ビル生産性向上史

霞が関ビル
1968年4月

日本で初めて100mを超えた本格的超高層霞が関ビル(高さ147m)ではありとあらゆる生産性向上の取り組みが見られた。施工した鹿島建設は浜松町の世界貿易センタービルなど連続して超高層を受注。

鉄骨やデッキプレートなどフロア6日の連続繰り返し工程が組まれた。外周に3.2mピッチで並んだ大断面H形鋼の柱間はブラケット同士を直接つなげて短い梁を省略した。スパンをとばす大梁はH形鋼をジグザグに切ってからひっくり返して溶接しハニカム梁とした。

トイレや天井もユニット化した。トイレは水平配管を床上に設置し床工事との干渉をなくした。天井は照明や設備を1列に集めて、仕上げ工事と設備工事が取り合わないようにした。

工程管理では、PERTに基づいたネットワーク工程表を作成した。雨・風の日数も統計的に予測し、計画と実際の建方工程は1日しか違わなかった。

揚重は、セルフクライミングのタワークレーンを開発した。旋回体とマストが分離し、旋回体を鉄骨に固定してマストをせり上げることが可能になった。 上階のコンクリートは圧送が使えずエレエータ-で揚重した。15階から上ではベルトコンベアでコンクリートを水平搬送した。

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鉄骨建方(BCS50年記念誌より転載)。2機のタワークレーン(200t・m)が見える。妻面は人荷用、平面はコンクリート用エレベーター。当初はカーテンウォール工事が追いかける予定だったが設計に時間がかかり始まっていない

東京卸売りセンタービル
1970年2月

地下3階、地上13階ながら、延床17.4万㎡の巨大な面積を持つビル(基準階約88m×約109m、竣工当時は日本最大の容積率)。これを27ヶ月の工期で施工するために、SEC積層工法が開発された。積層工法とは構造、仕上げ、設備を1階ずつ仕上げ、構造を施工する直下階ではすぐにせ仕上げ工事、設備工事が始められる。また、作業床が早く完成するため安全性も高い。

柱はSRCであり、まず十字型の鉄骨を建てるが、大梁との接合部はウェブをなくし、十字型のパネルが挟んである。ここに大梁から羽子板上に張り出したピースを合わせてボルトで留める。梁はプレキャストコンクリート(PCa)である。床も3600mm角のPCaを並べる。

PCa床は地下1階、大梁は1階で製造された。PCaだけで45000tを製造した。地下のPC工場は打設、移動、ストックの場所が無駄なく配置されホイストクレーンが縦横に走っている。

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PC大梁を柱に取り付ける(建築技術1970年6月号より)

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地下1階に設けられたPC工場レイアウト(建築技術1970年6月号より)

朝日東海ビル
1971年7月

霞が関ビルの3年後に竣工した清水建設初の超高層ビル。デッキプレート、ハニカム梁、ユニット天井、タクト工程など多くの技術が共通している。

朝日東海ビルでも連続繰り返しがテーマになり、5階(高層部の最下階)を実験フロアにして施工の確認を行った(最初に作り込んだために習熟効果は見られなかったとも)。また、日本で初めて、施工現場にミニコンピュータFACOM-Rが導入されたが、工程計画には本社の大型計算機が使われたようである。村松貞次郎による施工者へのインタビューでは、事前にコンピュータを使って施工のシミュレーションを繰り返すことで、『頭の中に建物が建ってしまった』(「施工」1971年6月号)と答えている。

タワークレーンもワイヤーを用いたせり上げから油圧式に改良され安全性が増した。リフトは90m/秒(2.5)の高速高揚程リフトが清水建設機械部によって開発された。コンクリートの揚重もリフトで行っている。揚重管理は揚重専従班を組織し、1週間単位で揚重計画を揚重センターに提出し調整した。

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朝日東海ビルで稼働中のタワークレーン。手前が高速リフト(清水建設200年史より)

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施工現場のミニコンピュータFACOM-R(BCS50年史より)

