専修紹介
農学部第7類:生物材料住科学専修・生物材料開発化学専修 
生物材料科学専攻長 空閑重則
 
生物材料とは何か
 人類文明は様々な材料を利用している。最も古くから使用され現在も重要な位置を占めるのが生物体から採取される材料=生物材料である。なかでも植物は様々な形の材料を我々に提供し続けてきた。日本人の衣食住のうち、とくに「衣」と「住」は木材・綿・麻など植物の作る高分子物質=多糖からなる材料に大きく依存している。これらの材料は化石資源と異なり太陽エネルギーによって無尽蔵に再生産される。そして地球上で生産されるバイオマスの大部分を占めるのが森林=木材である。
 化石資源の枯渇が現実のものとなる21世紀を迎えた我々は、資源の循環利用に基づく持続的文明の展望を開く時期にさしかかった。農学部第7類は大学院組織である生物材料科学専攻に対応し、木材をはじめとする生物材料資源を有効に利用する産業技術およびその基礎となる学問を教育する。これには既存の技術を改善する様々なアプローチ、また生物がそれらを作り出す仕組みを解明してそれらを人工的プロセスに活かすための研究開発の手法も含まれる。このように材料としての生物資源利用を対象とするので、農学部の中では工学部的色彩が強く、理科2類の他、1類からの進学者も多い。 本類は以下の2つの専修からなる。
 
生物材料住科学専修 では木材とそれを加工した材料を活用する技術、とくに木造住宅に関わる材料の製造・加工・性能評価・住宅設計・リサイクルに関わる科学と技術を習得する。
 
生物材料開発化学専修 では生物材料を化学的・生物的に処理して有用物質へと変換・加工する技術、具体的には製紙産業をはじめとして植物細胞壁成分であるセルロース・ヘミセルロース・リグニンの化学的・生物的処理を利用する科学技術を習得する。
 
 これらの教育研究は生物材料科学専攻の7つの研究室が担っている。
? 生物材料物理学: 木材の組織構造・水分・熱特性の解明と制御、木材の断熱性能・  心理・生理・環境科学、炭化による新材料の開発
? 木質材料学: 木質住宅の耐震・断熱・遮音技術、居住性の改善と評価、木質未利用資  源およびリサイクル材料の有効利用と新しい木質材料の開発
? 高分子材料学:木質材料への応用を意図した接着剤・塗料用高分子の合成とその特性  の解明、接着現象の基礎研究、アルギン酸・キトサンなど木材以外の生体高分子の化  学修飾・物性制御による新材料開発
? 製紙科学: 製紙技術・産業の基礎となる諸現象の解明、紙の印刷適性の改善と評価、  印刷画像の解析、塗工による高機能紙の開発、紙のサイズ処理・表面電荷の制御など  抄紙工程に関わるコロイド科学
? 生物素材科学:セルロースの微細構造の解明、セルロースの化学修飾・熱処理による  新材料の開発、微結晶セルロース・キチンのコロイド科学、結晶性セルロースの炭化・  黒鉛化
? 木材化学:木材細胞壁主成分(リグニン、ヘミセルロース、セルロース)の化学構造  と反応性の解明、それらの化学修飾による高機能化、化学処理による分離機構(パル  プ化)の解明と改良、木材のパルプ化・漂白の化学
? 森林化学: 木材腐朽菌の作る多糖分解酵素の構造・作用機構、植物の組織培養による  有用物質生産、木材抽出成分の分析と生理活性物質の探索
 
 上方が物理・材料工学系、下方が化学・生物系という系列になっている。すなわち、生物材料住科学専修は上半分、生物材料開発化学専修は下半分 という色分けになるが、内容は相互に密接に関連し、有機的に連携して教育・研究を進めるので、卒業研究および大学院進学での研究室配属に専修別の枠はない
 学習・研究対象は木材成分が中心であるが、利用する加工処理と分析手段は他の生体高分子資源(甲殻類から得られるキチン・キトサン、海藻多糖、構造タンパク)にも応用される。旧林産学科が大学院重点化の改組で生物材料科学専攻となって以来、このような非木材資源を対象とする研究・教育が比重を増しつつある。またこれら素材への合成高分子技術の適用と天然物と合成物の複合化による高機能材料の開発も重要な分野である。
 
