新学科紹介

工学部システム創成学科(http://si.t.u-tokyo.ac.jp)

工学系研究科システム量子工学専攻 

田中知、高橋浩之

1.学部・学科枠組破壊

 駒場で理科系に所属している皆さんは、理学部・工学部・農学部・薬学部・医学部などの学部に進学される方が多いと思います。おそらく漠然と、理学部は原理を追究し、工学部はものを作り、農学部は生物を相手にするといった古い枠組みを無批判に受け入れてしまう人も多いと思いますが、そこに疑問を持ったことはありませんか? 実際には本郷への進学に際して少し真剣に調べてみると、最近急速に進展している情報技術などは理学部でも工学部でも勉強できますし、同様に大きく変化しつつある生命科学に興味をもった人は、アプローチはそれぞれ少しづつ異なるものの理・農・薬・医・工のいずれでも勉強できることが分かるでしょう。急速に変化しつつある学問分野にとっては、前時代の人々が築いた学部の垣根は既に朽ち果てた城壁のように無意味なものにも見えます。

 工学は、現代科学を良く理解し、応用し、我々の生活に役立たせるための学問ですが、昔のシンプルな工学においては応用の結果得られる最終的な生産物をシンボルとして、例えば船を作る技術は船舶工学、航空機を作る技術は航空工学等と理解するのが分かりやすかったので○○工学というものが沢山できてしまいました。しかし、物事がだんだん複雑になってくると、実は船体や機体の設計においては共に流体のふるまいを理解することが本質であり、応用のためには基礎的なことを解明し、整理し、それらを用いてまた新たな応用分野を築くといった具合に工学は生活と科学の間をつなぐ形で進んできました。一方、これまでの東京大学では昔ながらの学科構成の秩序を維持してきており、情報革命・バイオテクノロジー・環境への意識の高まり等を機に急変している世の中の流れに十分対応してきたとは言えませんでした。このような中、工学部では精密機械工学科・船舶工学科・システム量子工学科・地球システム工学科の4学科を廃止し、4月から新たにシステム創成学科を誕生させました。本学科は、工学部に設置されていますが、これまでの工学部における学科の枠を取り払い再構築を行なうことで、理・工・農・薬・医など理系の分類はおろか、文系と理系の境界にまで攻めこんだ広い範囲において、これからの理系の新たな方向を示すものとして今、大変注目を集めています。ここでは、今年度の進学振分けから第一期生の採用の始まる本学科の概要について簡単に紹介したいと思います。

2.システム創成学科で何ができるか−急激に変化する世の中で通用するために、さまざまな問

題解決に必要な実力をつける−

 皆さんはシステム創成学科と聞いて何を想像されるでしょうか。 創成ということばは、創造を示します。受験勉強を勝ち抜いてこられた皆さんは高い勉学能力をもっているはずですが、最近、諸外国との比較で良く持ち出される「オリジナリティ」の点ではどうでしょうか。既に日本の科学技術は世界のトップレベルにありますので、欧米のアイディアを輸入し改良するという方法はもはや通用せず、新たな科学技術の創造を自ら行なっていかなくてはなりません。果たして、板書をコピーし先生の話を口述筆記するような一方通行型の授業を4年間こなすだけで皆さんが真に創造力を涵養することができるのでしょうか? 情報革命により誰もが専門知識を一瞬のうちに手にすることができる中で、既存産業をベースにした専門分野のみに閉じこもり当座の知識を蓄えたとしても、大手企業が次々と倒産し、吸収合併のなされる現代社会において皆さんの活躍する長い時間を考えるとき、産業の興亡を制して自ら主導権が取れるのでしょうか?

 そのような素朴な疑問が本学科の出発点になりました。システム創成学科の教育システムは予習・復習を前提にした明治時代以来続く東京大学の伝統的な講義方式から、多くの分野で役に立つ普遍的な事項については、1時間の講義で新鮮な刺激を受けたら、それを維持したまま次の1時間は演習をやってみるといった具合に演習を積極的に取り入れて学習効果を高めた新しい学生参加型の教育形態をとっています。更に本学科における目玉として、各学期に「プロジェクト」が用意されています。これは、従来、学部においてある程度以上の距離を置いて接してきた教官と学生が、個人対個人の関係で接し、皆さんが先端的な個別の問題に自らの視点から取り組み、自己の能力の全てを尽くしてあらゆる手段を用いても問題解決を図るという、新しいプログラムです。高校・駒場時代においては、常に教科書や問題集があり、どこかに答は用意されているという、いわば完成された文法規則に則った定型文型の授業に慣れてきた皆さんにとっては、システム創成学科のカリキュラムはきっと斬新で魅力的に見えることと思います。真に創造的な仕事をするためには、応用力・問題解決能力が重要なためこのような新しい形態をとっているのです。

