専修紹介

「植物資源プロセス学専修」および「環境共生システム学専修」

〜植物資源の利用を中心とした環境共生社会の実現に向けて〜

                       農学生命科学研究科
鮫島正浩 教授


 農学部では,平成16年度から7類に属する2つの専修を植物資源プロセス学専修および環境共生システム学専修と改称し,植物資源の利用を中心とした環境共生社会の実現に向けた教育と研究を積極的に進めていくことにいたしました。ここでは,それぞれの専修を立ち上げた背景と目指すところを説明したいと思います。

1. 化石資源から脱却した環境共生型社会の実現

 石油や石炭などいわゆる化石資源を生活のあらゆる場で利用していくことで,人類は物質的には非常に豊かで快適な生活を送れるようになりました。しかし,その一方で,化石資源に偏重した社会システムは大気中の二酸化炭素の増加による地球温暖化問題や石油の利権に絡む国際的な政情不安を引き起こすなど,人類の将来に対して大きな不安を落としつつあります。さらに,化石資源はいずれ枯渇していくため,これらの資源に依存していては安定した社会をいつまでも持続していくことは望めません。

 では,化石資源への偏重主義から脱却し,安定した持続的な社会システムを地球規模で構築していくために,私たちは資源を何に求めて行けば良いでしょうか。その答えを,私たちを取り巻く自然の中に求めるべきという考え方が最近になって急速に高まりつつあります。そして,その中で最も期待されているのが,植物が光合成によって作る再生産可能な資源,すなわち植物バイオマスの有効利用であると言えます。

 バイオマスは生物がつくる有機資源の総称と定義することができますが,その大部分は植物由来であり,また植物が作るバイオマスの90%は森林にあると言われております。したがって,石油資源に匹敵する資源量を考えると森林が最も重要なバイオマス生産の場と言えます。また,これ以外にも農水産廃棄物,古紙や都市ゴミなど私たちの周りのあらゆる所に2次的なバイオマスが存在しております。このようなあらゆる形で存在するバイオマスを,多目的に,そしてリサイクル利用することで,生活に必要な物資の多くを効率的に生産するプロセス技術を開発し,図に示すようにバイオマス生産と消費の循環バランスを考慮した環境共生システムの構築をめざし,私たちはその教育と研究の場として植物資源プロセス学と環境共生システム学専修を設置いたしました。


2.植物資源プロセス学のめざすところ

 植物資源プロセス学のめざすところは,植物バイオマスを構成している化学成分を原料にして,それを変換して出来るものは何でも作ってみようということです。石油から作られている化学製品の95%は植物バイオマスを原料にしても作ることができると言われています。ただ,石油のほうが生産の効率性や均質性が高いことから,これまでは植物から化学製品が作られることは限られておりました。しかし,21世紀の半ばになると明らかに石油資源は枯渇して来るわけですから,何としても生活物資の多くを植物バイオマスから得なければならなくなります。そのために必要な基礎技術を開発し,さらにそれを組み上げて行くことでプロセス技術として展開させていくのが植物資源プロセス学です。そこで,まず植物バイオマスを構成するセルロース,ヘミセルロース,リグニンなどの高分子天然物質および植物が生産する色素,香成分,抗菌成分である抽出成分の構造と機能,また分解特性について有機化学,高分子化学,生化学的な立場から学びます。さらに,それらの複合体である植物組織構造とその形成プロセスについて探求します。その上で,植物バイオマスの紙,衣料,プラスティック生理機能性物質や食品への変換,さらに最終的には2次バイオマスを燃料に変換するためのプロセス技術について学びます。

3.環境共生システム学がめざすところ

 環境共生システム学がめざすところは,木材などの植物材料を多量に消費する住宅や紙などの生活必需品の作製を環境低負荷型に行う技術を開発すること,また住環境が人間生活の快適性や健康に与える影響を明らかにしていくこと,さらに古紙や廃木材などのリサイクル利用システムを構築することです。

 環境共生システム学では,木材をはじめとする多様な植物材料の物理的および化学的な特性について,力学解析,物性解析,さらに機器分析を通して学びます。その上で新しい発想に基づく住宅や構造物の設計と建築,新しい環境共生型の居住空間のデザインなどを探求します。また,紙の高機能化や多機能化などの実例を通して,植物材料の多目的利用の可能性追求などについても学びます。

