学科紹介

統合自然科学科に来るといいことがあります

教養学部 統合自然学科学科長 石浦章一

 新しく教養学部が再編成され、平成24年の進学振分けから理系の目玉として統合自然科学科が加わった。まずは、その理念と設立の経緯をお話しすることにしよう。

統合自然科学科の理念

 21世紀の科学は、いろいろな学問分野が複雑に絡まりあって進歩しており、既存の概念にあてはまらない新しい研究領域の出現が待たれている。新たな学問分野の創造には、柔軟な思考、広い知識、そしてそれを統合する能力が必要となる。教養学部に設置されていた基礎科学科と生命・認知科学科は、東京大学の中でもユニークな学科で、Late Specializationを標榜し、それぞれ数理・物質科学、生命・認知脳科学を専門としてその周辺領域をカバーする融合型学科であった。しかし、これだけでは時代の潮流と並行して走るのみであり、2つの学科を統合するとともに新しい分野である身体運動科学や複雑系生命科学を加えて、最先端の自然科学を学ぶ体制を作ることになったのである。

 新しい科学分野を創造するということは、新しい価値を創り出すことである。我が国の科学で最も遅れていたのが新分野の創生である。コンピュータ制作、wwwによるネット戦略、個人情報など、これらの価値の創造には我が国の科学がほとんど関与していない(利用は上手だ)ことが、問題なのである。

新学科の内容

新しい学科には、それぞれ数理科学、物質科学、生命科学、および認知行動学に重点を置いた教育をめざす「数理自然科学」、「物質基礎科学」、「統合生命科学」、および「認知行動科学」の4つのコースと、新しく発足した「スポーツ科学」サブコースが用意されている。

 「数理自然科学コース」では、様々な数理的概念の理解を深めつつ広く自然現象の背後にある数理的構造を学び、自然科学を総合的に理解することによって、高度な数理的思考や手法を多様な分野に生かすことのできる人材を育成する。「物質基礎科学コース」では、広く物理・化学的概念を学び、その深化・統合によってミクロからマクロにわたる物質世界の理解を深め、物質科学の新しい学問領域を開拓できる人材を育成する。「統合生命科学コース」は、生化学、分子生物学など伝統的な学問体系の基礎を勉強するとともに駒場生命系の特徴である脳や認知神経科学、複雑系生物学などの新しい学問分野を開拓し、ヒト、動物、植物、微生物に至る広く生命の実態を分子レベルから解明するできる人材を育成する。「認知行動科学コース」は、人間の認知機能や行動の諸特性とその成立の仕組みを総合的に把握するとともに、発生および適応の観点から人間科学を深く理解することを目指すものである。「スポーツ科学サブコース」は、様々な身体運動を運動生理・生化学、バイオメカニクス、トレーニング科学、スポーツ医学などの観点から科学的に学び、人の運動や身体について総合的に把握・理解することを目標にしている。このように統合自然科学科では、物質の成り立ちの根源を探るミクロな視点から、生命体、さらにヒトの個体や集団のレベルまで、あるいはこれらの中に潜む数理的な構造まで、様々な階層に渡る学問領域をカバーしている。

学科カリキュラムの特徴

 つぎに統合自然科学科のカリキュラムの特徴を紹介しよう。

カリキュラム総覧を見る限り、コース別に授業科目が設定されているだけで、これといった特徴はなさそうである。ところがそうではない。実は、この学科、コースの垣根が実質ゼロに等しく、興味に応じてフレキシブルに履修科目の選択ができてしまうのだ。カリキュラムを自分用にカスタマイズ、つまり学ぶ目的によってオーダーメイドの「マイ」カリキュラムができあがるという按配である。

無限に近い可能性の中から典型的なカリキュラムのメニューをいくつか紹介しておこう。第1は専門追求型である。これならコースに特徴的な科目だけを選択して専門化を急ぐことができる。第2に分野横断型。文字どおりほぼ全コースの科目を選択履修して広い視野を獲得するパターンである。「広く」、「深く」。特定の専門に深く切りこんでいくことはもちろん、専門分野を自在に乗り換えることだってできてしまう。それでいながら実質的な負担は大きくならないから不思議だ。そして第3に副専攻型。別名、ダブルメジャーの構成だ。自身の属するコース以外のコース科目を24単位以上履修すれば副専攻が認定され、その証としてきちんと卒業証書に副専攻名が記載してもらえる。これは、東京大学の後期課程としては初の試みである。

特に、優れた能力を持つ学生の中から、分野横断型または副専攻を専攻して深い教養を身につけ、その能力を活かして先端分野に切り込んでいくような人材が輩出することを、私たちは期待している。また、専門に特化して4年で大学院生と同じステップを踏む学生が出てくるのも当然で、このような学生も歓迎したい。人材のスペクトラムが大きく、しかも深い相互作用があることが本学科の特徴なのである。


