ベトナム語との格闘は続く

伊藤正子
[2011年1月21日]

留学中やフィールド調査での苦労話などを書くようにという依頼があったので、地域研究に欠かせない「ことば」について書くことにする。

初めてベトナム語に出会ったのは、今から26年も前の大学の学部生の時代に、古田先生のベトナム語の授業においてであった。何種類ものベトナム語の教科書が書店のアジア言語コーナーの一角を占領している現在とは違い、テキストは古田先生の手書きプリントであり、書店で購入できたのは越日小辞典(竹内与之助編)一種類のみであった。この小辞典は現在でも日本で発行されている唯一の越日辞典である。漢越語(漢字起源のベトナム語)には漢字が付してあるなど、日本人にはそれなりに使い易いものであったが、「小」辞典であるから語彙は十分ではない。文法もそこそこに、学部2年生からは古田先生のベトナム語読解の授業に出て、この辞書でベトナム語の新聞を読むことになったが、当然のことながらただちにお手上げ状態であった。ドイモイ開始前の時期で、現在のようにベトナムで発行されている辞書を簡単に取り寄せることもできない。そこで、古田先生が当時持っておられた越英辞典をお借りして、全ページコピーし、1冊3センチほどの厚みの3分冊にもなる巨大な辞書に製本して、それを長く使うことになった。

大学卒業後しばらく研究から離れており、リスニングやスピーキングに本格的に取り組んだのは、初めてベトナム語を習ってから10年以上ののち、ベトナム北部のハノイに留学してからのことであった。ベトナム語には6種の声調があるが、最も苦労したのはナン(n?ng)と呼ばれる短く低い音である。日本語にはなく発音しにくい。おまけに私は広島出身である。広島弁は単語の語尾に力を入れて発音し、かつその語尾を上げる特徴がある。初めにベトナム語を習ったのはゴック(Ng?c)先生だった。ベトナムは現在、アルファベットに独特のしるしをつけてベトナム語を表記しているが、かつては正式な文書には全て漢字を使用しており、現在でもほとんどのベトナム人の名前は漢字を用いて書くことができる。漢字を当てるとゴック先生の名前は「玉」で、音はこのナンであった。しかし1、2ヶ月たったとき、おおやのおばさんと話していると、「Masako、その発音はおかしいよ。そのゴック(Ng?c)はngu(愚)の意味だよ、それでは『バカ先生』になってしまうよ・・・」と言われてしまった。ナンの短く低く落とす発音ができず、さらには広島人が災いして語尾を上げて発音していたのである。辞書で調べるとngu ng?cで「愚かな、愚鈍である」などとあった。

さらに数ヶ月がたち、ベトナム語も少しは上達して、授業で新聞記事を読んでいる時であった。ヒエップ(hi?p)という言葉の意味を辞書で調べて目が釘付けになってしまった。ヒエップ(hi?p)に漢字をあてると脅という字であり、意味は「強姦する」となっていたのである。当時、日本研究センター(現、東北アジア研究所)の所長がヒエップ先生という方だったが、私の留学の少し前に日本を訪問されたことがあり、その時いただいた名詞が英語のみで書いてあったため、私はヒエップ先生の名前の声調を正確には知らなかった。そのため、留学後も何度か研究所に遊びに行かせていただいていたが、いつもHi?p先生、Hi?p先生と語尾をしっかり上げて呼んでいたのである。ただしくは、やはりナンの発音のヒエップ(Hi?p)であり、漢字をあてると協であった。ヒエップ(Hi?p)先生は、あまりのことに私の誤ったベトナム語を訂正できなかったのだと思われる。

さすがにこの事件後、私はナンの音を完全にマスターし、このようなベトナム語初級者としての格闘は終わったと思っていた。しかし、ベトナム語は手ごわい。私は北部育ちで北部の発音しかできないのに、ホーチミン市などに行くと、5声しかない南部語を話す人たちからは「バッキー(B?c K?)」と田舎ものというニュアンスの侮蔑のこもった呼び方をされる。さらにメコンデルタの端の方へいくと、かなりリスニング力が落ちてくる。

しかし、ここ3年ほど行くことが多かった中部方言はそんな生易しいものではなかった。ダナン周辺の言葉はわかりにくいとは聞いていたし、ダナンのタクシー運転手との会話がスムーズに行かなかった経験はあったのだが、クアンナム省の田舎では、ついに「これはベトナム語ではない」という思いにとらわれた。話をしてくれるおじいさん、おばあさんが話す言葉は、たまに単語が聞き取れるかどうかというレベルで、何を話しているのか全くわからない。一緒に行ったハノイの研究者Bさんも聞き取れず、同行した地元の青年団の若者Aさんがおじいさんのクアンナム語をまずBさんのために訳してくれ、それをBさんが私のために慣れている北部弁に直してくれてやっと聞き取れるというありさまであった。間に二人も通訳が入るというベトナムの調査でも初めての経験となった。私は北部の少数民族地域で長く調査をしてきており、相手が少数民族語しか話せない場合に間にベトナム語通訳に入ってもらうことが稀にあったが、その時でさえ通訳は一人であった。Aさんの話はおじいさんが話してくれた長さの半分くらいになっており、それをBさんが訳してくれるとさらにかなり短くなってしまった。通常は話を聞いていて疑問に思った点を再度質問してクリアにするのものだが、このありさまでは自分が理解できないところがわからないので、再度の質問もしようがない。留学中と異なり時間の余裕もなく、消化不良のまま時間切れで帰国した。

帰国後、あまりにわずかしか書き留めることができなかったノートをどうにかしなければならないと思い、クアンナム出身のベトナム人留学生を紹介してもらって、録音のテープおこしをアルバイトでしてもらうことにした。しかし甘かった。発音や声調が違うからわからないのだから、文字にしたものならわかるだろうと考えていたのだが、そもそも単語が違っていたのである。文字資料となったインタビュー記録には聞いたことのない単語が並び、はしから辞書で調べるはめになったうえ、辞書をひくたびに「地方語」という説明が出て来るし、そもそも辞書に載っていない言葉まで頻出するのであった。

辞書を抱えて途方にくれている現況は、26年前に竹内与之助編の越日小辞典に載っていない単語に翻弄されていた頃と、辞書数は、越英、越漢、越越などと格段に増えたけれども、あまり変わっていないような気もしている・・・。どの言語もそうなのだろうが、ベトナム語は奥深い。

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東京大学大学院総合文化研究科(地域文化研究専攻) 古田元夫ゼミ


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