求めあう、そのプロセスと仕組みが「マレーシアにおける民族の在り方」そのものでもあると表現することもできるだろう。各民族がそれぞれ別の場を持つことを求めた小学校において、各民族の児童が「希求すべきマレーシア像」として同じ絵を描いたこの事例は、異なった場所や立場を持つマレーシアの人々がこの地で上手に生きていくために共有しているものがあることを伝えてくれた。独立記念日直前のマレーシアの小学校は、「The process is the solution.」というマレーシアの民族共生のあり方を、ずばり表現した場であったのではないだろうか。
2010年8月31日は、マレーシアの独立53周年記念日だ。テレビではナジブ首相の提唱する 「1 Malaysia」(ひとつのマレーシア) と共に、「negara tercinta ku」(わが最愛の国) や 「patriotisma」(愛国心) といった言葉や、主要民族の伝統衣装に身をまとった人々が寄り添い国歌や愛国歌を歌う姿が終日映し出されている。以前はヤスミン・アフマド(マレーシアのCMディレクター、映画監督。2009年7月に急逝)による国営石油会社ペトロナスのコマーシャルで見られるくらいだった多様な民族の融和を題材とした映像が一層増えてきたように感じる。独立記念日の特番ドラマとして、マレー人と華人とインド人の少年が学校の宿題でマレーシアの独立について調べるという内容のものが放送されていた。3人は自宅の庭先で国歌のヌガラクを歌いながら、国旗を掲揚し、改めて「愛国心ってどんなものだろう?」と意見を出し合い考えていた。
数あるテレビチャンネルのどこを見ても、「では、どのようになれば「真の民族共生」なのか」についての具体的な答えを提示しているものはない。しかし、一方で溢れかえる抽象的な言葉や「国旗を背景に主要民族が仲良く寄り添う」という単純な絵で表現されるものを共有し、それぞれの立場からそれを探し求めるその姿に「探し求めていた何か」を見出すことも可能なのではないだろうか。
東京大学大学院総合文化研究科(地域文化研究専攻) 古田元夫ゼミ
