学科紹介


マテリアル工学科

〜マテリアルの新しいチャレンジ〜

                   教授 山口 周 

● はじめに:Materials Engineering?

 よく専門外の「普通の人」に大学の先生をしているというと「ご専門は何ですか?」と聞かれるときがあります。「工学部のなかでマテリアル工学というものを専門にしています。」と答えると、想像どおりに、怪訝そうな顔をしながら「マテリアル‥ですか…」という言葉が聞こえてきます。この現象は洋の東西を問わず、アメリカでもヨーロッパでもさほど変わりません。マテリアル工学科の交流協定校であるマサチューセッツ工科大学やケンブリッジ大学などでも同じと聞いています。マテリアル工学は" discipline"か?という問いに対する答えは"No"で、マテリアル工学は「誰でもがそうであると直感的にわかる」学問分野ではなく、駒場生やふつうの高校生にとってはあまりなじみがなくわかりにくい概念であることは間違いありません。その最大の理由は、「マテリアル工学」という分野の歴史が比較的浅く、科学技術の発展や社会の価値観などに影響を受けながら成長している分野だからといえるかもしれません。よく考えてみると我々はマテリアルそのものを求めることはほとんどなく、デバイスの持つ機能を必要としている場合がほとんどであり、さまざまな機能をシステム・デバイスの中で実現しているマテリアルに注意を払うことはほとんどありません。デバイスの機能はマテリアル固有の特性や異なるマテリアルの組合せで発現する機能を利用しています。多くの技術的ブレークスルーは、実は革新的マテリアルや新しいMaterials Interfacingの発見によって実現されてきているのです。

●マテリアル工学の目指すところ

 「マテリアル(材料)」が「物質」と異なるのは、システムの中で設計された機能を発現することに対する説明責任(accountability)を要求されることであり、マテリアル工学科ではデバイスやシステムの中で機能することを強く意識するために、

Design OF Materials, Design FOR Materials, Design WITH Materials

という3つの基本的なマテリアルの新概念をロゴマークに象徴的に表しています。マテリアル工学がマテリアルの世界だけに閉じこもるのではなく、システム構成要素としてのマテリアル固有の機能やさまざまなマテリアルの組合せから生まれるMaterials Interface機能をデザインし、機能発現を可能にするプロセッシング(つくり方)・機能評価が可能にすることを目的としています。また同時に、社会の持続可能性を実現するために、複雑なデバイスの製造から廃棄・再資源化までを合理的に設計するECO(Environmental COnscious)-Materialのコンセプトに基づいたデバイスやシステム、マテリアルデザインを提供しています。


●教育システム:コース制の導入

 マテリアル工学科でどのような教育や研究が行われているのかがよりわかりやすくなるように、昨年度から教育プログラム上のコース制を導入し、進学振り分け部門でも3部門で募集しています。学部においては、マテリアル工学の基盤的内容を共通講義で学ぶとともに、各コースの専門基礎を学びます。このコース制は,非常に広いスペクトルからなる現在のマテリアルの世界にそれぞれの学生が得意な分野からスムーズに踏み込んでいくことができるようにデザインされています。大学院に進学するとそれぞれの専門分野を深く追求するとともに、他のマテリアルとの境界領域へと世界を広げてゆくことが可能になっています。教官はコースに所属しているわけではなく、コース横断的に教育と研究を行っています。したがって異なるマテリアルの世界へと転進することも可能な「柔軟な教育システム」を提供しています。

 マテリアル工学科は「統合の工学」のノードを目指し、幅広い領域を包含する先端的な教育・研究プログラムを用意しています。欧米の最も現代的な教育プログラムを提供している大学群と協定を結んでいるのは、同じマテリアルの概念を共有できるパートナーであるからです。

○マテリアル工学A:バイオマテリアルコース(20名)

