学科紹介

マテリアル工学科

                           マテリアル工学科 鳥海 明

1.どんな学科ですか

 材料という言葉からは下支えとか原料といったイメージが連想されると思うが、まさにその通りという部分もあるし、かなりそうでない部分もある。工学部に属しているわけであるから、社会との関係を持ちながら工学的要素をもって個々の研究が進められている。そういう観点からは、経験と勘だけに頼った技術では基盤としては何ともおぼつかない。下から支えるか上から支えるかは別にして、社会の実質的基盤を支えているという強い責任感をもって科学的に材料を研究している部分も大いにある。一方、材料が社会生活の中で無くてはならないものであることはわかるが、最終的に使われているものは必ずしも材料そのものの顔をしていない。必要なものは、利便性であり、効率性であり、耐久性であり、安全性であり、おしゃれであり、健康である。見えるものは、建築物であり、自動車であり、あるいはテニスラケットであり、服であり、あるいはPCであり、携帯電話であり、あるいは食べ物であり、薬品であり、・・・である。君たちにとっては、「すべての出発点は材料であることは理解できるが、何か漠然としか見えない」という感じがあるのではないだろうか。形のはっきりした部分は誰にでもわかりやすい。しかし、何かしらの原料としての材料があり、それをアセンブルして実体を作るという作業の中だけでは閉じない状況が現実に数多く出てきている。材料自身がWillを持ち、実体を作り上げるための材料、そのような材料を作り上げるための過程、あるいは実体そのもののイメージまでを含めて材料を考えなくてはならない状況になりつつあることを君たちはあまり知らないと思う。

 上記のような認識のもと、マテリアル工学科を誕生させることによって学科としての主体的な意志を示したのが3年前である。本年度からは大学院もマテリアル工学専攻と改組した。所詮、名前や名称は時代とともに変わるものであるが、その中に秘められた意志を理解してほしい。すなわち、現代は何か材料をいじりまわして研究していれば良いという時代ではない。材料に我々自身の意志を込めたい。そのためにはできあがった材料の“特性診断”だけではなく、材料ができていく過程も大事にしたい。そして、その材料が何に使われるかを大事にしたい。これが、本学科が目指すところであり、また本学科に所属する約30名の教官と大学院生を含めた研究者の責任でありプライドである。

2.どういう学生に進学してほしいのでしょうか

 僕らは進学してくる君たちの基本的な資質に関して疑ってはいない。しかし上記の観点からマテリアルに対する熱意は絶対に必要である。君たちは今、瞬間的な点数の呪縛にとらわれていると思うが、本郷に来くればわかるが、そんなものは教養課程での瞬間微係数での呪縛であり、研究をしていく上での能力軸とは異質のものである。もちろん教養での基礎学力は重要であるし、点数が高いことが悪いことではないが、その点数が低いことが研究をしていく上での決定的なハンディになるわけではない。一方、上記のように極めて幅の広い本学科に進学してきた時に、現時点での点数は高いが熱意の無い学生にとっては、一体自分がやってきた試験勉強は何だったのかと思うかもしれない。逆に熱意のある学生にとっては、やっと学問をするということの意味が理解できる大変おもしろい時間になるはずだ。そう、そのことが研究のおもしろさを作り、単なる試験勉強との決別なのだ。もちろん、3年生、4年生にも(院生にも)期末試験やレポートは当然ながらある。その試験もそんなに楽ではない。本学科について、“進学も楽勝”、“卒業も楽勝”と思っている者も君たちの中にいるかもしれないが、専門学部での生活がそんなに楽であるわけがない。楽して研究をエンジョイできるほど、どの分野も甘くはない。そこで、また不可をもらう学生もいる。それなら結局のところ試験勉強と同じではないかと言うかもしれない。それは違う。これは研究を楽しむための最低限の基礎的素養を学んでもらうためには必要なステップなのだ。それを越えた時に、本当の意味での本郷での生活の面白さを感じられることを約束する。