こうした融通無碍の科目選択が可能になるのにはちゃんと理由がある。第4学期(2年生冬学期)、第5学期(3年生夏)に開講される全コース共通科目を通じて、その素地が自然に形成されるからである。これこそが本カリキュラムの真骨頂といえるかもしれない。コース教員の仕事内容を紹介する概論を4学期に受講し、予めコース教育の方向性と全体イメージを掴んでおいてから「マイ」カリキュラムをデザインすればよい。その一方で、将来的に必須の科学技術英語をAdvanced ALESS I(4学期),II(5学期)で身につけ、科学技術リテラシー論、知財・技術経営論を通じて、科学技術従事者としての教養を磨いておくことは、およそ分野によらず重要である。前者2つは、前期課程の理系英語ALESSの後期課程版だが、科学技術論文を読む、書く、成果を発表するためのスキルを学ぶことができる。なお、これらの科目は必修の範疇ではあるが、完全制覇までは要求されていないことを付記しておこう。

 5,6学期以降になると、いよいよ専門に応じたさまざまな講義が開講されるようになる。知識は経験を通じてはじめて深化する。そこで各コースでは、さらに一歩踏み込んで、学んだ知識を「攻める」知識に転化させるべくセミナーや演習をふんだんに取り入れている。一方、自然現象は決して講義室の中で起きているわけではない。自然科学を学ぶ上では、これらに直接、触れられる、体験できることが大切になってくる。当学科のカリキュラムでは、実験・実習などの実践的メニューが充実していることが何よりも大きな特徴である。例えば、統合生命科学コースは実習に重きを置いており、5,6学期には週4日ずつ実習を行い、実験スキルの上達を目指している(特にA系)。かたや物質基礎科学コース、数理自然科学コースでは、週2日×6週間、ひとテーマに時間をかけてじっくり取り組むユニークな方式を採用している。時の経過とともにしだいに理解が深まっていく過程を実感できることであろう。

 最終学期にひかえている卒業研究のシステムにもきわだった特徴がある。統合自然科学科には、指導教員(講師以上)として95人の研究者がいる。これは、学生総数57名に比べるとはるかに多い。もちろんこのような場所は本郷にもどこにもない。端的に言えば、教員と十分なコンタクトができる強みがあるのである。そして指導教員をこの中から、コースとは無関係に選ぶことができるのがポイントである。例えば、統合生命コースの学生が、スポーツ科学サブコースの教員のもとで筋力とDNAの関係を研究することも可能であるし、数理自然科学コースの学生が認知行動科学コースの教員のところでヒト脳の数理モデルを研究することも可能になる、という寸法である。

 加えて、早い段階での専門化を目指す学生諸君のために、ユニークな仕組みをつくった。7学期から研究室に入って卒業研究への道筋をつけることもできるのである(特別研究という単位で、卒業研究前期というべきものである)。もちろん、Late Specializationを目指す学生は、卒業研究を8学期に行えばよい。この場合、7学期まで学びのステージを継続させることになるが、多様な講義を通じて8学期の卒研でスタート&ダッシュできる知力を蓄えてもらいたい。

いまひとつのカリキュラムの特徴として卒業に必要な単位のフレキシビリティをあげておこう。教養学部他学科をはじめ条件つきで他学部の一部科目を単位認定している。認知行動科学コースでは、認定可能な対象科目がより広く設定されている。なかでも特筆すべきなのは、学融合プログラムとの連携である。教養学部横断的なこの学融合プログラムの旗印のもと、現在、グローバル・エシックス、バリアフリー、進化認知脳科学、科学技術インタープリターの4つのプログラムが走っている。個別講義の単位認定はもちろんのこと、特定のプログラムから16単位をまとめて履修すれば、統合自然科学科から当該プログラムの修了認定を受けることができる。これは教養学部のなかでも統合自然科学科だけがもつ仕組みである。

そして最後に教職について触れておきたい。統合自然科学科では、中高の数学・理科の教員になるための教職科目を用意した。これらの科目は卒業単位に含めることもでき、将来的なキャリアパスの選択の余地を残したものである。

学科と進路(就職)

 統合自然科学科を卒業すると2つの進路がある。1つは企業への就職である。統合自然科学科の前身である基礎科学科や生命・認知科学科を卒業した学生の就職先としては、官公庁の専門職や研究職、様々な分野の一般企業、マスコミなどがあり、これまでに送り出した数多くの卒業生が、広い分野で多彩な活躍をしている。

学科と進路(進学)

 もう1つの進路は大学院進学で、卒業後はこのまま残って、大学院総合文化研究科・広域科学専攻の生命環境科学系や相関基礎科学系をはじめ、数理科学研究科などの大学院に進学し、第一線の研究に携わっている方がほとんどである。


agc@park.itc.u-tokyo.ac.jp