学科紹介

薬学部


                          薬学部 薬学系研究科 教授 松木則夫


1.東京大学薬学部における研究

 薬を創るためには、生命のしくみを知り、病気になる原因を明らかにしなければなりません。しかし残念ながら、分子レベルから病態まですべての面において我々の知識は不十分であり、解明していかなければならないことがたくさんあります。生化学、分子生物学、生理化学、発生学、遺伝学、免疫学などの観点から生命現象を解明する必要があります。また、薬を合成するためには合成化学や反応化学が不可欠です。漢方薬を理解し、それを超えるものを創り出すためには天然物化学が必要ですし、薬の性状や生体との相互作用を分子レベルで解明するには分析化学や物理化学が必須です。薬を体の目的部位に到達させるためには、体内動態を解明し、製剤設計が必要になりますし、薬の生体作用を明らかにするために薬理学や毒性学が欠かせません。このように、基礎的な学問から応用的な学問まで、幅広い研究を集約する必要があります。また、従来の学問体系では分類できないような境界領域の研究も増えています。つまり、薬の創製はまさにこれら最先端科学の集大成といえます。

 東京大学薬学部は「医薬品(薬)」という一番難易度の高い、かつ高い完成度の要求される「物質科学」と「人間の健康(裏返しの意味としての疾患)」という一番私たちが知りたい「生命活動の科学」の融合を探求する場としての役割を果たしてきました。つまり、薬が創られるまでの基礎研究に重点を置き、その専門家を養成するための教育に力を入れてきました。薬学部は講義も実習もカリキュラムは盛り沢山ですが、薬の専門家を養成するために必要なのです。さらには、医薬品に関わる経済問題、薬剤師や国民に対する適切な情報提供、薬学と経営学の視点をもったバイオベンチャーの人材育成にも力を入れています。こうした教育・研究を通じて実力を養った卒業生は、大学や研究所、製薬企業、医療行政などの分野で活躍しています。各研究の詳細については、ホームページ(http://www.f.u-tokyo.ac.jp)または紹介パンフレット「東京大学薬学部・大学院薬学系研究科への招待−ライフサイエンス研究のフロンティア」を参照して下さい。

 このように、創薬に必要なほとんど全ての領域の研究をカバーし、それぞれが先端的な研究を行ってきましたが、創薬科学に新しい方法論を確立し、また世界的な創薬競争の激化の渦中において、これまでの学問の枠組みに囚われない新しい境界分野の研究領域を創成し、新しい発見を速やかに創薬探索に応用していくことを薬学系研究科が中心になって提案しました。21世紀COEプロジェクト・生命科学分野の研究課題「戦略的基礎創薬科学」として採択され、大学院薬学系研究科などの研究資源を結集して有機的な連係・学部内共同研究が推進される場として活かされています。また、大学院生や博士研究員の本プロジェクトへの参加を通じて若手創薬研究者を養成しています。

 薬学部は学部としては一番小さいですが、発表学術論文数、輩出している人材、教育体制など内容は傑出しています。大学院進学率は90%以上の高率であり、卒業後は大学、国公立研究所、企業、医療の現場など、国内は言うまでもなく外国においてもオピニオンリーダーとして活躍しています。小さな学部ならではの長所も沢山あります。家庭的な雰囲気があり、学部としての結束力も強く、いろいろな問題について「皆で考え、皆で話し合う」体制が整っています。教室間の共同研究も数多く行われています。また、世界各国からの留学生を受け入れており、海外との研究交流も盛んに行われています。三年生は講義も実習も全員が一緒に行うので、同級生としての繋がりが非常に深まります。先輩、後輩それに教員と親しくなる機会も多く非常に家族的な雰囲気といえます。スポーツも盛んです。春には検見川で運動会、秋には戸田でボート大会、それ以外にも教室対抗のサッカー、野球、バレーボール、バスケットボールなど親睦を深めるのに大いに役立っています。

 