横浜天理教館
1972年12月

設計施工一貫による初の超高層建築であり、半世紀ほど前まで海であった超軟弱地盤に、高さ100m越えの建物が建つのは世界でも初めてとされる。

地下工事ではTBA(Takenaka Basement Wall)工法による地中連続壁が構築され、超高層建築では、初めて地下構造躯体として構造審議会により認められた。

また、従来高所でのコンクリート打設は、垂直搬送をコンクリートタワー、水平搬送をカートやコンクリートポンプを用いて行っていたが、これより軽量コンクリートを高所圧送するためのコンクリートポンプが開発された。それにより、デッキプレートを捨て型枠とした軽量コンクリートが102mの高さまで打設可能となった。

資材揚重は、野帳方式による自主管理方式が採られた。工事に必要な資材は、協力会社が把握しているため、ゼネコンから特に指示を行う必要がなくなり、協力会社も手続きを行わなければ資材を揚重できないことから、責任感と計画性をもたせることに繋がった。

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最上階(高さ102m)打設の様子。最上階打設時でもポンプ圧力に余力があり、高さ130m程度まで圧送可能とされた(「施工」1973年6月号より)

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揚重運営リスト。揚重1週間前から、運営リストに、協力会社をはじめとする揚重依頼者が揚重する資材の記入を行った(「施工」1973年6月号より)

大阪大林ビル
1973年1月

大阪大林ビルは、基準階平面中央にコアを配置し、南北に柱のない執務空間が計画された、最高高さ120mの超高層ビルである。

コア内に設けられた耐震壁と、梁成3mの大型梁からなる十字型の大架構形式「クロスストラクチュア」の採用により、鋼材量の削減がなされた。

外周の柱スパンが広い(9m)という構造上の特徴を活かし、多くの資材の揚重が外部から行われた。

それにより、内部のダメ工事を抑えることに繋がった。具体的には、まず南北面に設けられた跳ね出し構台を用いて床版工事の鉄筋や設備パイプ類の揚重を行い、後続の外装アルミサッシやスチールドア等の大型資材が揚重された。

そのため外装PC板取り付け工事は、先述の資材の揚重の後行われた。

また、煩雑な資材を効率よく揚重するため、専門工事会社協力のもと、独自のコンテナ(写真2)や台車の製作、パレット化や、梱包養生の削減の徹底がなされた。

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施工中の外観。外装工事が鉄骨工事を追いかけていないため、鉄骨躯体が顕になっている(「施工」1973年2月号より)

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ダクト類を積載したロングリフト用コンテナ(1000mm×1000mm×4100mm)。資材の揚重後は、コンテナを折り畳み、荷降ろしされた(「施工」1973年2月号より)

西武新宿ビル
1977年2月

西武新宿ビルは、2階には西武新宿線のホーム、高層部には600室のホテルを有する、最高高さ94.8mの多目的用途の複合ビルである。

地下工事では逆打ち工法を採用し、デッキプレートとしてPC床板を用いることで、開口部をなくし作業の安全性を確保した。

当ビルでは、プレハブ化、ユニット化、コンテナ化、パレット化といった現場での生産性向上が様々な面から図られた。

一例として、ホテル客室の間仕切りにもなる、PC耐震壁を鉄骨大梁と特殊な治具で一体化し、建方と同時に吊り込む工法が採用された。

揚重前に一体化することで、揚重回数が減り、省力化・工期短縮に繋がるとともに、地上で安全に作業を行うことができた。

また、従来のホテル施工ではパイプシャフト配管をフレームで組み、取り付ける方法が一般的であったが、当ビルでは初めて配管自体を取り囲むシャフト壁自体をPCで造り、一体で搬入・取り付けがなされた。

これにより、パイプシャフトスペースの縮小化や、設備配管作業の標準化・規格化といったメリットが生み出された。

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治具上で大梁とPC耐震壁を溶接する様子。一体となった大梁の重量は、180Wのタワークレーンでギリギリ揚重できる7tとしている(「施工」1977年8月号より)

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採用されたPCユニットシャフト。配管接続はシャフトにドッキングする形が採られた。全ての配管の接続はシャフト内で行われるので、接続が目視でき、メンテナンスも容易となった(「施工」1977年8月号より)

