学科紹介

理学部地球惑星物理学科

地球惑星物理学科 阿部豊

1.地球惑星物理学とは

 地球惑星物理学は、一言で言えば、地球や惑星の上で生起する様々な現象を物理学を使って解明していくという学問分野です。実際に取り扱う内容は極めて広く、身近な自然現象から、太陽系や惑星の進化や宇宙空間現象までを対象としています。

 人間がこの地球の上に生活している以上、地球を知ることについてのニーズは昔からありました。日々の天気の変化のメカニズムを理解し予測に役立てたい、あるいは、しばしば大きな被害をもたらすような地震現象の本質を理解して予測したい、というような欲求です。このような欲求は、強力な予測能力を特徴とする物理学を用いて地球現象を解明しようとする、地球物理学の大きな動機付けとなってきました。こうして気象学や地震学は地球物理学の中でも早くから発展してきたのです。人間の活動の規模や影響が非常に大きくなってきた現在、こうした研究の必要性は従来にも増し大きくなりつつあります。地震の発生や火山の噴火に関連した自然災害科学・予測科学としての側面、地球の温暖化や砂漠化、エルニーニョによる気候変動、あるいはオゾンクライシスといった環境科学としての側面などがその代表例です。これらの、いわば近未来の人類に課された課題とも言える諸問題の解決には、よりよい地球理解が必要とされていることは言うまでもなく、地球物理学のさらなる発展への社会的なニーズが存在します。

 一方、20世紀を通じて展開されてきた地球科学の発展と宇宙開発によって、地球物理学はその対象をこの地球だけではなく、地球をめぐる惑星間空間、太陽系の他の惑星、そして太陽系と銀河系空間の相互作用領域にいたるまで広げました。さらに、現在の地球や惑星の状態を理解するに留まらず、地球・惑星の形成・進化の歴史から未来の変動予測までを一連の時間発展過程として捉えることを可能にしつつあります。宇宙的な視点から我々の住んでいる地球をとらえるということには一種のロマンがあります。しかし、人間の活動がグロ−バルな影響を持つ現代では、地球を一つの複雑なシステムとしてとらえることに実際的な重要性もあるのです。

 地球惑星物理学は、歴史的な発展の過程、対象、手法などからいくつかの分野に分かれています。

 気象学や海洋物理学など、大気や海洋を研究する分野では、地球や惑星の流体圏に生じる対流運動、各種の波動および不安定現象についての基礎的研究、モンスーンや異常気象に関する研究、大気−海洋結合モデルを用いて気候変動のメカニズムを明らかにする研究、海洋の構造と大循環、各種の海洋波動および海洋乱流に関する研究、大気海洋システムにおける物質循環についての研究などが行われています。

 現在の太陽系の姿を対象とする分野では、数値実験や理論、人工衛星/人工惑星・ロケット観測を用いた太陽フレア・コロナ・太陽風などの太陽〜惑星間空間現象、オーロラなどの磁気圏現象、惑星それ自体とその周辺環境、星間物質、宇宙線などの研究がおこなわれています。一方、地球や太陽系の歴史・起源の探索を目的として、隕石や惑星間空間塵などの宇宙起源物質の物理的・化学的・同位体的性質の研究も活発に行われています。

 地球や惑星の内部を研究する分野では、地球や惑星の内部構造、高温・高圧下での物質の状態に関する研究、地震活動、火山活動、地殻変動などの地球表層活動に関する研究、地球表層活動と地球深部活動の相互作用に関する研究が行われています。

 また地球や惑星を一つのシステムとしてとらえて、惑星周辺空間と地球表層環境と固体地球内部を相互に作用し合う一つのシステムとして理解し、その形成・進化過程を解明しようとする研究も行われています。

2.地球惑星物理学科での専門教育の概要

 地球惑星物理学はすでに述べたように、物理学を使って地球や惑星上に生起する諸現象を解明する学問分野ですから、数学や物理学が基礎となっていることはいうまでもありません。したがって教養学部第4学期及び第3学年の間は、特に物理学の基礎的な科目、物理数学や量子力学、統計力学などを学習します。この際には、理学部物理学科や天文学科と同じ講義を受講します。