2.日本の薬学部と薬剤師教育

 薬学部というと薬剤師の養成を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、日本においては明治時代より薬学部は基礎薬学研究を柱に発展してきました。当初は、有機化学や衛生化学が中心でしたが、天然物化学、分析化学、物理化学、生化学、分子生物学、製剤設計学、薬理学、遺伝学なども加わり、学部の規模は小さいですが、薬を中心に多彩な分野が結集し、発展してきています。東京大学薬学部は常に日本における薬学部をリードしてきており、基礎薬学研究の優れた成果を上げ、薬学の研究者、教育者や行政官を輩出してきました。明治時代は欧米の学問の導入でスタートしましたが、日本において独自に進化して基礎薬学研究が花開いたと言えます。幅広い分野の鍛錬を行い、薬の専門家を養成するシステムは非常に優れたものとなっています。しかし、東京大学では薬剤師教育にはあまり力を注がず、薬学専門学校としてスタートした私立薬科大学に任せてきたことも事実です。学校教育法が改正され、平成18年度の入学者から修業年限6年の大学の薬学を履修する課程を修めて卒業した者に薬剤師国家試験受験資格が与えられることになりました。しかし、日本で独自に発展し、優れた薬の専門家を輩出してきた四年制の薬学部の役割に配慮し、十二年間の時限措置として、四年制の薬学部の卒業生に対しても、六年制課程と同等の医療薬学および実務実習を履修すれば薬剤師国家試験の受験資格が与えられることとなりました(いわゆる4+2制)。日本全体でみても十分な準備態勢が整わない段階でのスタートとなってしまっており、混乱が生じないように現在もさまざまなレベルでの対応が進められています。

 

3.薬科学科(四年制)

 六年制課程で薬剤師教育を主眼とする薬学部の学科の名称が薬学科となったため、従来の四年制学科は「薬科学科」に名称変更しました。卒業後は従来の二年間の修士課程および三年間の博士課程に進学できます。定員は全体の9割(72名)ですが、教養学部からの進学段階では薬学科と薬科学科に分けることはせず、薬学部・大学院薬学系研究科における研究内容等を十分に理解した四年生の段階で薬科学科と薬学科を選択することになります。授業科目等は従来の薬学部とほとんど変わりませんが、六年制の薬学科設置に伴い、研究者を目指す場合でも医療の現場に触れることができるような仕組みも作っています。

 十二年間の時限措置として薬科学科の卒業生でも、必要な学科目と実務実習を履修すれば、薬剤師国家試験の受験資格が与えられることになっています。四年生までにほとんどの学科目を履修することは可能ですが、実務実習は修士課程修了後に行うことになります。

 

4.薬学科(六年制)

 平成18年度の入学者に対して新たに設置された修業年限6年の薬学教育課程です。医療の高度化に伴い、国民医療の担い手として、質の高い薬剤師を養成することが目的です。従来の学科目の他に、六ヶ月の病院および薬局における実務実習が課せられています。定員は全体の1割(8名)です。定員が少ない理由は、卒業生が薬剤師としてほとんど就職せずに大半が研究者や教育者となっていること、日本全体でみると大幅な薬剤師供給過剰であり就職先の確保が難しいこと、平成12年度より修士課程で実施している医療薬学コースの実績が年間8名前後であること、などです。東京大学は今までは薬剤師教育にあまり力を注いできませんでしたが、少数ですが質の高い薬剤師教育を行い、この分野のリーダーとなりうる人材を輩出することを目指します。但し、単なる職業訓練所となること断固として排除します。日本全体としては一万人規模の実務実習を行うことになりますが、病院や薬局でのスペースや実務指導者数も圧倒的に不足しており、実習を行う前の共用試験の運用など大きな課題が山積しています。東京大学薬学部ではこうした混乱を回避すべく、東京大学医学部附属病院や地域の薬局と連携して、円滑な実務実習の実現を目指しています。また、平成18年度入学者が卒業する時期に合わせて、四年制の博士課程を設置する予定です。

5.全科類進学枠

 定員の1割の8名は全科類進学枠に当てられています。薬学部における教育・研究は多岐にわたっており、基礎的な分野だけでなく応用的な学際領域も多くなっております。従って、進学後はこれらの専門科目の学習および学生実習に多くの時間を割くことになり、基礎的事項を復習している時間はありません。要求科目として基礎科目(物質科学)・基礎科目(生命科学)「物性化学、熱力学または化学熱力学、生命科学または生命科学J」の中から2科目(計4単位)、要望科目として総合科目E【物質・生命一般】の科目「薬学研究の最前線J、薬学研究の最前線K」を挙げてありますが、これだけでは全く不十分であり、化学や熱力学をはじめとする理科系基礎科目の事前学習が必須となります。
                    


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