健康科学・看護学科から健康総合科学科へのパラダイムシフト
―年をとるのもわるくないと思える社会を―

医学部健康科学・看護学科

真田弘美



 2月のある日、健康科学・看護学科の学科長から電話があり、駒場の進振り前の悩み多き学生達に、「私はどのようにして専門分野を決めたか」というシンポジウムがあるから発表してほしいと依頼があった。その時、「卒業生でない私の話は、進振りの参考にならないのではないか」とお伝えしたところ、「学生は東大に看護学があることを知らないので、看護学をアピールすること、かつ学科の名称変更に伴い、新しい教育がはじまることを周知させ、学科の教育委員長としての責任を果たすように」と言われ、お引き受けした経緯がある。

当学科は、主に健康の維持・増進を科学に追求する「健康科学」と、健康科学を基盤とした実践科学である「看護学」の2つの領域に大別される。ここでは、新しく生まれ変わる「健康総合科学」の特徴を紹介し、後半に、私が現在所属している看護コースについて加筆した。

健康科学・看護学科から健康総合科学科への発展

現代医療は非常に複雑化・グローバル化している。少子高齢化に伴う育児・介護問題、予防・社会医学の需要、社会・地域格差、ストレス・精神疾患、生命倫理、食品・医薬品の安全問題、環境汚染、国際保健や感染症など従来の「医学」のみでは対処できない課題が山積している。つまり、健康に関する社会的な要請はますます高まりをみせてきており、単なる健康維持や増進のための技術的な対応ではなく、人間の健康、成長発達、疾病の原因の探索と予防・治療、さらに健康という事象の本質までを含めて幅広く科学的に解明し、探究することが求められている。

このような「健康」に関わる課題にアプローチするためには、分子、細胞、個体としての体と心、家族、社会、そして地球レベルでの環境など、基礎科学から応用科学までの様々な分野の科学を統合し、学際的な視点から「健康」を追求することが必要といえよう。健康科学・看護学科は、まさにそのような「健康を基盤とした新しい科学」に対するニーズに答えられる学科である。学科開設時より、研究室が拡充され、最近では大学院に公共健康医学専攻や看護師・保健師コースが新設されたことからも、社会的必要性が高いといえる。

しかし健康科学・看護学科という名称では、看護学は、健康科学と異なる領域でありながら、二つが不自然に「・」で併記されているように受け取られる。看護学は、まず健康に根ざし、そして人々の健康を維持・増進させることを第一の目的としている。健康という概念の下、看護学がもっと広い視野に立った学問として位置づけるためには、新しい領域を提案するとともに、20年先の日本あるいは世界の健康に対する要請にこたえるべき教育を行うために健康総合科学を打ち出し、平成22年4月よりこの学科名に変更することとした。これは、健康という概念の基、基礎生命科学、社会行動科学、看護科学など広い視野に立った統合された学問分野として、20年先の日本あるいは世界の健康に対する要請にこたえるべき教育を行うためである。本学科は、健康への様々なアプローチを学び、次世代の健康科学・看護学を担う研究者・高度実践者を育成することを目的としている。

では、本郷で具体的に何を学ぶ?

 本学科は全部で13の教室から成り立っている(図)。各教室は、大学院の分野に合わせ健康科学系、国際保健系、看護系に分かれており、前2者が健康科学コース、後者が看護学コースとなっている。本学科の特徴は、健康科学コースと看護学コースの進路を、3年の秋に決めることである。つまり、それまでに健康総合科学の基礎科目としての生命科学、行動科学、統計学、看護学を学び、その後、自分の適性や興味に合った専門コースを選択することができる。これは、学科の学問・研究のイメージがつかない駒場生・学科3年生にとって大変メリットがあると考えている。

 また学科進学後まもなく始まる社会調査実習を皮切りに、統計学実習、検査法実習(通称、ラボメソ)、健康科学コースには各卒論教室の実習、看護学コースには看護学実習があり、実習が充実している。学生は学問の理論のみでなく、実例を通して健康科学・看護学の方法論を身につけることができる。このようなカリキュラムを通じて、健康・保健・医療・看護の分野における幅広い知識と技能を兼ね備えたジェネラリストとしての素養を身につけることを目指している。

 健康科学コースは卒業論文が必修となっており、4年次の1年間は各教室に所属し、研究を行う。看護学コースは卒業論文が必修ではないものの、例年、ほとんどの学生が卒業論文を作成している。取得できる資格は、所定の単位を満たすことにより、第1種衛生管理者、中学・高等学校教諭一種免許状(保健)、養護教諭一種免許状、看護師、保健師、助産師国家試験受験資格である。卒業後の進路は約半数が大学院進学であり、世界の健康科学、看護学をリードする研究者を養成している。あとの半数は、官庁・省庁、民間企業や病院に就職するものである。本学科を卒業したOB・OGには、大学や研究機関、病院のみでなく、自治体・民間企業等でも保健・看護の専門家として活躍しているものが多く、社会的ニーズは非常に高い。

 本学科は、医学系研究科の中にあり、医学的基盤から健康を捉えることができる非常に恵まれた環境にある。一方、疾病からの回復を主眼におく医学科とは異なり、幅広く健康を捕らえる領域であるため、進振りは理科と全科類からの進学が可能となっている。定員は40名であり、理科K類以外に、文科生からの進学者も多く、学際的な領域の中から、自分の得意分野を生かした専門領域を見つけることができる。