学科紹介

理学部地球惑星環境学科

−新しい地球惑星学の創成をめざして−

                          理学系研究科地球惑星科学専攻 教授 永原裕子

                        

 2006年度から、理学部に地球惑星環境学科が誕生します。

 “この宇宙にはわれわれの太陽系以外に生命の存在しうる惑星系があるのだろうか? 生命がこの地球に誕生したことは必然なのだろうか、偶然なのだろうか?” ギリシア・ローマの時代に端を発する生命と宇宙の起源と進化という自然科学の2つの根源的な問題が、21世紀のいま、旧来の天文学、惑星科学、地球科学、生命科学を横断した新たな自然科学研究の最先端のテーマとしてクローズアップされています。そのためにアストロバイオロジーという、新しい研究分野が創設され、学会や研究雑誌がつくられています。

 たとえば、天文学の立場からは、日本・ヨーロッパ・アメリカの共同でチリのアタカマ砂漠に大型電波望遠鏡(ALMA) を建設中ですが、その最大のテーマのひとつが、生命を宿すことの可能な惑星を探すことと生まれる前の星の周囲に有機分子を探すことです。さらに、ハワイのすばる望遠鏡による最先端のテーマのひとつも、地球以外の惑星系を見つけ出すことです。惑星科学の立場からは、金星や火星、あるいは木星や土星の衛星、彗星等の物理的・化学的環境とその進化はどのようなもので、生命の生存に必要不可欠な液体の水が存在するか、あるいは過去に存在したか、ということが大きな問題となっています。また、そのために惑星探査機を使って火星やタイタンを探査し、また新たな探査計画を議論しています。生命科学の立場からは、極限環境でも生存できる生命を探索し、その遺伝子を解析することによって、そういった生物がどのような機能を持ち生命史のいつ頃出現したのかを探っています。そして地球科学においては、初期の地球環境はどのようなもので、どのように生命が誕生したのか、なぜ地球は46億年の歴史を通じて温暖な環境を維持することができたのか、また恐竜をはじめとする数多くの生物種の絶滅を招いたようなカタストロフィックな地球環境変動はどのようにおこり、生命はどのようにそれを乗り越えて進化してきたのか、ということが最先端のテーマとなっています。

 この、最も根源的で、かつ、最先端のテーマに取り組む学問を、われわれは「地球惑星環境学」と呼ぶことにしました。ここでいう地球惑星環境とは、その言葉の一般的なイメージである地球温暖化や大気汚染、生態系の破壊などに限らず、ずっと広い意味を持っています。太陽系がどのように形成されたか、地球や惑星の46億年の進化とそれをつかさどる物理や化学、生命の誕生と進化・絶滅、そして生命活動を可能とする地球表層の営みのすべてを含みます。地球環境は、大気・海洋・生命圏・固体地球が相互作用しあう複雑なシステムの上に成り立っています。このシステムの営みを知るには、現在の姿を知り、その形成過程や変遷史、進化や変動のメカニズムなどについて過去から学ぶことが大切です。地球惑星環境学では、こうした問題を解明するため、自然の観察や分析などに基づいた自然科学的な立場からの実証的な研究を行います。

 新しく誕生する「地球惑星環境学科」では、こうした広い視野と長い時間を見通す力を育成し、複雑なシステムの仕組みを理解し未来を予測する力をもった人材を社会に送り出すとともに、この分野の将来をになう研究者の育成のために大学院へ人材を送り出すことを目指しています。

 

● 地球惑星環境学科の教育研究内容

・太陽系や惑星の環境史

 地球がなぜ地球であるのかを理解するためには、地球以外の惑星の研究が重要です。地球を他の惑星と比較することによって、はじめて、どの惑星にも共通する特徴と地球に固有の特徴を理解することができるからです。太陽系や系外惑星系の形成過程、惑星の初期環境、惑星の進化、惑星の現在の姿などを理解するため、観測、実験、理論のほか、惑星探査で得られた画像データの解析や隕石の分析などさまざまな手法を用いて、太陽系や惑星の環境史の解明を目指しています。

・地球や惑星の物質環境

 地球や固体惑星の表層は岩石でできていますが、それらはさまざまな情報を持っています。年代に関する情報のほか、岩石を構成する鉱物の作る組織や組成から、その形成環境や環境の変遷を探ることができます。鉱物と水との化学反応は地球表層での物質循環の基本プロセスであり、地球環境の成立や変動と深く関係します。生命は無機物から有機物を合成しますが、有機物からは起源となる生物種や周囲の環境について知ることもできます。さまざまな物質の観察、分析、実験、理論などを通じて、地球や惑星の環境の解明を目指しています。