生物材料の謎に挑む
 生物材料の多くは我々に身近な、ありふれたものである。しかし生物がこれらを作り出す仕組みには未だ多くの謎がある。例えば地球上で最も多量にあるセルロースという物質は植物体の主要な繊維成分だが、その結晶構造の詳細は最近10年ほどの間にようやく解明されたばかりである。木材組織を顕微鏡で観察すると、様々な形の細胞が入り組み、複雑で精緻な構造を作っていることが分かる。木材はセルロース、ヘミセルロース、リグニンという3種の化学物質からできているが、これらがどのように合成され配置されて強靭な材料となるのか、分かっていないことが多い。またエビ・カニ・昆虫の外骨格を作っているキチンはセルロースと良く似た構造を持っているが、分子鎖の配列の仕方にセルロースとは大きな違いがあり、その原因も分かっていない。
 このような謎を解き、生物体の構成の仕組みを理解することは、人工材料の設計に貴重な指針を与える。化学構造(一次構造)の模倣という意味では、絹を真似てナイロンが作られたように、石油化学による人工材料の開発において多くの例があるが、高次構造レベルでの制御という意味では人工物質は生体物質に遠く及ばない。
 現在の化学・材料科学の大きなトレンドは「ナノ工学」である。これは電子顕微鏡の観察限界に近いナノメートルオーダーの構造を制御し構築することが、従来にない特性と機能を持つ材料や素子の開発に不可欠であることが認識され始めた結果である。生物材料組織の構造と生成機構の解明は、生命現象の基礎的理解への挑戦であると同時に、ナノ工学への挑戦でもある。
 
教育の特徴
 本専修では生物材料の科学と技術の基礎となる 植物組織学、生化学、酵素学、有機化学、物理化学、高分子科学、コロイド科学、材料工学、等を広く学ぶ。これらは木材関連の産業・科学技術に限らず、広く材料・化学工業に携わる技術者・研究者としての素養を身につけることでもある。学問内容が多岐にわたるので最初は焦点が絞りにくいかもしれないが、2年間の勉強を通じて自分の適性を判断し進路を選ぶことができるという意味で「間口が広く、かつ出口の広い」専修である。4年次には上記7つの研究室のいずれかに配属されて卒業研究を行う。希望が衝突することもあるが大学院での所属は卒研に縛られずに選べるので、おおむね学生の納得を得て調整される。
 
¶ 実験・実習: 3年次には講義に加え、前期は両専修共通の 生物材料組織学実験、生物材料化学実験、生物材料物理学実験を履修する。後期には2つの専修に分かれて住科学実験および開発化学実験を行う。また3年次秋には千葉演習林(清澄山)において木材生産のための森林管理を学ぶ「森林科学実習」を行う。3年次末には 関連産業(木材工業、建設、製紙、印刷、化学など)の現場を見学する生物材料科学実習を行う。
 
卒業後の進路
 近年の傾向に漏れず大学院進学率が高く、例年学部卒業者の7〜8割が修士課程へ進学する。学部定員23名に対し修士定員は17名であり、まじめに勉強すれば進学は難しくないが、最近は他大学からの受験者も多いので油断は禁物である。就職先は 学部・修士では、住宅、建築、木質材料製造、紙パルプ、包装、印刷、電気、機械、化学、繊維、食品、商社、コンピュータ、官公庁など多岐にわたる。博士課程への進学は修士修了者の1/4〜1/3 程度で、進路は関連分野の研究職(大学、国公立研究所、企業)がほとんどである。
 
最近数年の就職先を紹介する。
¶ 学部卒 : 農水省、林野庁、東京海上、森ビル、三菱商事、日商岩井、中川製作所、       大分合同新聞社
¶ 修士卒 (分野別)
   住宅・建設: 一条工務店、三菱地所ホーム、永大産業、三井木材工業、アイカ工業、       松下電工、積水化学、大建工業、清水建設、中央住宅
   紙パルプ・印刷: 日本製紙、王子製紙、三菱製紙、凸版印刷、レンゴー、東洋製罐、       大日本印刷
   化学・繊維・薬品・食品: 東洋紡、旭化成、関西ペイント、中外製薬、日本リーバ
   電気・コンピュータ: ミノルタ、NEC、キャノン、ソフトブレイン
   商社・金融、その他: 住宅金融公庫、ソロモンブラザーズ、ダイエー
 
¶ 博士卒 :一条工務店、木下工務店、ダイセル、荒川化学、特種製紙、東京大学、北海      道大学、森林総合研究所、学振特別研究員、外国留学
 
 このように多様な産業に途が開かれていることは、本専修で学ぶ内容が幅広くかつ奥深く、新時代に対応する技術と人材を求める産業界に期待されていることの反映である。夢多く意欲ある学生諸君が生物材料科学の門を叩かれることを期待する。