阪急グランドビル
1977年7月

阪急グランドビルは、大阪の中心地、旧梅田駅の移転に伴う跡地利用のプロジェクトで、最高高さ127mを誇る。

施工上の特長は、コンクリート工事にある。

当時コンクリート躯体に発生する亀裂に関するクレームが多かったため、当ビルではスランプ18cmの中練コンクリートの使用を義務付けた。

既存のコンクリートポンプでは垂直揚重の高さに限度があったため、新たにコンクリート掲送システムが開発された。

具体的には、13階までのフロアは、従来通りコンクリートポンプを用いた直接圧送を行い、14階以上はコンクリートタワーによる垂直揚重の後、水平圧送には小型定置式ポンプが使用された。

既存の中低層用コンクリートタワーでは、所定階におけるバケット反転時にコンクリートが外部に飛散してしまうため、新たに超高層用のコンクリートバケットが開発された。

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コンクリート掲送システムの全景。コンクリートタワー上をスウィングバケットが垂直移動する(「施工」1978年7月号より)

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超高層用のコンクリートバケットの形状。中練コンクリートの流出を良くするために細長い形状になっている(「施工」1978年7月号より)

富国生命ビル
1980年1月

富国生命ビルは、最高高さ120m、延床面積約90000㎡のプロジェクトである。地上鉄骨工事では、各節ごとの最上階のスラブコンクリートを先に施工する、三段跳び工法が採用された。

スラブを打設した後に建方を開始することで、上下作業を完全になくすことができるのと同時に、コンクリートスラブ上で建方を行うので作業性がよく、資材の仮置きスペースが確保できるメリットがあった。

外装カーテンウォール工事では、部材を柱ユニットと窓ユニットの2種類に抑えることで、取り付けピース数や現場打ちのシール打ち作業を少なくし、工期の短縮が図られた。このユニット化に伴い、運搬・仮置きのためのコンテナが製作された。

床板コンクリート工事では、スランプ値18cmの軽量コンクリートを最上階まで圧送する必要があったが、コンクリートポンプの性能から、地上6階まではポンプを用い、それ以上の高さは垂直揚重をヨーヨーホイスト、水平搬送は定置ポンプを用いて行った。

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三段跳び工法(「施工」1980年10月号より)

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窓ユニット搬送用コンテナ。横移動は人力で行えるように計画され、コンテナのままタワークレーンやリフトによって揚重された(「施工」1980年11月号より)

仙台第一生命タワービルディング
1985年5月

仙台第一生命タワービルディングは、東北地方初の本格的高層建築で最高高さは92.2mである。

施工上の大きな特徴は、前例が少なく施工上複合が難しいと言われていた、PCa板による横連窓型外装カーテンウォールである。従来、横連窓型カーテンウォールは、PC板、サッシ、ガラス、シールを別々に施工する必要があり、施工工数と全体の工期が見合わない等の課題があった。そこで在来型のPC板に床を取り付けた、ト型PC板が開発された。

PC板周辺の部位・機能をト型に突き出た床部に複合することで、全体の工数の削減がなされた。また、ト型とすることにより床開口部が閉鎖され、安全性が確保された。

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ト型PC板詳細図(「施工」1986年2月号より)

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PC形状(「施工」1986年2月号より)

新宿グリーンタワービル
1986年4月

新宿グリーンタワービルは、新宿駅西側の市街地再開発事業の一環として建設された超高層ビルである。

地下4階、地上29階の延床面積約52300㎡で、最高高さ109mの規模を持つ。

施工上の特徴は大きく2つある。1つは、基準節工程を通常の工事を上回る速さの基本サイクルで計画、実行したことである。具体的には、床板ユニットの採用やタワークレーンのベースに工夫を施すことで、通常1~2日かかるクライミングを半日程度に短縮できた。

2つ目に床板コンクリート工事が挙げられる。従来のコンクリート工事とは異なり、気乾単位容積重量1.65t/㎥、指定スランプ20㎝の軽量コンクリートを、最高109mの高さまでポンプ圧送した。