 また、問題解決の過程においては、現実に存在する、実際の「もの」を意識しなくてはなりません。従来の物理や数学などの学科目を学ぶ過程においては、抽象化して、なんとなくこうだろうと済ませて来たところを、圧倒的なリアリティをもって実感できる、そんな学科がシステム創成学科なのです。具体的なプロジェクトのテーマにおいては、実社会の人と対等の立場で討論したり、普段ブラックボックスとして扱っているカメラを分解してみたり、最先端の粒子加速器を用いて錬金術を行なったりするなど、さまざまな課題が用意されております。このように実社会から最先端の研究までオリジナリティの要求される現実世界を意識し、文系から理系までの幅広い範囲をカバーするのが、システム創成学科です。

3.システム創成学科の4つのコース

 さて、以上でシステム創成学科の大枠が大体見えてきたと思いますが、一口に先端分野や境界領域と言っても、実際にはどのような分野の勉強をするところなのでしょうか。システム創成学科は、定員約180名と大きな学科ですが、環境・エネルギーシステム、シミュレーション、生体情報システム、知能社会システム、という4つのコースからなっています。まず、1番目の環境・エネルギーシステムコースについては、地球規模の環境問題・エネルギー問題を長期的な視点から評価・解析し、これに取り組む人材の育成を目指しています。ここでは、地球環境・海洋環境・フロンティア工学、資源開発、未利用エネルギー、エネルギーサイクルなど、未来志向領域も含めた環境・エネルギー調和システムを対象とし、工学だけではなく、環境/エネルギー経済学、環境/エネルギー政策論など、経済・社会科学的な要素も取り入れたカリキュラムを用意しています。次に、2番目のシミュレーションコースは、人工システム、ネットワークシステム、生物・生態システムなどの複雑なシステムを対象とし、それらを解明し、新しいシステムを創り上げるための知と技に関する教育を行ないます。シミュレーションには実在のダイナミックなシステムを理解し、イメージに写像すること、そしてそのイメージをもとにバーチャルな世界を組み立てリアル・ワールドと比較して考察することが必要です。ここでは、情報基礎、工学基礎に加え、物理モデリング、システム構造、グラフィクスメディア、脳システムなどについての講義と演習、具体例に基づいたプロジェクトを通じて、システムの考え方を理解し、深い洞察力と豊かな想像力を持ち、情報リテラシを兼ね備えた人材を育成します。3番目の生体情報システムコースでは、人間をはじめとする各種生体システムと先端科学技術の両者に対して深い理解を有する総合的視野を備えた技術者・研究者を育成します。本コースでは細胞・DNA等をも含む講義の生体システムと密接に関連する医用福祉機器、生体計測機器、情報機器、マイクロマシン等の知的工学システムとその人間・自然環境応用に関する教育・研究を行ない、アナリシスとシンセシスの融合による新しいシステム創出手法の体系化を行ないます。最後の知能社会システムコースは、高度に知能化・情報化した21世紀社会において既存の産業別縦割り構造を打ち破り、産業創出・政策立案ができるような人材を育成するものであり、理系でもあり、文系でもある技術系の経営/政策エリート(エグゼクティブ・エンジニア)を養成するために設けられたものです。エグゼクティブエンジニアとは、モノ作りの重要性を認識し、その可能性と発展性を広い視野から探求することができる新しいタイプのエンジニアです。したがって、情報技術をはじめとする先進のアプローチを駆使することによって、新しいプロダクト/サービスや産業を創出したり、環境、行政、福祉、金融などの国際社会における複雑な問題を解決できる社会システムの創成で活躍することができます。

 以上のようにコース毎に異なった対象分野を相手に勉強をするわけですが、創造−システム創成に必要な知識・技法・ノウハウはどのコースにも共通のものです。これは、2年後期、3年前期においてコース間にわたる共通講義として用意されています。これらの上に各コース固有の理念と専門知識の取得を目指すのです。これは学科とコースの調和が重要であると考えるからです。

4.終わりに

 このように今後世界で通用する己の実力を養うためには、先端分野から境界領域をカバーする本学科において学生参加型の授業を経験することで、きっと将来、さまざまな難問にぶつかってもへこたれることのない、自信とオリジナリティにあふれた自分を見出すことができると思います。皆さんの参加を待っています。