専修紹介

 

森林科学を学ぶ農学部三類の3専修

森林科学専攻長  八木久義

1.21世紀を拓く森林科学

 
 森林科学は、森林や環境と人間との関わりを考究する学問として、極めて長い歴史を持っている。我々は近年の科学技術の進歩によって、豊かな生活を享受しているが、その一方で、地球の温暖化、酸性雨、砂漠化、熱帯林の減少といった地球環境問題を引き起こしている。それらの環境問題は21世紀の地球の命運を左右する重要課題であり、いずれも森林との関わりなくして解決することは困難と考えられている。そのため、近年地球環境に果たす森林の役割が、広く一般にも理解されるようになってきており、森林はいまや、人類の生存に関わる基本的な資源であると同時に、基本的な環境としても大変重要視されている。
 この森林科学は、多方面にわたる研究分野を包含しながら、一つの大きな総合的な学問領域を形成している。その学問領域は、いわゆる生命現象に関わる分野から、資源や環境に関わる分野にまでまたがっていることが、大きな特徴である。
 従って、その一つの大きな柱は、人類が出現以来多大の恩恵を受けてきた森林資源の育成、利用および保全に関するものであり、もう一つは、森林がそこに存在することによって人類が享受することができるさまざまな公益的機能に関するものである。
 そのような森林のもつ多面的な機能の発揮は、森林の営みに関するメカニズムや因果関係を明らかにして初めて可能となる。そして、そのような森林生態系の科学的解明を背景として、21世紀の森林の育成・維持ならびに地球環境を考えていかなければならない。
 現在、森林資源や環境問題は、地球の砂漠化や温暖化現象などにみられるように、グローバルな視点からの検討が必要とされており、森林の保護、育成、利用技術の先進国であるわが国の森林科学は、それらの解決に向けて、先端的かつ国際的な役割を担うことを求められている。 諸君のような若い頭脳の活力あふれる活躍が、多いに期待される所以である。
 

2.森林科学を学ぶ専修

2-1.森林生物科学専修

 『森』に入ると、さまざまな事象が目に飛び込んでくる。足元の土壌、群れ遊ぶ昆虫、落葉から顔を出しているキノコ、地床の植物、林冠を構成する樹木、そして鳥のさえずりが聞こえる。これら森林生態系そのもの、すなわち、森林の生命現象に関するさまざまなメカニズムについて学ぶのが、森林生物科学専修である。森林を造り、そして維持していくために、造林学・森林植物学・森林動物学などを基礎として、東南アジアやアフリカ地域などにおける熱帯林の再生、森林衰退現象の解明、野生動物の生態解明に至るまでの、幅の広い観点からの研究と教育が行われる。また、森林生態生理学の理論を用いた森林の維持機構、共生菌などの共生現象と樹木の相互関係、樹木医学的観点や生物学的防除理論など、基礎と応用の両面から森林を学ぶのが特徴である。
 

2-2.森林環境科学専修

 森林は、現在の『地球』と『地域』の環境を良好に保つ機能を持つばかりでなく、人間が活動している現在の地球環境そのものを創りだすのに不可欠な要素であったこと、すなわち、人類の生存に関わる根源的な環境要素であることがわかってきた。もちろん、持続可能な資源として不可欠なことも明らかである。そこで森林環境科学専修では、森林と環境の関わりを、水文学的手法を中心に、環境面から解析するための基礎的研究を行う森林理水学や、森林・山地の保全と、そこでの災害防止対策に対する基礎および応用的研究、さらに破壊された森林の再生や、砂漠や無林地の緑化に関する理論と技術を研究する砂防工学を学ぶ。また、自然風景地から田園、都市を対象として、国土景観と生活空間の保護、保全、創造のための計画・方法論に関する研究や、地域における美しく快適な森林景観の計画と設計に関する基礎的、応用的研究を行う森林風致計画学を中心に勉強する。
 