 バイオマテリアルコースでは、生体機能に啓発されたマテリアルデザインにより、新しいバイオ機能を有するバイオマテリアル創製を工学的アプローチにより達成し,革新的な医療の実現を目指しています。そのために必要なポリマーを中心としたバイオマテリアルの合成やその基本的な化学特性や機能を学びます。具体的な成果には、癌治療や遺伝子治療のための新しいドラッグデリバリーシステムの開発、生体膜をモデルとした生体適合性を有する機能性ポリマーの創製、心臓のように自律振動するゲルシステムの開発、ヘルスケア用バイオチップの創製などが実用研究段階にあります。新しいバイオマテリアルは遺伝子解析や組織再生治療にも大切な役割を果たします。これからのバイオワールドをマテリアルベースで楽しみませんか?

○マテリアル工学B:マテリアル環境・基盤コース(25名)

 マテリアル環境・基盤コースでは、ECO-Materialのコンセプトに基づいて「ECOの時代」を拓く新しいアプローチを提案しています。製品を構成するマテリアルの高性能化がECO-Material化のキーであることは、より強靱なマテリアルを使うことで軽くて燃費の良いECO-Carが可能になることからもわかります。省資源・省エネルギーはベースマテリアルを利用するためのもう一つの重要な鍵です。マテリアル製造プロセスの余剰エネルギー利用、廃棄物の無害化処理と資源リサイクルなど、資源・エネルギー転換ステーションとしての機能を実現するための研究開発が進められています。工学的基礎科目に加え、ライフサイクルアセスメント(LCA)や環境調和性を定量的に理解するために必要な社会科学的概念も学び、環境問題の新しいアプローチの方法を身につけます。革新的マテリアルで「ECOの時代」を開拓するチャレンジに参加しませんか?

○マテリアル工学C:情報・ナノマテリアルコース(30名)

 ナノメートル(10-9 m)空間ではじめて発現する機能を利用するナノマテリアル技術が、次世代のIT技術社会を実現するキーテクノロジーとなっています。半導体レーザーやフォトニクスデバイス、有機分子エレクトロニクスデバイスの開発やULSIデバイスのさらなる高集積度化のためには、半導体と絶縁体膜や導体との界面の制御が重要になってきています。Nano-interfacingの高度な特性制御やプロセス開発が課題であり、ナノスケール構造の直接観察による評価や性能評価を通じて新しいナノマテリアルのフロンティアを開拓します。ナノスペースにおけるエレクトロンやフォトンの振舞いを理解するための物理的基礎とナノ構造体を実現するための進化した超微細加工プロセスの基礎を学びます。ナノマテリアルのイノベーションを体験できる貴重な時代に皆さんは生きています。情熱と柔軟な発想でnano-materialの世界を開拓しませんか?

●世界の頂点を目指して

 マテリアル工学科は、世界的なマテリアル工学のネットワーク中心的ノードとして機能するために、マサチューセッツ大学材料科学工学科、英国ケンブリッジ大学金属・材料科学科との3大学交流協定、カナダトロント大学,韓国ソウル国立大学材料科学工学科との交流協定を結び、大学院学生を中心としたワークショップを定期的に開催し、学生や教官を派遣しています。学生もワークショップを主体的に運営・参加して、国際的ネットワークに参加することができます。

●最先端のその先へ

 「マテリアルと他学科で似たようなことをしているがその相違は何ですか?」という質問を受けます。異なる専門的背景を持つ教官が、新しいマテリアルの概念を共有しながら境界を越えて互いに融合し、ダイナミックに展開し続けている点がユニークで優れた特長であり、"discipline"として確立された分野と最も異なる点だと思います。半導体デバイスの研究室で有機分子エレクトロニクスの研究が行われ、廃棄物処理のための高温無機化学反応の研究室がバイオミネラリゼーション反応をテーマとして取り上げています。新しいマテリアルの世界は、急速に展開しはじめています。マテリアルで世界の最先端へ、そしてその先を目指して。


agc@park.itc.u-tokyo.ac.jp