学科紹介


フィールド科学専修

−自然の中で科学する−

農学生命科学研究科・教授 井出雄二

 農学部の専修の一つとして、フィールド科学専修が、平成17年度から新たに設置されます。この専修における教育は、5年前に大学院農学生命科学研究科に新設された「生圏システム学専攻」の教員が主として担当します。生圏システム学専攻は、これまでの人間社会がその発展に伴って生み出してきた環境に関する諸問題、特に、自然環境と人間生活のかかわりに関する問題を解決するために、分野にとらわれない総合的な見地からの研究を通じて、地球環境の総合的なマネージメントを確立しようと設立された専攻で、広範な環境においてその仕組みや関係を解明し、より良い姿を提案してゆこうとしています。
 フィールド科学専修では、個々の生物の生活、生物相互の関係、そしてそれらと人間とのかかわり、などを含めた生圏システム学専攻における課題や研究成果を理解してもらうことにより、21世紀の環境マネージメントに貢献できる人材を育てたいと考えています。なお、この専修は、9類に属しますが、従来から9類として設置されていた国際開発農学専修とは全く異なる教育を行なう単位です。

フィールド科学とはどんな学問か
 20世紀におけ農学は、自然における現象を分析し、一般化していくことによって、大きな成果をあげました。食糧生産の場では、効率性を求めて自然を改変し征服するようなやり方が主流でしたが、そういうやり方だけで、今後の人類と地球環境の未来が保障されるのかという問題に直面しています。私たち生圏システム学専攻のメンバーは、農学や環境学の様々な分野の学問成果を理解したうえで、自然生態系と調和のとれた、環境や生産を創造することがこれからの社会にもっとも必要なことだと考えています。このような広範な生態系の仕組みやそれと人間とのかかわりを解明するためには、「実際に地球の様々な環境において何が起っているのか」を正しく理解する必要があります。私たちは、そのような場を「フィールド」とよんでおり、フィールドにおける、事実の把握とその仕組みの解明を、最重要な課題として取り組んでいます。

具体的に目指すものは
 フィールド科学のキーワードとして、保全と管理と言うことがあげられます。私たちの提供する教育では、地球は生物の惑星です。生物の多様性を抜きに地球環境を語ることは出来ません。それは、環境の指標でもあり、豊かな人間生活の源でもあるからです。そこで、地球環境における生物多様性の有様や由来など、また、何が問題なのか、などを理解し、同時に、それらを生物や環境の特性に応じて保全するための具体的な手法について理解します。また、景観レベル、個々の生態系レベル、具体的には森林や沿岸環境の、フィールド管理を行なうための基礎的な考え方や手法を学びます。そして、4年次の演習や卒論では、自身の設定したフィールドにおける自然の仕組みの解明を通じ、その取り扱いについて議論する力を養うことになります。

教員からのメッセージ
 先にも述べたように、当専修の教育は生圏システム学専攻所属の教員によって行なわれます。そこで、担当教員からフィールド科学専修の教育についての考えを紹介することによって、私たちが目指しているものを理解する助けにしていただけたらと思います。


樋口広芳
 今、自然や生きものの世界は、身近なところでも世界的な規模でも危機に陥っています。こうした状況を少しでも好転させるためには、自然や生きものの世界の仕組をきちんと理解し、それにもとづいて保全のための方策を考えていくことが重要です。私は学生の皆さんに、そうした基礎、応用両面から生物の多様性について広く学んでいただきたいと思っています。自然と生きものの世界は、驚きと不思議に満ちています。このすばらしい世界をのちのちの世代にまで残していくことができるよう、学生の皆さんとともに努力していきたいと思っています。(生物多様性科学研究室・教授 )


宮下 直
 私は、生物多様性が創出された機構と維持されている機構を、生態学的観点から研究しています。そして、それをもとに生態系を維持・管理する新しい視点を探ろうとしています。この分野はいろいろな意味で学際的な分野です。生態学はもとより、分類学、生理学、集団遺伝学、統計学、数理生物学、複雑系科学など、一通りの基礎がわかっていないと新しい分野を切り開くことは出来ません。一方で、応用面では社会科学的側面も考慮する必要があります。物事を本質から正しく考えることの重要さを皆さんに伝えていきたいと思います。(生物多様性科学研究室・助教授)


鷲谷いづみ 
 植物の生活史の進化、生物間相互作用など生態学の基礎分野と生物多様性保全に係わる保全生態学の多様な分野の研究と教育に取り組んでおり、そのフィールドは北海道から九州までの日本各地に広がっています。環境保全活動に取り組む市民団体など学外の多様な主体との日常的連携を重視し、保全の実践活動にも積極的に係わっています。扱っている生物は主に植物と昆虫ですが、送粉共生系や種子分散共生系において植物との生物間相互作用のパートナーとなる動物はすべて対象としています。(保全生態学研究室・教授)


