駒場図書館一階の集密書架でちょっと気に掛かる本を見つけました。『向陵三年』理学士山岡柏郎著(大正8年)。題名にある向陵という言葉からこの本には旧制第一高等学校(教養学部の前身です)が本郷の向ヶ岡にあった頃のことが書かれているはずと推測しました。表紙をめくると「わが敬愛する矢内原忠雄兄にこの小著を贈る 山岡望」と書き込みがしてあります。これを見てぼくは嬉しくなりました。矢内原忠雄は皆さんも知っての通り教養学部の初代学部長です。贈り主の山岡望は旧制第六高等学校の有機化学の教授、生涯妻をめとらず六高をこよなく愛し、六高卒業生からは心の師と仰がれた先生です。二人は一高では同期の親友、矢内原は英法科、山岡は理科の学生、大正2年に一高を卒業しています。著者山岡柏郎と柏の字をペンネームとしたのは山岡が一高の校章に使われている柏葉によせて一高での三年間の生活への深い愛着を示したのだと思われます。本文には一高の入学試験から向陵を去るまでの様々な出来事が事細かく記述されています。特に彼が一高時代を通じてもっとも尊敬した新渡戸稲造校長に関しては「高根の月」と章をもうけて先生への傾倒ぶりを示しています。

 山岡は「高等学校時代の懐かしい愉快な心持をいつ迄も忘れない様にしゃうと思って・・・」この本を書いたといっています。駒場の前期課程はほぼ引用文中の高等学校時代にあたります。皆さんもいつまでも忘れたくない愉快な心持ちをここ駒場での学生生活で味わってほしいと思います。そして皆さん一人ひとりの心の中に新たな『駒陵二年』が書かれると楽しいですね。

 話はかわりますが、4月27日(金)に進学情報センター主催のシンポジウム「私はどのようにして専門分野を決めたか」を開催します。その時の講師のお一人、酒井邦嘉先生にシンポジウムに先立ちご寄稿をお願いしました。「進学の決定論−物理から脳、そして言語へ−」、読んでください。そして、是非シンポジウムに参加してください。(里見大作)


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