日本においてこの種のコンクリートを100m以上の高さまでポンプ圧送した例はそれまで少なく、事前に詳細な検討を要した。これにより工事の省力化や工期短縮に貢献した。

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採用された床板ユニット。タワークレーンの負荷低減以外に、安全面でも大きな効果を得られた(「施工」1985年12月号より)

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軽量コンクリートの高所圧送工事を実現するために考えられたフローチャート。要求品質を満たし、かつポンプの閉塞を起こさないことが求められた(「施工」1985年12月号より)

梅田センタービル
1987年3月

時代を象徴したインテリジェントビル。施工でも生産性向上を目指した多くの取組が行われた。竹中工務店の設計・施工である。設計と施工の緊密によって、残業は全くなかったとのこと。

施工面で特徴的なのは大型PCaフロアパネル。施工現場の一画で、鉄骨梁と一体化した約3m×約14m、重量約12tの大型のパネルを製造し、タワークレーンで揚重した。

1日の揚重回数60回を目標に揚重能力の向上が図られた。揚重専従班をおき、資材の荷下ろしから必要場所への運搬までを担うとともに、コンピュータを用いて揚重量・時間の徹底的な管理を行った。労務管理もシステム化し、入退場は磁気カードで管理するとともに、施工現場に5台のコンピュータをおき、専門工事業者が入力するよう促した。

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大型PCaフロアパネル(「梅田センタービル物語」より)

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磁気カード(「施工」1987年12月号より)

新神戸オリエンタルシティ
1988年9月

最高高さ158mを誇る当ビルは、ホテルや劇場、ショッピングセンターを含めた複合施設である。

本工事は標準工程38ヵ月程度のところを30.3ヵ月(実質工期)にする必要があり、工期短縮には新規開発技術と保有技術の組み合わせが大きく貢献した。

地上工事では低層の1階~4階と高層の5階~12階までの構造を変え、まず5階まで躯体を立ち上げてから、同時に低層と高層の工事を行った。

また、平面的には低層部の7つの工区とタワー部の合計8つの工区に分割して、垂直タクトと水平タクトを組み合わせた。これらの工夫で躯体工期は約4.5ヵ月短縮することができた。

また、客室数約600室のホテル新築工事でもあるので、従来の仕上状況のチェック手法では煩雑であることが予測された。そこで当工事ではハンディターミナルとバーコードリーダーを使用した新しいシステムが開発された。従来、野帳やチェックシートにてデータを記録し、そのデータを改めてコンピューターに再度入力するという二度手間になる作業を行っていたが、このシステムではこれを1回で済ますことができた。

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躯体工事の工程計画が工期の短縮に大きく貢献していることがわかる。最も輻輳するタワー部工区では、タワー部の鉄骨建方、低層部の躯体工事、地下階の逆打ち後打ち躯体工事が同時に行われるという状態であった(「施工」1989年5月号より)

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このシステムの開発により、従来の手書き指示書と比べて、バーコードリーダーを用いる方法で21%、ハンディターミナルの液晶タッチによる方法で12%の時間短縮が行われた。(「施工」1989年5月号より)

三井倉庫箱崎ビル
1989年3月

最高高さ100mの事務所兼集合住宅の超高層ビルである。当ビルの施工にあたっては複合化工法が採用された。生産性向上のため地上工事では、床壁のPCa化や溶接ロボットの採用による少人化、コア先行工法による工期短縮が図られた。

また、これらハード技術をサポートするための各種システムが採用された。

揚重に着目すると、この建物は基準階面積が4641㎡と大きく、揚重量が膨大であること(鉄骨総重量18800t、外装PCa 4090枚など)、1ピース毎の重量が重いことが特殊性として挙げられる。

これに対して①タワークレーンによる先行揚重、②吊り能力の有効利用、③本設エレベーターの早期仮設、④大型高速リフトと揚重システムの開発が基本方針として立てられた。

特に④については1日当たりの揚重回数が115回と想定され、当時の機械で可能であった70回を上回ったため、新しいリフト及び揚重システムが開発された。

その結果、目標値の115回/日を実現することができた。

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地下工事では竹中連続壁(TBW)工法により、工期の短縮、少人化が図られた(「施工」1988年10月号より)