 第3学年では地球惑星物理学の基礎的な科目も学習します。地球惑星物理学は巨視的な物体を取り扱うことが多いため、巨視的な物体の物理学の基礎となる科目です。地球惑星システム学I、固体地球力学、弾性体力学、地球流体力学I・?、地球電磁流体力学、宇宙空間物理学、地球惑星物質科学、地球惑星データ解析学などがそれです。この段階で学習する内容は地球への応用のみならず、日常的な応用範囲も非常に広いものです。3年時に学習する基礎的科目は選択必修科目に設定されていて、将来、地球惑星物理学のどのような分野を目ざすにしろ、基礎として学修が推奨されています。

 第4学年では第3学年までで身につけた物理学の考え方を基礎として、実際に地球や惑星上で生起する様々な現象とその原理について学習します。宇宙空間物理学や気象学、海洋物理学、地震学、地球内部物理学、比較惑星学、地球惑星システム学など、将来的にいろいろな専門分野に入っていく上での基礎となる講義です。地球惑星物理学科では、学部の段階では専門を絞り込まないため、地球や惑星上で生起する様々な現象の基礎を広く学ぶことができることも大きな特徴です。

 地球惑星物理学では実際に地球や惑星を観測したり分析したりすることが重要ですが、そのための基礎的な実験技術の修得のために、第3学年では地球惑星物理学実験が開講されます。また、地球や惑星上での現象は規模が大きく、容易に実験ができないこともあるために、数値実験は古くから重要な技法となっていました。数値実験の基礎的な技術を学ぶための地球惑星物理学演習も第3学年で開講されます。第4学年では地球惑星物理学特別演習が開講されますが、ここでは2〜3名程度の小グループに分かれ、それぞれ特定の興味あるテーマを選び、教官のアドバイスを受けながら主体的に問題を解決していく中で、地球惑星物理学における研究のプロセスを体験します。地球惑星物理学科には卒業論文や卒業研究はありませんが、特別演習はそれに代わるものとして、冬学期の終りには、演習の成果を発表する機会が設けられています。

3.卒業生の進路

 地球惑星物理学科の卒業生は、その殆どが本学大学院地球惑星科学専攻に進学します。地球惑星科学専攻は平成12年度に地球惑星物理学専攻、地質学専攻、鉱物学専攻、地理学専攻が合同して発足した新しい専攻です。その構成教官は理学部地球惑星物理学科・地学科の教官に加え、理学部附属の地殻化学実験施設、東大附属の地震研究所、海洋研究所、物性研究所、宇宙線研究所、原子核研究所、気候システム研究センター、先端科学技術研究センター、及び国立宇宙科学研究所に所属する100名以上の教官で構成されており、地球惑星科学の殆ど全ての分野にわたっての研究・教育活動を行っています。大学院では各専門分野に分かれ、各々の指導教官のもとで研究活動に参加することになります。

 地球惑星科学専攻の修士課程の受入定員は109名、博士課程の受入定員は約50名です。理学部地球惑星物理学科・地学科以外の学科、他大学からもかなりの入学があります。修士課程修了段階での就職先は、民間会社(石油資源開発関係、海洋開発関係、計算機関係、建築関係、電気・鉄綱関係、金融関係など多種多様)と国立機関(気象庁、同気象研究所、文部科学省、防災科学技術研究所、環境省、国立環境研究所、国土地理院、産業技術総合研究所、通信総合研究所、海上保安庁水路部、水産庁水産研究所など)が半々です。国立機関へ就職するためには、国家公務員?種試験に合格していることが必要条件となります。社会一般や産業界においても地球環境変動予測、防災型社会設計、環境保全・環境診断といった新たな職種が登場してきており、地球惑星科学の応用分野として高度な専門性を持つ人材の必要性が高まってきています。

 博士課程を修了すると、殆どの者が大学や研究所などの研究・教育を目的とする機関への就職を希望します。求人は不規則で、希望した大学や研究所に就職することができるか否かは、偶然にも左右されます。しかし、各人の能力や研究業績が最も重要な要素であることには違いがありません。