 君たちが主役であることは間違いない。そして、僕らはプロデューサーである。プロデューサーやディレクターが、ああだこうだと言っても主役の君たちにやる気がなければ研究というステージは完成されるはずはない。いろいろなタイプの主役がいる。練習に練習を重ねて主役の座を得るものも居れば、天性の輝きで主役になるものも居る。すでに駒場でスターもいるだろうし、ちょっと息抜きしてしまったものもいるだろう。しかし、そこに居たのは、たかだか2年(少し多い人もいるだろうが)なのだ。天性の輝きを持つ君も、練習に練習を重ねて主役の座を得なければならない君も、熱意を持って努力をするなら僕らはいくらでも光り輝くステージを設定したい。

 卒業後の進路は、駒場にいる君たちにとっては重要かもしれないので付け加えておこう。本学科は社会とのつながりも多く極めて多岐にわたった分野に進んでいる。もちろん、大学院に進学するものがもっとも多い。大学院も新領域、生産技術研、宇宙研と関係部所も多いので、本郷だけでなくそちらにも進学するものも多い。就職先に関しても、固定化した観念はまったくあてはまらないほど幅は広い。また、本学科の現在の名称はともかく実体は古そうだから(実際に建物は古い)、教官のほとんどが材料系学科の卒業生かと思うと、教授・助教授では6割以上が他学科・他大学の卒業生である。また、大学院においても他大学からの入学生も大変多い。いろいろな血が入ることは、生き物としての学問が発展的に成長していく上では必ずいい方向に向かう。これらの事実は君たちにとって魅力的に見えるか、そうではないかわからないが、“生きている学科”にとってはこのような不断の努力が必要であると考えている。

3.どんなことを研究しているのでしょうか

 研究分野を大きく分けると、1.航空機・自動車などに代表される構造材料、2.半導体・光デバイスなどの機能材料、3.医療・生体バイオ材料、となる。これらを実現するための新材料・新プロセス研究、あるいは今後地球規模での重要性が認識され始めている環境材料・地球循環システムの研究などが、上記の1〜3までの間を網の目のように張り巡らされた形でなされている。また、これは重要なことであるが、1〜3という枠組みを超えた連携もこれからの方向である。特に現在、上記の分野を包含した形でHuman Materialsという概念を提唱している。これは、上記のすべての分野を含めて人間社会との関係を大事にしようというものである。単にNanotechnologyというワードではなく、実現の方向としてのPhilosophyを持った概念としてとらえている。このことは今までまったく無視されてきたわけではなく個別の領域で考慮されてきたものであるが、マテリアルの原点において人間社会とのつながりを大事にしようと言う僕らのWillを強く示したものである。先に述べたように、無機的な材料の研究を粛々とやるというイメージからはほど遠く、Willを持った材料をどのように実現していくかを僕らは日々考えている。このようなことは社会とのつながり抜きにはなしえない。言い換えれば、我々のWillは社会とつながった形で展開されていかなくてはならない。その結果として、本学科は研究資金も研究のアウトプットとしての発表論文数も工学部の中で群を抜いて多い。

 これだけ幅のある領域を開拓していくわけであるから、最低限の素養は必要である。それをもとにカリキュラムを設定し、それを最低限ピックアップして必須科目としている。そして、君たちがどの領域に興味を抱くかは君たちの選択に大きく任せている。工学部に進学しようと思っている君たちにとって、こんなおもしろそうな学科はあるだろうか。学問は生き物である。変化に順応して自らが変化していける柔軟性のある個性を大事にしたい。変化を恐れない。だめならまた変化していこう。

4.21世紀をクリエイトしていく君たちに

 世の中は何か変わりつつある。大学とて例外ではない。21世紀はすでに2年がすぎようとしている。君たちの意志が、21世紀の日本をまた世界を作るのだ。その時には僕らのほとんどが存在しない。君たちがプライドをもてる社会を作れるかどうかは君たち自身にかかっている。

 駒場時代に、どっちが行で列だか迷っているうちに期末試験になってしまい線形代数を落としてしまった君、ラグランジアンを書けずに物理の追試を受けた君、あるいはサークルに明け暮れてすばらしい2年間を過ごした君、もちろん小学生の時からずっと間違いなくシュアにやってきてAで埋められた成績表をもっている君も、やる気が強くあるならば主役になり得る。君たちが真の主役を演ずることができるように、仲間として、スタッフとして、そして教官として、“厳しく”歓迎しよう。君たちは毎年吹いてくる新鮮な風である。硬直化しないように4号館に吹いてくる風である。熱く高いプライドを持った君を期待する。


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