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荷台形状を自在化し、様々なニーズに応えられる多機能リフト。荷の積み降ろしの省人化や円滑な移載を可能とした移載機により、揚重効率の向上が図られた(「施工」1988年12月号より)

日本電気本社ビル
1990年1月

最高高さ180mのこの超高層ビルは従来の箱型のビルとは異なり、階数が上がるにつれて細くなる形状をしている。

この建物は鉄骨が2万4000t使用され、16階、27階、38階にあるスーパートラス鉄骨などをどのように揚重、建方を行うかが生産性に関わる点であった。

従来、超高層ビル用のタワークレーンの最大揚重能力は当時400t・mであったが、それを上回る900t・mのタワークレーンを開発し、極厚H形鋼柱のジョイント数を減らすことで、揚重回数も削減することができた。

また、揚重能力に余裕があることから、床板ユニット工法を採用することでさらに揚重回数を削減し、工期短縮が可能になった。

当工事ではビルの形状が3段階で異なるため揚重量がそれぞれ異なるという煩雑さがあった。

さらに、内部揚重量も3万5000回という回数が想定されたため、リフトにコンピューターと自動計量装置を組み込んだ新しい揚重管理システムを開発した。

これにより必要な材料を適切な箇所に揚重することが可能となった。

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中央部の建方様子。新開発された900t・mのタワークレーンが2台稼働している。また、地下工事は中央部を先行して掘削し、周辺部は2分割で掘削が行われている(「施工」1990年7月号より)

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900t・mのタワークレーンが開発されることとなる、工法・機種選定最終検討表。最終的には上から3つ目のスーパートラスは分割建方し現場溶接する工法で決まった(「施工」1990年7月号より)

クリスタルタワー
1990年8月

クリスタルタワーは高さ157mのオフィスビルである。この建物ではハード技術を使用するためのソフト面から補助した情報化施工管理システムを多数開発、採用することで生産性向上に取り組んだ。

「……作業所事務所に制御ステーションを設置し、作業所内の情報のやり取りには、作業所内に作業所LANを構築し、作業所外との情報のやりとりは、VAN,公衆回線を介して行った。」(雑誌「施工」1991年1月号より)という文面からも情報化という点に力を入れたことがうかがえる。

具体的には、①GYOMS(施工管理業務チェックリスト作成システム、②PMDB(プロジェクトマネージメントデータベース)、人部屋③気象情報サービスシステム、④IDカード就労管理システム、⑤仕上工事チェックシステム、⑥個別工事管理システム、といったシステムがこの工事で使用された。そのうち⑤については新神戸オリエンタルシティでも活用された。

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プロジェクトの情報を中心とした管理のために必要なデータベースで、計画管理業務をより効率的に行うことが可能となった(「施工」1991年1月号より)

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作業員の入退を磁気カードにて自動で管理するシステムである。また、パソコンに存在する免許・資格などの個人情報と対応することで、検索も可能とした(「施工」1991年1月号より)

リバーサイド墨田独身寮
1994年4月

全自動化施工で最も実施数が多いのが、大林組のABCS(Automated Building Construction System)である。SCF(Super Construction Factory)と呼ばれる覆いをかけて天候の影響を避け、垂直・水平の搬送システムによっって部材を所定の位置まで運び取り付けることを目指した。SCF自体が徐々にクライミングし、最終的に本設の躯体として使われる。

垂直の搬送は大型リフト(2.5m×8m)、水平搬送はSCFクレーンで行った。部材の管理はバーコードで行った。柱の自動溶接ロボット等のロボットも開発されている。

工事の管理はSCF内に設けられた中央制御室で行われ、SCFの上昇に合わせて中央制御室も上昇した。2層1節の柱を千鳥に配置することで柱を利用してSCFのせり上げを可能にしている。

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SCF内部。1層ずつずれた柱が千鳥に並ぶ(大林組技術研究報No.49より)

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柱用自動溶接ロボット。リング上で様々な形状の柱に対応できる(大林組技術研究報No.49より)