 さらに,環境共生システム学がめざす重要な所は,植物材料の持続的な利用を可能にするリサイクル技術やメンテナンス技術を学ぶことです。さらにこれらを通して,植物材料からの生活資材の生産とその利用の環境低負荷性を実証することについて教育・研究を進めて行くことを目的としています。

4.プロセス学の連携で環境共生システムを実現

 私たちは環境共生システムを実現するための要素技術として,バイオテクノロジー,グリーンケミストリー,マテリアルエンジニアリングを3本の柱としています。

 バイオテクノロジーは植物資源を有効に活用していくための生物工学です。植物資源は化石資源とは異なり,自然界の中で微生物などの働きにより分解されて行きます。したがって,微生物やそれが生産する酵素を植物成分の変換プロセスに導入していくことが可能です。キノコはすべての植物バイオマス成分を分解することができる微生物です。そこで,私たちはキノコ遺伝子のバイオインフォマティックスを利用して,バイオマス変換に必要な酵素ライブラリーを作成して役立てようとしております。

 グリーンケミストリーは資源循環と環境低負荷を考慮した応用化学です。紙が白いのは原料のパルプを漂白しているからですが,従来はその過程で塩素を利用していました。しかし,塩素の利用が有害な有機塩素化合物を副産してくることが分かってきたことから,私たちは塩素を使わないでパルプを漂白するシステムの構築を進める研究を行っております。また,植物バイオマスの主成分であるセルロースの化学修飾,あるいはセルロースと他の物質とのブレンドによりさまざまな機能性繊維,プラスティック,フィルムなどの作製を試みております。

 マテリアルエンジニアリングは植物材料を利用する材料工学として位置づけられます。植物材料は金属材料や石油系プラスティック材料とは異なり,植物そのものが持つ独自の細胞構造や組織構造,さらにそれらの複雑性により,他の材料とは大きく異なるマテリアルエンジニアリングが要求されます。木質建物は奈良時代の東大寺から時代を経るごとに小さな構造物となってきました。その理由は大きな構造物を作るために必要な柱や梁をとる大きな木が無くなってしまったためです。しかし,現在は違います。私たちは小さな木から大きな構造物を作る技術を開発しました。その作品のひとつが農学部構内の正門右にある弥生講堂です。これは木質建物としては大きなものですが,良く見ると小さな木を巧みに組み合わせた構造物であることが分かります。

 以上述べてきた3つの要素技術の柱をさらに連携して利用することにより植物資源利用の可能性は拡大します。これを進めていくことが私たちの今後の大きな目標です。

5.専修に進学すると

 専修に進学してどのような勉強をするかについてはすでにご理解いただけたと思います。私たちの用意するカリキュラムは講義や学生実験のほかに,工場見学実習,森林科学実習,卒業論文研究などがあります。

 工場見学実習では住宅,化学,製紙,印刷,情報,環境関係の工場や研究所を見学します。また,多くの卒業生はこれらの関係の会社や研究所などに就職しますが,食品や製薬関係の会社に就職する人もおります。このことは,まさに植物資源利用の広い可能性を示しているのだと思います。

 森林科学実習では植物資源として最も重要な出所である森林そのものの成り立ちについて千葉演習林に合宿して学びます。森林を学ぶとともに,お互いの親睦を深めるためにも絶好の機会となっています。

 4年生になると生物材料科学専攻に属する7つの研究室のいずれかに入室し,卒業論文研究に携わります。それぞれの研究室が得意とする分野は非常に多様です。また,多くの学生は大学院の修士課程に進学することを希望しており,分野の基礎と応用についてさらに学んで行きます。

 専修の詳しい内容を知りたい方は,専修のホームページ http://web2.fp.a.u-tokyo.ac.jp をご覧ください。一人でも多くの方に植物資源プロセス学専修ならびに環境共生システム学専修に興味を持っていただき,私たちとともに植物資源を利用した持続性ある豊かな環境共生型社会の構築に向けて力を注いでくださることを期待しております。


agc@park.itc.u-tokyo.ac.jp