学科紹介

医学部健康科学・看護学科

学科長 杉下知子

広報・編集委員 渡辺知保、河正子

何をするところ?

 「健康とは何か,それはどのようにして達成されるのか?」かつて,これらの質問に率先して答えていたのは臨床医学であり,医療でした.しかし,地球環境問題,環境ホルモン,少子化,高齢化社会,遺伝子操作/治療,臓器移植と,我々が自らの生命観・環境観を揺さぶるできごとを次々と起こすようになった現在,これらの質問は,治療と予防という伝統的な医学の枠を超え,社会全体に向けられていると言えます.一方、高齢化の進展と共に、ケアを必要とする人は増大しています.「一生のうち、人の世話を必要とする時期に、どのようなケアがどのように提供されるべきか」が、公的介護保険創設の背景ともなっている社会的課題です。健康科学・看護学が目指すのは,生命科学・行動科学・社会科学の多様なアプローチを統合した学際的努力によって,これらの質問・課題に答えることだと言えるでしょう.その中で,より基礎科学的で,一般集団の健康を対象とするのが健康科学,その成果を踏まえ,回復力・治癒力を引き出すよう実践的研究をするのが看護学と考えてよいでしょう.

教育面から見ると,本学科は医学系研究科の健康科学・看護学、国際保健学の2つの専攻と協力して,”健康および看護”に関連する様々な問題に取り組む研究者,”健康および看護”に関わっている企業,行政機関,あるいは医療機関へと進む人材を育成する場となっています.

健康科学コースと看護学コース

 2つの学問の境界は必ずしも明らかではありませんが,学部教育では,取得を要求される単位などに相違もあるため,平成12年度の進振りからコースを明示し,本学科志望者には健康科学・看護学いずれの履修を希望するか考慮してもらうことにしました.2年後期は共通科目中心,3年次からは原則として希望コースのカリキュラムを履修することになります.以下、コース別に概要を紹介します.

健康科学コース

教育の概要:健康科学コースは,人類生態学,疫学・生物統計学,保健栄養学,保健管理学,保健社会学,母子保健学の各講座からなり,主要な教育科目を担当します(注*).各講座の健康に対するアプローチは様々であり,分子生物学的手法,免疫学的手法などを用いた生命科学的なアプローチもあれば,経済学・社会学・教育学などの社会科学的アプローチもあり,生態学,行動科学など両者の中間に位置するアプローチもあるといった具合です.3年次には,この多様性へのexposureを講義で経験する一方,実習においてもラボ・コンピュータ実習・社会調査・医療施設見学といった,これまたバリエーションに富む方法論を経験することになります.4年次は,ほぼ1年間が卒論に充てられており,各自選択した講座に配属され,与えられたあるいは自分でひねり出したテーマに沿って,一つの研究をまとめあげることを体験します.その気さえあれば,ラボの居候と化すことも可能ですし,海外調査に出かける気の早い学生もいます.健康科学コースでは卒論が必修です.

研究の概要:朝から晩まで同じラボの中でDNAを切り貼りしたり,コンピュータの画面をにらんで怪しげにグラフを書かせている人がいる一方で,いつ訪ねても研究室はおろか日本にさえおらず,どこかの途上国で村人の話に熱心に耳を傾けている人もいるという具合,各講座の研究方法・研究テーマは様々です.そのごく一部を挙げてみると;生命科学的立場からの研究・・・遺伝子レベルでの熱帯感染症制御,感染症の分子疫学的研究,多因子性疾患の分子遺伝学的背景の解明;社会科学的立場から・・・医療者-患者関係の分析,各種医療制度の経済学的分析,身体活動の健康効用の解析,がん患者への心理・社会的援助の研究,途上国の保健医療政策の解析;生態学・行動科学的立場から・・・開発途上国における栄養・発育・環境汚染の問題,地域生態系の構造と集団の適応機構の解明;統計情報処理の手法・・・臨床試験の方法論に関する研究.この小さなリストだけでも,遺伝と環境・国際保健・社会の中の疾病と医療など,現代における健康に関する重要なテーマに取り組んでいることがおわかりいただけると思います.

