学科紹介

社会のための工学:土木工学・社会基盤工学

土木工学科・社会基盤工学専攻 堀井秀之

 「社会のために働く」、それが私たちのフィロソフィーです。いつの時代も、社会の求めに応えてきました。戦後復興、高度成長の時代には、道路、鉄道、電力施設などの社会資本を整備してきました。社会の変化に対応して、仕事の中身は変わっても、果たすべき役割は尽きません。「公共・技術・国際」という3つのキーワードを大切にして、「社会の要請」に応えてゆきます。高齢社会を迎えて、安心して暮らせる豊かな社会を実現するために、社会資本のマネジメント技術を開発し、人々の生活や活動を支える社会運営のしくみを改善してゆくことを目指しています。そのような私達の試みの一端を紹介しましょう。

■ 国際社会で活躍する日本人を育てる

 日本を取り巻くこの閉塞感、何とかならないのでしょうか。一方で、スポーツ選手や音楽家の国際舞台での活躍ぶり、何とも対照的です。市川惇信先生が「暴走する科学技術文明」の中で、「日本人に創造性がないのではなくて、日本の社会に創造性を育てる風土がないのだ」と指摘しておられます。若い人が、これから活躍の場を求めるのであれば、是非国際社会を視野に考えてはいかがでしょう。日本の将来を考えるとき、世界の中の日本、アジアの中の日本という視点が不可欠ですし、それ以外に活路は見出せないのではないでしょうか。

 土木工学科・社会基盤工学専攻では、国際社会で活躍する人材を育てることを大きな目標のひとつに掲げています。今年度より、新たに国際プロジェクトコースを設けることとなりました。来年度からは、国際プロジェクト部門という進学振分け部門も新設する計画です。例えば、世界銀行、アジア開発銀行、ユネスコなどの国際機関において活躍する人材を養成することが、具体的な目標のイメージです。

 まず、世界的な視野を持つことが大切です。土木工学科では3年生の夏休みに、企業で研修する夏期実習を実施していますが、今年からケンブリッジ大学やコロンビア大学など海外の大学で勉強するサマースクールを始めました。大学の寮などに滞在し、先方の研究室の学生とともに実験をしたり、議論をしたり、短い期間であっても得るところは多いはずです。

 また、韓国ソウル国立大学と国立台湾大学の土木工学科の学生と行っている3大学学生交流も楽しい活動で、今年で10年目になります。大学が順に交代で開催し、討論会を開いたり、建設現場の見学をしたり、野球大会や懇親会など、約1週間行動を共にします。韓国、台湾の学生が何を考えているのか、日本をどう見ているのか、普段考えることのない問題を考え、アジアの中の日本という視野が開かれます。参加した学生は、卒業後も連絡を取り合っているようです。アジアの発展を支える同志として、いつまでも友情を大切にして欲しいと思います。築かれた人脈は貴重な財産となるはずです。

 講義も、「国際開発論」、「アジアの経済開発」、「途上国プロジェクト・マネジメント概論」など、国際社会で活躍するために必要な基礎的知識を提供しています。「国際コミュニケーションの基礎」は、英語教育を専門とするネイティブの先生による、英語による議論や読み書きの技術を実践的に習得する講義です。

 昨年度より、インターンの制度も開始しました。フィリピンのマニラに本店のあるアジア開発銀行と連携し、毎年3名、約9ヶ月間、インターンとしてアジア開発銀行で研修し、発展途上国の援助プロジェクトに係わる実務を経験するというプログラムです。プロジェクトの現地を訪れるミッションにも参加し、援助プロジェクトの実態に触れることができます。昨年12月、アジア開発銀行で第1期のインターンの最終発表会に参加しましたが、学生の見違えるほどの成長ぶりに、大いに驚かされました。毎日の英語での交渉、報告はかなり大変な経験だったようですが、アジア開発銀行で築いた人脈も含めて、貴重な財産を得たはずです。