・地球と生命の共進化

 地球環境史と生命進化とは密接な関係にあります。原始地球環境下で誕生した生命は、その進化の過程でさまざまな代謝機能を獲得し、物質循環を通じて地球環境に大きな影響を与えてきました。一方、生命の繁栄と絶滅には、地球環境の大規模変動が深く関係しています。過去の地球環境変動や生命進化が記録された岩石や化石の観察と分析、生物の遺伝情報の解析、数理モデルなどを通じて、地球史における地球環境の進化や生命の起源と進化の解明を目指しています。

・地球や惑星のダイナミクス

 地球は活動的な惑星です。内部ではマントルやコアが対流し、表面ではプレートが動いています。プレートは海嶺で形成され海溝で沈み込んでおり、それにともなって火山が噴火し大地震が発生します。またプレート同士の衝突によって、ヒマラヤなどの大山脈が形成されます。大山脈の形成は、地球表層の環境に影響を与えます。こうした現象を理解するために、フィールドでの調査や観測、岩石の変形実験、コンピュータシミュレーションなどを行うほか、火山噴火や活断層の研究を通じた社会への貢献も目指しています。

・地球環境と生命圏

 現在の地球環境と生命圏を理解し近い将来の変動を予測するためには、自然環境の多様性と地域性の把握、それに対する人間活動の影響の評価が不可欠です。また、比較的近い過去における地球環境の状態や現在にいたる変化の歴史を知ることも重要です。そのために、世界各地のさまざまなフィールドにおける自然環境や生態系の調査、観測データの解析、海や湖の堆積物の分析などによって地球環境と生命圏の姿を理解し、さらには地球環境の将来予測を通じた社会への貢献も目指しています。

● 地球惑星環境学科の教育

 地球惑星環境学科では、自然の観察に基づき、地球や惑星の環境を自然科学的な立場から実証的に解明することを目指しています。そのため、学部教育においては、通常の講義のほかに、フィールドワークと実習・演習を教育の大きな柱にしています。フィールドワークとは、数日から1週間程度にわたって国内や海外に出かけて、実際に多様な自然に接し、地球と生命をめぐる環境の営みや、過去の歴史をひも解く手がかりをえます。一方、実習や演習では、室内においてさまざまな観察、実験、分析、数値計算・データ解析などの手法を習得し、フィールドワークで得た情報を解析したり、分析したり、あるいは新しいモデルをつくる基礎を学びます。4年夏学期までのこの教育をベースに、4年冬学期では各自が関心あるテーマで卒業研究を行います。卒業研究は、ひとりひとりがテーマをもち、指導教員の指導のもとにおこなう研究で、研究結果を卒業論文としてまとめます。この卒業研究が、その人の一生の土台となることもままあります。

● 大学院

 大学院の進学先としては、理学系研究科地球惑星科学専攻、新領域創成科学研究科環境学専攻および複雑理工学専攻があります。このうち、地球惑星科学専攻は、地球惑星物理学分野を含む、地球と惑星に関するほとんどすべての研究領域をカバーした、世界でも類を見ない総合的かつ大規模な研究教育の拠点です。地球惑星科学専攻は、大きく5つの研究分野(大気海洋科学、宇宙惑星科学、地球惑星システム科学、固体地球科学、地球生命圏科学)に分かれています。地球惑星環境学科卒業後は、各自の関心に応じて、これらどの分野にも進学することができます。

 地球惑星科学専攻は、東京大学に属する気候システム研究センター、海洋研究所、地震研究所、物性研究所、そのほか、国立機関である宇宙科学研究所などとも連携し、我が国における地球惑星科学に関連した多くのプロジェクトをにない、世界のトップを目指した研究と、この分野のリーダーの育成をおこなっています。

 

● われわれの求める人材

 地球惑星環境学科は地球や惑星の営みのすべてを研究教育の対象としており、物理、化学、生物学などのあらゆる分野の総合科学といえます。そのため、自然科学のあらゆることに興味をもち、自然とのふれあいに喜びを感じ、新しい分野を切り開くことに積極的な人材を求めています。


agc@park.itc.u-tokyo.ac.jp