吉田 薫 
 現在、世界規模で進んでいる環境劣化を食い止めるためには、積極的に環境浄化対策を考えていかなければなりません。近年、植物を用いた経済的な環境浄化(Phytoremediation)が注目されるようになってきました。生物は様々な環境に適応して生命活動を営んでおり、多種多様な能力を身につけています。中には環境浄化や環境負荷低減に役立つ機能を持った生物も存在しています。私たちは遺伝子組換え技術を用いて、そうした環境浄化機能や環境負荷低減機能を高めた植物を積極的に作り出し、利用しようと考えています。(保全生態学研究室・助教授)


武内和彦
 自然と人間の係わりの実態解明と、両者の望ましい関係のあり方を求めて、国内外の各地で長年フィールド調査を行ってきました。国内では、燃料革命以降に伴う自然と人間の係わりの希薄化を再考し、両者の望ましい関係づくりのための「里山ルネッサンス」を提唱してきました。また国外では、東・東南アジアの半乾燥地域、湿潤熱帯地域で、過度の人為による土地荒廃を防止し、持続可能な循環型社会を構築するための持続的土地利用システムの手法について検討してきました。「環境の時代」である21世紀を担う学生諸君の参加を得て、フィールド科学の発展に貢献したいと考えています。(緑地創成学研究室・教授)


恒川篤史
 私は、リモートセンシング、GIS、数値モデルといった情報技術を駆使して、環境保全をめざす「保全情報学」を専門にしています。フィールド科学専修は、森林から里山、海域まで、あるいは植物から動物、微生物までさまざまな対象を専門とする教員が担当していますが、私はそれらの縦糸を、横糸でつむぐような研究をしています。そのような目で見ると、実にこの専修は人材が豊富で、中にいて面白いところだと思っています。是非、明るく積極的な学生さんに来ていただき、この専修を盛り立てていってもらえたらと思います。(緑地創成学研究室・助教授)


井出雄二 
 森林は陸上生態系の大きな部分を占めており、地球環境の維持に果たす役割が大きいことは良く知られていると思います。しかし、現在、天然自然に存在できる森林はわずかであり、多くの場所で人間による激しい収奪にされされています。私たちは、森林生物の生活のありさまを生態学や遺伝学の力を借りて理解するとともに、人間がどのように森林に関わってゆくのが良いのか、その方法を見出そうとしています。まずは、森林の発するメッセージを読み取る力を養うことを第一の目標にしたいと思います。(森圏管理学研究室・教授)


石田 健  
 私は、きっと、東京大学の中でフィールド=森の中に身を置いてきた物理時間の最も長い教員の1人です。森林生態系とそこに生きる目もくらむほど多様な生物たちの生き様について、紛れのない実感を伴って語り、また真に語ってよいと思えることだけを語ろうとしています。その意味で、最近のいろいろな書物の中で、確かに重要だと実感された言葉の1つが "fragile dominion" です。狭い人間世界の風潮にはなびかずに、この広い世界全てに実感を持って身をおけるようなヒトに成長してくれるよう語り合いたいものです。(森圏管理学研究室・助教授)


日野明徳
 生態系の保全・管理には、生物と環境に関する科学的知識が必須であるが、海洋では高等植物が無に等しく、物質循環が微生物主体の腐食連鎖に依存しているため、フローの定量化はもとよりバクテリアや原生動物の同定すら困難な現状にある。水域保全学では、干潟や人工海岸の生物調査、同位体を利用した物質循環定量、水質浄化の主役であるアサリの初期生活史(1ミリ前後)解析などを通じて、困難ではあるが他の誰も手がけていない沿岸生態学を作る快感を体験させたい。(水域保全学研究室・教授)


岡本 研
 生物のゲノム解析がすすみ、生命現象の根幹が明らかになりつつあるのかもしれない。しかし一歩フィールドに出てみれば、我々がいかに生物そのものを知らないかよくわかる。このことは水の中の生き物については更に顕著で、身近な食材でもあるアサリでさえ、生活史の初期はほとんどおぼろげである。だから水域保全では、沿岸の環境や生物に関する知識を教えることはあまり多くないと思う。知識そのものが少ないのだから。それをともに作り上げることを、新しい専修での目標にしたい。(水域保全学研究室・助教授)


agc@park.itc.u-tokyo.ac.jp