2-3.森林資源科学専修

 現代の森林科学は、森林生態系のみでなく、森林と環境との関わりや、森林と人間との関わりを良く知ることに始まり、森林を持続的に管理利用する方法、森林資源を有効に利用する方法を追及する学問である。そのうち、森林資源の利用や、森林バイオマスの生産などに関する分野を本専修で取り扱う。一方、世界の森林資源が減少していく中で、人口の増加と経済の成長が進み、生産基盤としての森林の重要性は今後ますます高まると考えられる。本専修では、こうした森林資源の生物生産的側面について、森林資源科学として勉強するわけである。
 森林・林業の世界では、従来より『生産の保続性』という言葉で持続的生産を実施してきた。このような伝統のもとで、森林の造成、成長、そして収穫にいたる森林の生産過程を総合的に学習し、森林資源についての持続生産のための基礎知識を勉強する。
 

3.カリキュラムと学生生活

 
 学部教育においては、いずれの専修においても先ず森林科学について幅広く学び、その全体像を理解するという点に主眼がおかれている。そのために必要と考えられる基本的な講義と実習が、三類の3専修(森林生物科学専修、森林環境科学専修、森林資源科学専修)それぞれに設定されている。
 それらの森林科学教育の最も大きな特徴は、多くの実験や実習が、実際に森林に出掛けて行って、「科学の森教育研究センタ−」所属の演習林やその他の森林で行われる点である。
 東大「科学の森教育研究センタ−」は、全国7ヵ所に合わせて3万2千ヘクタールもの森林を擁し、亜寒帯から暖温帯にまたがる天然林と人工林によって構成され、森林科学関連の教官の研究活動や、学生の実験や実習、および学位論文のフィールドとして活用されている。
 そのような野外滞在実験や実習によって講義の理解を深め、また教室では学べなかったことを習得することができる。なお、夏期休暇中の実験や実習などでは、その前後に旅行の予定を組み込む学生も多く、これらの実習体験や旅行は、卒業後に最も懐かしい思い出となる。
 また三類では、卒業論文が必修の単位として組み込まれており、3年時の秋から、森林科学専攻あるいは科学の森教育研究センタ−に属する研究室の中から、卒業論文の指導を受ける研究室を自由に選択し、より専門的な研究を始めることになる。選択できる研究室は、所属する専修にかかわらず、興味に応じてどの研究室でも選択が可能である。
 研究室は、先輩や教官と議論したり、調査、実験を行ったりする場所というだけでなく、大学生活の拠点となり、社会のこと、人生のことなど、多くを学ぶ機会を与えてくれる。そして何より、研究のおもしろさを体験、実感できることが最大の収穫であろう。
 また、森林科学関連の教職員と学生で構成される「東大林学会」という組織では、恒例の行事としてソフトボール大会や雪上訓練(スキー講習会)を毎年実施しており、会員の親睦に大きく寄与している。
 

4.卒業後の進路

 学部卒業後は、大学院修士課程への進学を希望する者が多く、卒業生の過半数を占めている。近年この傾向が強く、『修士程度の力をつけてから実社会で活躍を』と考える者の増加がうかがえる。林野庁、建設省、環境庁などの中央官庁へも毎年何人か就職している。それらの中央官庁へ就職するには、7〜8月にかけて実施される国家公務員採用試験に合格する必要がある。また、民間会社では総合商社や金融・保険関連の企業へ就職する者が増えており、従来多かった製紙・林業関連企業へ就職する者は少なくなっている。その他、環境問題への社会的な関心の高さを反映して、森林や自然地などの管理・整備の専門家として、不動産会社や建設会社、鉄道会社のリゾ−ト部門などへの就職が増えていることも近年の特徴的な傾向である。
 修士課程修了後は、博士課程へと進学する者も多いが、森林総合研究所を始めとする公的な研究機関や民間会社へ就職する者が増えている。このことは、社会の側も修士修了程度の力を持ち、研究者として、あるいは実務者として、即戦力となる人材を求める傾向にあることを示している。全般的に就職先が多様化しており、森林に関わる環境、社会、経済、生物問題の専門家が、さまざまな方面から求められていることがうかがえる。
 なお、森林環境科学専修と森林資源科学専修では、測量士補の資格が取得できる。