 将来、国際社会で活躍する日本人をリストアップしたときに、我が土木工学科・社会基盤工学専攻の卒業生が多数ノミネートされる、それが私達の描いている夢なのです。

■ 社会技術:俯瞰的能力を活かして社会問題を解決する  

最近私が熱中している研究テーマについても紹介させていただきます。

 「社会技術」というのは聞きなれない言葉かもしれません。「社会技術」を紹介するには次の例え話がいいでしょう。船の安全性向上はエジプトの時代から重要な課題でした。科学が生まれるはるか前から「技術」は存在し、どのように造れば船は強くなるか、どのように航海すれば安全であるかは知られていました。「技術」に「科学」が付加され、天文学に基づく羅針盤、航海術、さらにはレーダーなどの助けによって船の安全性は著しく高まりましたが、船の安全は必ずしも科学技術だけで担保することはできません。そこで、人類は「船が沈むとき、船長は船と共に沈む」という社会技術を生み出したのです。嵐の中で、今や沈まんとする船を必死に操舵し、危機を脱しようとするとき、船員の行動を支配するのは、法制度でもなければ、経済制度でもなく、この船長に従えば助かるという信頼であり、信頼を担保する船長の責任感でありましょう。

 科学技術は著しく進歩したにもかかわらず、社会技術の方は昔と一向に変わっていません。社会技術研究の必要性が唱えられた背景には、(1)科学技術の成果を社会技術の発展に活かしたい、(2)科学技術の影響を強く受けている社会に相応しい社会技術が必要である、(3)社会技術を支える人文・社会科学の発展を支援したい、という思いがあるのです。 科学技術の進歩は、人々の暮らしを便利で豊かにしましたが、一方では、地球環境問題のように、複雑で広範囲にわたる問題を産み出してしまいました。科学は領域を細分化し、それぞれの小領域で進化することによって発展してきましたが、その帰結として、問題の全体像の把握が難しくなってしまいました。「2000年問題」の全体像を事前に語ることができた専門家がいたでしょうか。複雑な社会問題を解決するためには、自然科学だけでなく、人文・社会科学の協力が欠かせません。それは、社会問題に、人々の感じ方・考え方、行動が大きく係わっているからです。

 社会技術とは、分野を越えた幅広い視点に立って、社会問題を解決するための技術のことです。ここで「技術」という言葉は、広い意味を持ち、統治技術としての法システムや、保険などの経済制度、教育、社会規範なども含まれます。社会問題を解決するための社会技術を開発すること、そして、その方法論を確立することが社会技術研究の目的です。

 社会技術の具体例を紹介しましょう。社会基盤工学専攻の交通安全研究グループは、交通事故の情報を分析し、結果を地理情報システム(GIS)に載せ、例えば東京のどこで、どのような交通事故が、どの程度の頻度で発生しているかが一目で分かるWebサイトを造っています。人々がそのWebサイトを見ることによって交通安全に対する意識が高まると同時に、何故いつまでも事故がなくならないのか、管理主体は何をしているのか、というプレッシャーが管理主体に作用し、対策を講じざるを得なくなり、あるいは、対策予算がつきやすくなり、結果として安全性が高まる、というシナリオが考えられています。

 地震防災グループでは、「既存不適格」の解消を目指した社会技術の開発が進められています。「既存不適格」とは、昔の建築基準法に従って建てられた古い建物のことで、耐震性能が低いため、大きな地震で倒壊し、人命が失われてしまう可能性が高いのです。阪神大震災で亡くなられた方の多くは、倒壊した家の下敷きになってしまったのです。どんなに救援体制を整えても、そのような命を救うことはできないのです。その命を救うためには、その建物を所有している方に、耐震補強をしよう、建替えようと思ってもらうしかありません。

 地震防災グループの提案する社会技術は、建てた年代、工法・構造、川の付近か台地か等を入力すると、地震で建物が壊れる様子が立体的に表示されるWebサイトと、耐震補強に対する助成制度や耐震補強を促す保険制度の組み合わせです。事実が明示化されることが社会問題解決の第一歩で、事実に対する共通の認識がされれば、制度への理解や、その実現・運用への協力が得られるようになると考えています。

 社会技術を必要とする社会問題はまだまだあります。土木工学は元来、総合的な学問であり、社会基盤施設の整備を通じて社会問題の解決を目指してきました。俯瞰的・問題解決型の研究である社会技術研究を、土木工学科・社会基盤工学専攻で実施するのは自然な流れなのです。俯瞰的な能力を持ち、公共・技術・国際というキーワードを大切にして、国内外の社会問題解決にあたる人材を育ててゆきたいと考えています。


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