学科紹介
 教養学部 生命・認知科学科
大学院総合文化研究科広域科学専攻
生命・認知科学科長川口昭彦

 生命科学(ライフサイエンス)の発展は目覚ましく、その基礎的な研究成果は、例えばバイオテクノロジーや高度医療枝術という形で応用され、現代社会を支えていく基盤となっています。しかし、現代社会は、環境・食料・人口・健康・高齢化などの問題や、さらには生命倫理・医療倫理・環境倫理など生命科学の驚異的な発展がもたらした倫理問題など、21世紀に向けて解決すべき問題を多く抱えています。このような複合的問題に対処していくためには、生命科学の基礎的な教育研究を深めていくと同時に、環境・物質・人間などを対象とした諸科学の先端分野との分野横断的・学際的な教育研究を進めることが必要です。生命・認知科学科は、このような時代の要請に応えて、自然科学の中で目覚ましい発展を遂げている生命科学を軸として、「こころ」と「意識」を実証的に研究する学際分野として急速に台頭しつつある認知行動科学を織り込んで、平成8年4月から発足した新しい学科です。

教育目的と研究分野
 生命・認知科学科では、生命現象一般と人間の精神活動を「DNA分子の解析から人間の認知・意識まで」という一つの連続した軸の上でとらえ、本郷諸学部はもとより全国国立大学にはないユニークな教育および研究を行います。生命体は、「生命分子−超分子集合体−細胞−組織−器官−個体−認知・意識」という連続的な階層構造をもちますが、旧来の生物学あるいは心理学の教育・研究では、これらの階層の断片についての個別的知識の伝授に重点が置かれ、人の精神活動までをも含む生命活動を統一的に理解する視点が欠けていました。本学科では、基礎生命科学と認知行動科学の同時敦育研究を通じて、生命現象特有の階層性と時間性を統合的に理解する観点を養い、「いのちとこころ」という人類にとって最も普遍的なテーマを実証的・科学的に探求する上での基盤を学ぶことができます。
 生命・認知科学科の教育研究組織は、生物学、生化学、心理学、教育学など諸領域を研究分野とする教官によって構成されています。したがって、その研究対象は、生命体の基本的な構成単位であるDNA、タンパク質、細胞など、いわゆるミクロな部分から、器官や組織の構成・機能、個体の形成、さらに人間の身体や心の動きにまで及んでいます。これらの多岐にわたる研究対象は、まず第一に、その個々の対象が深く究明され、その上で、研究者間の相互の交流と啓発によって、分野横断的な視座を高めながら、「ライフダイナミクス」という新しい理念を有するサイエンスの構築を目指しています(図参照)。例えば、内分泌系や遺伝情報発現系のような個体内情報伝達から、遺伝や進化という世代間情報伝達まで、様々なレヴェルの「情報伝達」システムの教育研究などが期待できます。また、脳神経科学や神経認知科学のような教育研究により、現代の生命科学と人間科学をつなぐことが期待できます。

学科の組織
 生命・認知科学科は、基磯生命科学分科と認知行動科学分科から構成されています。それぞれの分科のカリキュラムは「生命・認知科学科 学科案内」をご覧ください。
 基礎生命科学分科は、上述の生命体の階層構造の内で、生命分子から個体のレヴェルまでの教育および研究を行います。研究材料は非常に多様であり、微生物・藻類から高等動物、高等植物にまで及びます。教養学部後期課程における生命科学敦育・研究は、基礎科学科と広域科学科でも行われていますが、前者では物質科学的見地からのアプローチであり、後者では個体群以上の生態学的アプローチが中心です。基鑓生命科学分科は、つぎのような大分野から構成されております。
 環境応答論---細胞あるいは生物個体とそのまわりの環境を一体のものとして見ることにより、個体発生における細胞分化や植物の環境適応のように、環境の変化とこれに対する応答の複雑なネットワークが浮かび上がってきます。このような環境と生命体の入り組んだ相互作用について敦育研究します。
 生命情報学---DNA情報の維持、伝達の機構、DNA情報の集積としてのタンパク質の構造、さらに神経伝達のような細胞間・組織間の情報の維持・伝達の機構など、生命体内での「情報の分子的基礎」と「情報の流れ」について敦育研究します。
 生命機能論---高度に組織化された酵素反応による細胞機能の維持、あるいは細胞集合・組織形成による高度な機能の獲得など、生物個体内の諸構造は常に周囲の状況に対応し、その機能を維持し発展しています。このような生命体機能の動態を教育研究します。
 認知行動科学分科は、人間の認知機構や精神作用を研究テーマとするコースです。我が国において、心理学研究は伝統的に人文科学(おもに文学部)の中に位置づけられてきましたが、この領域は方法論的には古くから数学や生理学などの自然科学の手法を採用し、「こころ」「意識」「知性」「感情」といった人間特有の精神活動に関して、実証的な解明を試みてきました。とくに近年は、脳神経科学(ニューロサイエンス)の分野で生命科学者との融合が急速に進みつつあり、本分科では、人の精神活動を生命現象の階層構造の一部ととらえ、認知行動科学を明確に自然科学の一端をになう学間であると位置づけています。
 東京大学には心理学・認知科学系のコースが、文学部(心理学、社会心理学)と教育学(敦育心理学、学校敦育学など)にもありますが、それら諸学科と比して、本分科のユニークさは、既存の心理学の領域やイメージにとらわれないことです。研究対象でいえば、健常成人のみならず乳幼児から老人、脳損傷患者、動物まで、トピックでいっても、神経伝達機構や精神物理学から高次脳機能、社会行動、認知障害まで、心理的側面で分ければ、生得的な欲求・感情から思考・推論・意思決定まで、方法論的にみても、数理的アプローチ、実験、観察、臨床面接、脳内イメージングなど、本郷の諸学科にはない多彩さを誇っています。

大学院と卒業生の進路
 生命・認知科学科と密接に関係しているのは、総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系です。生命・認知科学科の教官は、すべて生命環境科学系に所属し、最先端の研究と教育に従事しています。総合文化研究科以外では、基礎生命科学分科の卒業生は、東京大学や他大学の生命科学関係の専攻に進学することが予想されます。また、認知行動科学分科の卒業生は、人文社会系研究科、教育学研究科、理学系研究科、経済学研究科などが考えられます。
 卒業生の就職先としては、官公庁専門職、敦育関係、研究職、一般企業(食品、製薬、化学工業などのバイオ関係、ジャーナリズム、マスコミ、コンピュータ、通信、金融、商事など)が考えられます。企業における開発研究でも、本学科の卒業生の活躍が期待できます。これからの研究の進展の方向や科学技術の発展の方向は、本学科の教育プログラムと一致しており、卒業生の活躍が期待されています。