学科紹介

スタートする新たな課程・専修制

―農学部の教育制度改革―

農学生命科学研究科教授・副研究科長 生源寺眞一


1. 課程・専修制
 農学部では平成6年度にそれまでの学科制を廃止し、課程・専修制を導入しました。課程・専修制は、学生のカリキュラム選択に自由度を確保するとともに、段階的に専門性を高めていく方式によって、高度化する現代の農学教育の要請に応えることをねらいとしていました。改革から10余年を経た平成20年度、農学部ではいっそう充実した教育システムを目指して、新たな課程・専修制に移行します。
 農学部の現行のシステムでは、5つの課程を設け、そのもとに合計22の専修を配置しています。つまり学生諸君は、学部・課程・専修という三層の構造のもとで学習するのです。進学内定後の教養学部4学期には、すべての農学部生に開かれた農学主題科目と、課程単位で専門分野の基礎を学ぶ課程基礎科目を聴講します。農学主題科目は広い視野から問題関心の醸成をはかるオムニバス形式の講義であり、農学部独特のカリキュラムです。本郷に進学後は、課程専門科目と専修専門科目を学びます。課程専門科目は選択制の講義課目ですが、専門性が格段に高まる点で課程基礎科目とは異なっています。専修専門科目は実験・実習・演習科目で、基本的に必修です。4年次には、学生の大半は研究室に所属して卒業研究に取り組みます。
 現行の課程・専修制のもとで、22の専修は10の「類」というカテゴリーにも括られています。類は実験・実習のユニットであり、大学院の専門区分である専攻にほぼ対応しています。多くはいわば農学部のクラスとして機能しています。さらに重要なことは、類が進学振分けのユニットでもある点です。進学振分けに際しては、類を単位に志望者の成績順に内定が行われてきました。

2. 新制度への移行
 平成20年度の新しい制度への移行に伴って、5課程22専修の体系は3課程15専修の体系に組み替えられます。従来よりも少数の課程と専修に集約されるわけです。現代の農学は専門領域への分化が進み、新しい専門領域も生まれていますが、学部教育の段階では専修を過度に細分化することは好ましくないとの判断によるものです。新しい課程の内容については、のちほど概説します。また、複数の専修を括るカテゴリーであった類は廃止されます。したがって、平成20年度進学生以降の進学振分けは専修を単位として行われることになります。
 カリキュラム編成の基本的な考えかた、すなわち段階的に専門性を高めていく方式に変更はありません。ただしカリキュラムの中身については、1年以上の検討作業を経て全面的に見直されました。農学主題科目は3科目減って10科目になりました。いくつかの科目は統廃合され、代わりに「食の安全科学」「地球環境とバイオマス利用」といった講義が新設されます。時代と学問の変化に、学部教育も迅速に対応しようというわけです。
 課程基礎科目は農学基礎科目と改称されますが、専門性の高い学習に向けた準備のカリキュラムという性格に変わりはありません。さらに課程専門科目から専修専門科目にステップアップしていく方式も踏襲されます。むろん、中身には多くの新しい要素が取り入れられています。また、課程専門科目や課程基礎科目に必修科目や選択必修科目を設けたことも、移行前のカリキュラムとは異なっている点です。科目選択の自由度を確保しながらも、その分野のコアとなる科目は履修していただきたいと考えたからです。もっとも、この変更で学生諸君の履修パターンに大きな影響が生じることはないと判断しています。課程・専修制に移行後の履修状況をみると、多くの学生諸君は基本科目を堅実に勉強しているからです。なお、農学部では学生による授業評価を隔年で実施しています。今回のカリキュラムの見直しに際しても、この授業評価の結果を参考にしたことを付記しておきます。

3. 何を学ぶか:3つの課程の特色
 新たな課程・専修制には3つの課程があります。バイオ生命科学系の「応用生命科学課程」、フィールド環境科学系の「環境資源科学課程」、そして動物医療科学系の「獣医学課程」です。3つの課程の特色を駆け足で眺めてみることにしましょう。
【応用生命科学課程】
 現代科学のもっとも魅力ある分野のひとつ、ライフサイエンスを基礎と応用の両面から学ぶための課程です。微生物から動物・植物まで、農学がカバーする多様な生物種について、その生命現象の本質を分子・細胞レベル、個体レベル、個体群レベルで深く理解することが基本となります。この基礎的な理解に立脚して、食品の研究やさまざまな生物素材の開発などを通じて、人間社会の生活向上に貢献できる人材を育成します。本課程には「生命化学・工学専修」「応用生物学専修」「森林生物学専修」「水圏生命科学専修」「動物生命システム学専修」「生物素材化学専修」が設けられています。
【環境資源科学課程】
 自然環境・生物環境・生活環境の保全と創造を目指して、生物資源の持続的な利用と管理のための科学を学ぶ課程です。増加する世界の人口を養い、健康な生活を支える生物資源の利活用が求められる一方、砂漠化、森林破壊、水圏の富栄養化、生物多様性の減少といった環境問題の克服が、今世紀最大の課題として立ち現れています。こうした容易ならざるトレードオフの超克に向けて、高度な科学と技術を身につけ、独創的に問題の解決に取り組む人材を養成します。本課程には「緑地生物学専修」「森林環境資源科学専修」「水圏生産環境科学専修」「木質構造科学専修」「生物・環境工学専修」「農業・資源経済学専修」「フィールド科学専修」「国際開発農学専修」が設けられています。
【獣医学課程】
 動物の正常な姿と病態を個体・細胞・分子レベルで理解することを通じて、動物臨床と公衆衛生への貢献を目指す課程です。今日、動物医療や食品安全に対する社会的なニーズが一段と高まるなかで、獣医学の基礎科学と応用技術を修得した優れた人材を輩出することが強く求められています。本課程では動物の医学と高等動物の比較生物学といった広範囲の学問領域を学ぶため、学部6年制の教育を実施しています。また、本課程は「獣医学専修」単独で構成されています。

4. 農学のミッション
 現代の農学は、最新の科学の英知でもって、食料などの生活物資の確保と資源環境の保全という二つの命題を高いレベルで両立させることを目指しています。農学はグローバルな使命に導かれるmission orientedな学問です。農学の教育研究に携わる農学部のスタッフは、このことに誇りを持っています。
 農学は驚くほど広い領域をカバーしています。耕地や森林や海洋がすべて研究の対象であることはもちろんです。およそ動植物の生息する場であれば、そこは農学のフィールドだと言ってよいのです。同時に、現代の農学は高度に専門化した学問でもあります。農学部では、分子レベルや細胞レベルの研究、個体レベルの研究、さらに群レベルや生態系レベルの研究が、実験室やフィールドで展開されています。ベースにある学問も生物学、化学、物理学と多様です。あまり知られていませんが、農学部には経済学や歴史学の研究室もあるのです。
 今回装いを新たにする課程・専修制とカリキュラム編成は、農学のミッションを深く理解していただき、それぞれの分野の専門知を効果的・効率的に身につけていただくためのものです。日進月歩の農学部は、そのミッションの担い手にふさわしい人材を求めています。農学を学ぶことは、クールな知性を鍛え上げながら、同時に温かいハートを養うことなのです。動物や植物に思いやりのある人、体を使うことを厭わない人、国際社会での貢献を希望する人。弥生のキャンパスはいずれの諸君も歓迎します。
                    

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