皆さんが入学したと思っているのは、東京大学だろうか、それとも東京大学教養学部だろうか。前期課程の2年間をどのように過ごすかと考えると、この区別を自覚することの意味は小さくはないように思われる。

 教養学部規則には、「前期課程は、特定の専門分野に偏らない総合的な視野を獲得させるリベラル・アーツ教育を行い、同時に専門課程に進むために必要な知識や知的技能を身につけ、専門的なものの見方や考え方の基本を学びとらせることを目的とする。」と定められている。思うに、規則は教養学部全体を規律するもので、必ずしも学生に分かりやすいものではないようだ。しかし、歴史や伝統を手がかりにすると、理解はいくらか容易になる。

 上の図は、第一高等学校時代の駒場キャンパスである。図の右側に位置する駒場寮は、旧制第一高等学校の寮として設置され、戦後新制大学の発足とともに前期課程の学生の寮となった。旧制一高時代の寮の雰囲気については、加藤周一の「羊の歌」に詳しい。日中戦争から太平洋戦争へと突き進んで行く時代である。その中に、講演に招かれた横光利一を囲む座談会の場面がある。西洋の物質文明に対する東洋の精神文明の優越と、時流に棹差す横光に対し、学生は厳しく詰問、次から次へと追い討ちをかける。横光は、苦吟、激高そして沈黙する。戦後まもなく、治る病気の「胃潰瘍による大量出血で、医者にはかからず」横光は亡くなり、「めったに弱音を吐く男ではないのだが、死ぬまえまで、気にしていた」ことを知らされる。「しかしそのころの私たちは、横光氏に対してよりも時代に対して、私たち自身をまもるために精一杯だった。」

 人間の関わりが濃密で、語る価値のあるなにものかを持つならば、それは史的遺産となるであろう。このような意味において、駒場寮は歴史的建造物であった。

 もはや、駒場寮は存在しないのであるが、前期課程においてどのように自分の課題を見出し、専門を決めたか、本学教員の経験から教養、リベラル・アーツの意味を知ることは可能である。進学情報センター主催のシンポジウム「私はどのようにして専門分野を決めたか」に参加してください。

(開催日時:4月27日(月)、28日(火) 18時〜20時、会場:教養学部7号館761教室)

(斎藤文修)




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