多様性と学際的アプローチは本コースの特色とも言えますが,後者についてはこれから取り組むべき課題も多く,若い頭脳の参入を期待したいところです.

卒後の進路:卒業生の半分弱が進学の道を選んでいます.健康科学・看護学、国際保健学の両専攻をはじめとする大学院が多数を占めますが,学部で学ぶうちに先祖返りして医療に目覚め,本学や他大学の医学科へ進学する人も毎年若干名います.学部卒業生の就職先は,保険・情報・マスコミなど多岐にわたり,多様性に富むコースの現状がそのまま反映されています.

看護学コース

 看護は医療技術の進歩、保健医療福祉の社会化に伴い、多様な職種とチームを組んで、人の心身の状態に配慮しつつ生活の質を高めること を目指す専門職に成長しました。看護といえば「病院」「女性の仕事」と連想されがちですが、広く健康増進や疾病予防、サービスシステムの構築にも関わっており、活動の場は多岐にわたります。男性の進出も目立ってきました。

教育の概要: 2年間の講義と実習で看護学の理論と多彩な看護活動の基礎を学びます。講義内容は大きく次の5群にわかれています。1)看護の歴史、概念、制度、教育、理論、対象の理解に必要な技術、看護実践の基本技術、2)健康に関連する成人の行動、成人期の健康問題のアセスメント、成人への看護を計画・実施・評価する基本技術、3)家族の機能・システム・健康に焦点をあてた看護活動の方法論、小児、母性、老年を対象とした看護、4)地域における看護活動の方法論、高齢者への保健・看護・介護のサービス体制、保健指導の基本技術、5)精神健康の問題を有する人に対する看護の方法論、実践の基礎知識・技術。これら多様な知識や技術がいかに統合されて実践に生かされるかを、臨床(看護活動の現場)での「実習」で学ぶのも本コースの特徴です。3学年の終わりと4学年全期に、講義と関連した実習が、東大病院や地域の病院、保健所などでテーマ毎に十分に時間をかけて行われます。学生からは「実習で看護職の働きの重要性を実感できた」「今まで知らなかった世界を知ることができた」との感想がよく聞かれます。必修単位が多いにもかかわらず、選択である卒論にも多くの学生が意欲的に取り組んでいます。

研究の概要:看護学は学問としては新しい分野です。大学院の専門分野の研究課題の一部を紹介すると:対象の病態や行動の探究、看護活動の効果を測る方法の開発、病気や障害自体を取り除くことはできなくても、病気による苦痛をやわらげたり、障害による生活の支障を軽減する技術開発、日常生活動作の改善プロセス、病的状態の心の特性の解明と安心感のメカニズム、患者と家族のシステムケア、など。4年制看護系大学は、今年度全国で76校、大学院修士は31校、博士は9校と急増中です。看護学の体系化のために科学的に考える力を持った優秀な人材が求められています。

卒後の進路:卒業に必要な単位を取得すると看護婦(士)、保健婦(士)の国家試験を受験でき、ほぼ全学生が免許を取得しています。目下は病院や保健施設など臨床への就職と、大学院への進学が主な進路です。卒業生には将来、教育、研究あるいは行政の場で、臨床と連携して看護学の向上を図るリーダーシップをとることが国内はもとより国際的にも期待されます。

終わりに

 本学科へは,理科2類からの進学者が最多ですが,理1からも若干名,文科からは5人を限度として優秀で意欲的な学生が進学しています。駒場以外からの編入生も毎年10名ほどおり、講座の内容も多様なら,進学してくる顔ぶれも多様です。関連大学院に進めば,留学生や社会人入学者も多数加わります.このような多様性の中で自己を見失わず,むしろこの場を使いこなしてくれるような,バイタリティーと発想にあふれる人が来てくれることを期待しています.

本学科および関連大学院についてさらに詳しく知りたい人は,ホームページhttp://www.hn.m.u-tokyo.ac.jpおよびそのページにリンクされたBulletinをご覧下さい.

[注*:厳密にいうと制度上は国際保健学,健康科学・看護学の大学院専攻が学部教育を兼任しています.また,国際保健学専攻には学部教育には関わらない国際社会医学講座があります.詳しくは上記Bulletinをご覧下さい.]